應其

高野應其(たかのおうご)のエッセイと小説。

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釣アラカルト2

 川から海への転向

 38歳まで川釣り専門であった。冬はハスやニゴイ、初夏から晩秋にかけてアユ釣りが専門で、主に素掛(段引き)だった。うなぎ.なまず.ねほう他
 住まいが和歌山から大阪、しかも北摂の豊中へ移ってからも10年余り紀ノ川へよく通った。 遠い川へ何故、と思われるが、
当時、戦後の日本が経済の復旧から勃興期に入っていたが、反対に陰の部分である公害が全国いたる処に発生した。しかしまだ国民の意識も今ほどでなく、公害よりも景気の上昇を望んだ。
日曜日、テレビの連続お笑い番組でテ-マソングの合間に、こんな台詞が入るのが人気を博していた。

「スモッグ.スモッグ言うけどなア、これが大阪のエエとこだァ」

まだ此花区の7本煙突から吐き出す煙が、大阪の景況を占うバロメーターであった時代、田舎の都市から出てきた者からみて京阪神の河川はまるでドブ川のような気がした。従って周辺の川は敬遠した。
それと紀ノ川はクセまで知り抜いた通い慣れた川であることと、マス科の鮭ではないが、潜在的に生まれ故郷が恋しかったか。

ところが或日突然、座骨神経痛らしき痛みが起こった。
鮎釣りは早朝から夕暮れまで下半身裸のまま流れの冷たさに曝されていたし、特に秋の落ちアユシ-ズンは晴れた日でも胴から上はカンカン照りだが、下はそぞろ身に染む冷たさに耐えなければならなかった。最近のように、真冬の水の中でも自在に戯れることのできるウエットス-ツが普及しておれば、今も川釣りをしていただろう。 
「こんな若さで、神経痛に一生つき合わされ兼ねないのはご免だ」と、ぷっつりやめた。

暫くして勤めの場所が神戸となり、得意先で釣り談義をする機会が多くなった。
さすが神戸は海の街、釣り好きが大勢いた。その中でも釣り歴30余年のベテラン理髪店主の東さん、話上手でたちまち血が騒ぎだした。

曰く、「海ほど意外性のあるものはない 川は昔おばあさんが洗濯に行って桃太郎さんを手に入れた程度 海は違いまっせェ 時には変った外道も上がるし・・」と。

或る秋の休日、東さんの友達と3人で、明石の対岸、淡路島の岩屋(いま明石大橋の架かっている)の波止へ行った。今日はかれい狙いだとのこと。
 過去に海の経験は、主に波止から竹ざおで小アジをウキ釣りした程度、取りあえず道具仕掛けは東さんから借りた。川では見られないガイド付きカ-ボンロッド竿・スピニングリ-ル、当時はまだ高価であった。

 現場に着いて仕掛けを教わり、取りあえず第一投したが、うまく飛ばない。
周りが親切に教えてくれるがどうも勝手が悪い。20mも飛ばない、左右にブレたり足元に落ちたり。暫く見ていた2人、うんざりしてきたのか

「まァ落ち着いてやりなはれ、そのうち、うまくなりますよ」
と慰めとも憐憫ともつかぬ言葉を残して離れて行った。

それでもなんとなく要領が判ってきたので力を入れて投げた。
が、10m程の水面に落ちただけだ。
途端、リ-ル止めのネジが弛んでいたのか、リ-ルが足元のコンクリ-トに落ちて音をたてた。わッと思うまもなく転がって海へトポーン。
頭の中が白くなり、竿を置くや大切なリ-ルを引き上げねばと大急ぎで釣り糸を手繰り寄せた。約200mも巻いている糸はいくら手繰っても果てしない。

どこかで見ていたのか離れていた2人がとんで来た。ようやく手に重みが掛かり海底のリ-ルに行き着いたようだ。東さんとその友達は、横から慎重に、慎重にと声をかける。
どうやら海底で障害にも合わず、やっとリ-ルが顔を見せた。3人は顔を見合わせて、それぞれの思いで暫く笑った。こちらは借り物の道具が揚がってきて、やれやれ安心と虚脱状態である。

投げた仕掛けを手で引き上げにかかった。変に重くてヒクヒクと強い引き、
むッ?、そばから東さんが、

「たぶん根掛かりやろ、切ってもエエから引き上げていいよ」と声をかけて呉れるので思い切って引っ張った。が、どうやら魚が掛っているらしい。

「なにか付いているらしい」と言うと2人は「どうせガッチョぐらいやろ早よあげて」と言う。
猛烈な引き、糸で掌が切れそう、が今のアクシデントで逆に気が昂ったのか、強引に引き上げた。しばらくして水面で腹を返したのはなんとそれは真鯛、周囲の連中がわっと声をあげる。東さんが、うまくタモですくいあげて呉れたのは40cm余の正真正銘の明石ダイであった。

私は2人に向かって「すんません、すんません」と片手で後頭部を撫で乍ら、意味もなく頻りに謝っていた。 暫く経って思い出した、なるほど、これがほんとの海の桃太郎か!と。                      
  
 
             ごあいさつ

高野おうごのブログ、一応今回の『釣りアラカルト』をもちまして、終了させて頂きます。
冗漫で拙い文章に、長い間おつき合い頂き、ありがとうございました。 衷心よりお礼申しあげると共に、皆様方のますますのご多幸を祈念いたします。
ありがとうございました。
                            08.彼岸.






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釣アラカルト

  会社人間、つりに行く

 当節,近郊の海辺は釣り人で大賑わいである。足場のよい堤防や波止、つり公園等は、いつ行っても人っで溢れ返っている。最近の特長はファミリー組が多く特に休日はうば車までみかける。アウトドア.スポ-ツ全盛期の様相である。特に最近は漁や趣味だけでなく、スポ-ツライフ.癒しの感覚等で若い女性が結構多い。

 昔と言っても30年程前のことだが、釣場は静かであった。とくに、彼岸やお盆などは殺生をすると水難のバチが当たると言い伝えられ、御先祖さまのお祭りにこころ配りをしたものだ。
が近年は仏ホットケと元気なおじいさんや、おばあさんまで物見遊山気分で一緒にやってくるし、お盆などは、却って空いているのではないかと深読みして繰りだして来る始末。
 漁師もホトケそっちのけで、おまつりを家族にまかせて、稼ぎ時とばかり遊魚船をだす。 釣りの大衆化、誠に結構な御時世ではある。
 さて巷間、「釣の好きな人は気が長い」なんてよく言われるが、それは違う。私に言わせれば、釣りの好き嫌いの色分けは、好きな人、誘われれば行く気になるが、あまり積極的でない人、そして嫌いな人等、3種類に分かれるようだ。 私は、これは多分、幼児体験の成せる結果だと思って居る。 

 小さい頃、オヤジか誰かに釣りに連れていって貰って、大漁の経験やオモシロかった印象が強い者ほど、度合いの差に現れるようである。
 ところで、今の釣場風景があまりにも変わってしまったので、今昔について一言。
以前の釣り人は川や海と一体となって(同化するごとく)静かに釣ったものである。
マナーや規律は誰に教わる訳でもなく自然に会得したものだ。 マナーと云っても弁当がら針糸やゴミは持って帰るなんて、きょうび4~5才の幼稚園児でも知っているような事ではない。
例えば、釣っている人の近くで釣るときは必ず挨拶をし了解をとったり、側を通るときでも、軽く挨拶する程度で余計なことは話しかけない等、単純で極めて基本的なものだ。 
その頃の釣人は、総じて風体を一目見ただけでヴェテランと判ったもので、地味な服装と、何故か年中色の褪せた麦藁帽子を被り、僅かな道具仕立て等、....そして一様に寡黙だった。
 ところが最近の釣人スタイルは、熱帯魚が動き回っているようにカラフルで、釣の道具類も高級品の見本市のようだ。 釣られる魚のほうも、最近は有名ブランド好みになったか?。
また騒々しさも言語に絶する。風の強い日など大声でドナリあい、まるで終盤の選挙演説のよう。 
誤解されては困るが、そんな昨今について私は決して、「釣とはかくあるべし」式に御託宣をならべて、道を説く気は毛頭ない。が、・・・・
それよりも最近、釣り場で極めつけの風景と体験をさせられたので、その話。

 昨年秋 9月中旬早朝 微風 海穏やか 薄曇り 満潮午前8時40分の予定
 チヌ狙い 餌コガネ。 釣り場に着きポイントを決めて6時半頃、早速手のひらより一回り大きなを一匹挙げた。今日は朝から調子がエエわいと・・
 偉そうに云う訳ではないが、釣りは 1にポイント 2に潮 3に餌 4に辛棒 それらに増して、とりわけ大切なのは 念 の集中だと。これは今までの私の経験からしてつくづく思う。
 
釣は集中力を欠き雑念が入ると、今まで釣れ盛っていたのが途端に止まってしまう。不思議なもので、この現象は実体験のある人ほど分ってもらえるはずだ。
 さて 二匹目をねらって気を充実させようとしたとき、
突然、騒々しい一団が現れた。 そして一目みて驚いた。 6~7人が、1人を除いて赤・黄・青・まるで信号機だ。 しかもコピー人間のように、帽子から着ている上下 靴 手持ちの道具に至るまで。おなじ色柄スタイルの集団である。 なんじゃこりゃ?
 その目立つこと、一瞬、釣具メーカーの宣伝部隊かと錯覚した。だがよく見るとどうやらピカピカの釣り一年生登場のようだ。

 当日は平日で朝は早く、余り人も出ていない。私の10m程離れた防波堤に地元の老人が一人いるだけである。この波止は長さ数百mもある。

 あっけにとられていると 何の因果かこの集団が、選りにも選って私の右隣へ来て場を取った。他に幾らでも釣場所があるというのに。歳の頃は皆60歳過ぎだ。
 この連中、車座に座るやいなや朝の9時すぎというのに、早速クーラーから酒や缶ビールを取りだし宴会を始めた。

「じゃあ、本日の大漁を祈念して・・カンパーイ!」と。

 うるさくて仕様がないが、多少興味もあって聞き耳を立てていると、会話の中に頻りに部長・課長・係長・00くん・が飛び交っている。
 ははぁ これは同じ会社をリタイアした年金者集団で、以前の部署がそのまま海辺へやってきたのか。要するに今日はこの連中のヴェテランズデーか。
 中でも00部長と呼ばれているのは、尊大な言葉付きが耳についたので、顔を見ると、キャリア官僚から成り上がった政治家などによく見かける、これ以上左右に曲がれない程の威張り口をしている。
これを頭に、どうやら課長が2人、係長2人、ヒラが2人の色分けのようで、課長のうちの1人が頻りに、
「今日は部長の発案のお陰で我々の楽しい趣味の会ができた」
と、元上司を持ち上げている。
 暫くしてそのオモネリ課長が、「00くん、そろそろやるか」と声をかけた。すると、ハイハイと立ち上がったのはこれも60過ぎの、その場の連中と服装の違う地味なベテラン風の男、早速仕掛けを作り始めた。
 他の者は相変わらずガヤガヤ云いながら酒を呑んでいる。ようやく皆の仕掛けが出来上がった頃は、前祝い連中の酔いも相当出来上がっていた。

 仕掛けをみると初心者のよくやるサビキ仕掛け、アジや小サバ狙いのよう。ありゃア、と思う間もなく一斉に私の右隣で一列に並んで、ドボンドボンと仕掛けを投げ派手な音を発てだした。

 これは大変だ、と内心困惑していたがそれでも連中、暫くは大人しくシャクリを繰り返していた。 が、さっぱり果がらない。

そのうち一人が おかしいなあ、といいだした。
今日は魚の日曜日じゃあねえかとか、エサがよくない いや仕掛けだ 針だ がやがやとしゃべり散らす。中には潮がよくねェ なんて、いっ丁前の口をきくのも居る。小節をきかせて歌を唄いだすのも・・・すぐ飽きの来る連中だ。

 こちらも何時までも気にしている訳にはいかないが、気が散って釣にならない。それでも奴さん達、約半時間ほど粘っていたが、とうとう諦めたのかぞろぞろ何処かへ行ってしまった。隣の老人もニガ笑いしている。

やれやれ助かったわい これから本腰を入れて・・と改めて海に向き直った。しかし一旦緊張が解けるとなかなか元に戻らない。ウキはびくとも動かない。釣れないから思考がどうしても先ほどの連中に流れてしまう。
 
おかしな連中だなぁ 色までお揃いの押し着せ集団とは・・・たぶん家で居ずらくなった連中が、釣の世界へやってきたんだろう! しかし同じ元職場の組織まで持ち込むことは無かろうが。
永年の勤務習慣とは恐ろしいもので死ぬまで続くんだろうか。


話は外れるが自己反省を込めて考えてみるに、一般的なサラリーマンは現役のとき一所懸命働き、自分ではヤリ手で・・と思っているが何んの事はない、案外会社に遊んで貰っていただけの習慣人間、せいぜい接待ゴルフでお世辞か自慢話が関の山。この手合いがリタイアするとこれからはもう一人では遊べない。時間だけはたっぷりあるがなんの趣味もない、ウロウロ右往左往だけ、そして兎角群れたがる。その結果、今のような集団が出来上がったのだろう。 
と、どんどん空想が広がっていく。
特に例の部長を想像するに、・・
 辞めて自分の女房以外、なんの権力も無くなったがなーんにも出来ない。数カ月は家ん中でゴロゴロ。
亭主に、貞女の鑑と思わせている女房殿も当座は、
「永い間お勤めご苦労様でした、ゆっくり骨休みして下さい。」と、殊勝なことを云っていたが、そのうち毎日毎日二人だけの変化のない日が続く。
 巷間リタイアした男達が妻に「ワシも行くワシも行く」と何処へでも付いて行くワシ族とか、引っ付いて離れない濡れ落ち葉族と、揶揄されるのを絵に書いた様なこの亭主、辞めてからはトイレ以外、四六時中付き纏われては女房も邪魔で気ぶせいで、終いには疎ましくさえなってくる。 

 現役の頃のダンナは、どうでもよいような事をよくドナったものだ。
特に朝早くから出勤まえの玄関先でバリ雑言を浴びせる。そんな時でもハイハイと従順にかしづいて、模範的な主婦を演出してきた。 
腹の中では、(なあに敵さん、いくらドナっていても、バスの時間が来れば素ッ飛んで行くんだから)と、秒刻みで足元を見ているからだ。 
(下手に逆らって、こちらも一日中嫌な気持ちで居たくないわ)
 出て行った後は、再び寝ようと起きていようと、また隣の人達と、時間無制限でしゃべり散らしていようと気ままなついこの間までの毎日、気晴らしのネタぐらい幾らでもあった時代。
(ああ あの自由一杯の、至福の時代は何処へ行ったのか・・・それに引き換え今はうっとうしいこと、この上ない)。 
そこで深謀遠慮を働かせた。
 この旦ツク、無理に奨めて趣味を持たせても、根気が続かなければなんにもならない。要は家ん中に居なければイイのだ、同じ境遇の連中を集めてアソばせるに限る。或るときテレビを見ていたら「優しく、楽しい、趣味と実益のつり」とのタイトル。これだッ、と直感。最初に ”やさしく” ときた、これがいい。 早速釣りでもしたらどうか、と奨める。
「うん、だけど俺やったこと無いもんなぁ」と気の無い返事。
「数年まえ辞めた00さん、時々釣ってきたと云って、アジやメバル、時にはハマチなんか持ってきてくれたでしょ、00課長さんや00係長さん達も誘って、00さんに教えてもらえば・・釣果があれば新しい魚も食べられるし。」 と誘導。
「おお そうか、うん、趣味と実益か、それがいい」
 と乗ってくる。早速この亭主、00課長に連絡している。思わず女房、腹の中で快哉を叫ぶ。うまく行った。小沢昭一的こころではないが「しらバカァ、アホぞうらァ・・・」と、北国の春を思わずハミング。

同じ境遇で、無聊を囲っていた同病課長 
「こりゃいいアイデアですなぁ」と二つ返事で旧部下の係長達に声をかける、皆が集まって衆議一決。
気の毒なのは元勤め先でヒラ社員で終わった00くん。くだらない連中のくびきから開放され、平穏気がねなく暮らしていたのが突然、部長以下に呼び出されて、
「00くん、我々は釣をしたいんだ、そこできみィ ご指南を願いたい、全てきみに任す。」
現役のとき、仕事をあまり任されたことは無かったが!
仕方なく皆を釣り具店へ案内する。 
今の釣り具店は、実に楽しい店造りを競っている。釣り具だけでなく、屋外キャンプ等のアウトドア用品がファッショナブルで、大量に満たされている。
目的の釣り具も昔と様変わりし、ハイテク見本市のようで洗練されたレイアウトに並んでいる。皆は感動したはずだ。
 
 それはさておき、00くんのアドバイスで、竿・針・糸・リール・かご・浮き等仕掛け一式、その他クーラーボックス・布製カバン・バケツ・手袋・帽子・防水用防寒具・ジャケット・ズボン・靴に至るまで手に取ってうなっている。
う-ん、こんなに必要なのか? 
ところが店員に、これらはいかに必要で優れ物か、の専用機能を講釈されるとたちまち、成る程、と感心し、少々値段の高い防寒具でも「ゴルフの新製品クラブに比べりゃ安いもんだぁ」と、小金の持っている連中、アレもコレもと手にしてレジへ。
 そのとき、さすが元総務係長の00氏、待ったをかけた。
「みんな同じ物を買えば安くなるはずだ、ねぇ部長、まとめ買いするからと、値引きするよう00くんに交渉させましょう。」 
「おおそうだ、いい考えだ、もっともだァ、」皆の同意で、その結果が・・・。
お分りでしょう、全く色柄まで同じスタイルが出来上がった、と云う次第。 

いやあ持って回ったこの推理、本当かァ!?、

ああしんどう!  


 アホウなことを想像していたが陽も上がってきて、そろそろ潮も動き始めたので真面目に海と向き合う。
暫くして、小さいアタリのあとウキが消し込んで、うまく針に乗せた。引きが強い、大きいようだ。1・5号のハリスだから無理は出来ない、慎重にやりとり、数分かかってやっと腹を見せた。 左手でタモを持とうとしたとき、突然大声をあげながらドタドタと4~5人が走ってきた。
なんだなんだ、こいつらァ?
どうやら遠くから、こちらの竿の曲がりを見て駆け付けて来たらしい。
竿とリールで前後左右と、いなしている最中に息せき切って辿り付いたあの部長、1mと離れていない水面にドボンと仕掛けを投げ込んだ。 
「取り込んでいる最中やからそばへ寄るなッ」
 こちらは悲鳴を上げるが、てんで聞くものか。やって来た連中も我れ勝ちに音を立てて投げ込む。
運の悪いときは重なるもので、そのとき小サバの大群が回遊してきて、あっというまに皆のサビキに食いつく、そしてサバの横走り。 
うりゃア!
奇声を挙げて彼等は喜び勇みたったが、たちまち此方の仕掛けとおマツリだ。 
声を出しかけた時、イバリ部長が猛烈にリールを巻きだした。やめろッ やめろッ!と叫んでも何かな聞こえるものか。
一挙に巻き揚げて竿先のガイドに絡まり、竿が折れそうになってやっと止まった、私の仕掛けも一緒に上がったまま。 

 当然、先程までやりとりしていたチヌもいのち拾い、ハリスを切ってさよならだ。 相手のサビキの疑似バリ5~6本のほとんどに、10cmほどの小さなサバがくっついている。 モーレツに腹が立ってくる。
「こっちの魚が逃げたやないか、オイ、早う自分のそのジャコを取っておマツリを解いてくれッ」。
声を荒げると、さすがに多少気が引けたのか云い返しもせず、ブ然とした顔で自分の竿先で跳ねる小魚を見つめてじっとしている。もつれた糸をどう処理していいか判らないらしい。 
そのとき横に居たオモネリ課長が云った。
「00くん、部長のを、ちゃんとして差し上げろ。」
さしあげろ、だって・・ 
60才をとおに越した00くん、口を尖らせながら小サバを取り込んだり、糸の絡みを解いたりしている間、威張り部長は海に向かって、身じろぎもせず眼を据えている。
その横顔を見ると、への字口辺のたるんだ皮がヒクヒクと動きつづけていた。
                     
        
    ふたたび、色の隠し味をどうぞ。
   
  このごろ世間に起きるもの
戦前は聖職と云われ、戦後も教育に携わって世の父兄.子供達から尊敬と信頼を受けてきた先生。
品行方正.正確無比.謹厳実直を旨とし、世の信頼を得ていた銀行員。
社会の法秩序.治安維持を護る盾として、日夜奮励している警察官。
最近、この職にある人々の醜聞が多すぎる。しかも分別盛りの年令で、特に見聞に耐えない下半身の事件等が・・・。
世間一般はこれらの職にある人たちに対し、一応は品格や知識を期待し、その代り尊敬や畏敬もする。その期待に応えるべく「私はかくあるべし」と自らを律する規範に縛られる。
まア、しかし考えれば職業とはいえ、所詮並の煩悩の持った人間に変りはない。 現今のように、見聞きするもの全て刺激的で露出挑発するような世相であれば、職業柄いつも内こうし抑圧されたぶんだけ余計、願望.欲望.妄想が強くなる。それも適当にうまく処理できる者ならよいが、日ごろ発散の術が分らない、気が弱くて小さい者ほど、突然歯止めが効かなくなってしまうのか。
むかしから、これらの職の人たちに対し蔭では『スケベの三こう』と云われていたから、本質は何ら変っていないのではないか。
がっこう ぎんこう ポリこう。

 ここで一つエスプリの効いた、書き回しはそれぞれ違うが、古典的な艶話しをどうぞ。
 
 4.ブルゴ-ニュの森
フランスは花の都パリの森にご案内しよう。
貧乏だがパリッ子で情熱的な恋人ジャンとカロリ-ナは、晩春の日曜日の昼下がり、凱旋門エトワ-ル広場から身体を寄せ合い、甘い言葉とキスを交しながら近くにあるブルゴ-ニュの森に入って行きました。
暖かくよく晴れた空、広大な森の中は大勢の人々で賑わっています。二人はいつものように、静かな木陰で思いっきり抱擁を交したくて、森の奥へ奥へと足早に進んで行きました。
小さな小川を渡り暫く行くと、小鳥のさえずり以外物音がせず、静かで小さな日溜まりをつくり、愛を囁き合うには理想的な場所を見つけ、早速二人は腰を下ろしました。
陽のあたる広い柔らかな芝生に、大きな樹木がくっきりと蔭を落としており、ところどころに背の低い潅木が茂みを作り、人の目を遮っています。
静かです。しかしよく耳を澄ますと、少し離れた茂みのそこ此処で愛を交し合う忍び声が聞こえてきます。
ようやく辿り着いた愛の交歓の場所、火のように猛っていた二人はそれらの睦言にも触発され、互いの躯の匂いを吸い取るようにせわしなく首を動かし、寸秒も惜しむかのようにもどかしげにまさぐり合いうのでした。そして柔らかい芝生の褥、もう二人には相手以外に意識するものはありません。 カロリ-ナの尻に敷いたジャンの上着の上で、獣のように激しく幾度も幾度も目くるめく愛を確かめ合い、興奮のるつぼと化して行くのでした。
目くるめく嵐のような愛の宴が続いたあと、荒い息を吐きながらようやく二人は躯を離しました。柔らかな暖かい陽の下、どちらも腰から下はしとどに濡れています。
ジャンは投げ出すように芝生に仰向けに倒れ、しばらく蒼い空に浮かんだ千切れ雲を眺めていました。
やがてようやく荒い息が治り、お互い半身を上げたとき同時に気づいたのです。 (しまったッ)・・・後始末するモノが無い。
カロリ-ナも恋人に逢う時間にそぞろ気をとられ、いつも持っているハンドバッグもハンカチも忘れてきたのです。
少しの間二人は戸惑った表情をしていましたが、ジャンは半身を起こした姿の恋人を見つめ、優しく髪を撫でてやりながら云いました。
「仕方がない 君もぼくも、かわくまでこのままで居よう」
カロリ-ナはつい今し方までの余韻に浸りながら、恋人の優しい言葉に、うっとりとして頷きました。
二人は仰向き、燦々と輝く太陽に、生まれたままの姿をさらしたのです。

さて みなさん、ここで問題! ジャンとカロリ-ナ どちらが早くかわいたでしょう?。
答・  丸干しより、ひらきのほうが乾きが早い。




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テーマ:エッセイ - ジャンル:小説・文学

釣名人

最近テレビを観ていると、やたら名人が登場する。
昔は書画や工芸刀剣などの匠、歌舞音曲・剣・体術等の道を極めた人を指していると思っていたが、何時の間にか生活の道具造りまで名人が進出している。

私達の少年時代、大人だけでなく少し器用な子供でも必需品として作った道具類、それが今では、竹かごや縄ない、草履・・・に至るまで名人が居る時代になった。
春は山菜採り名人・夏は虫とり名人・秋はきのこ採り・冬は氷づくり名人など、訳の分らない迷人が現れる。
勿論TVのリポ-タ-などは軽いノリで登場させて喋っているだけで、そう目くじら立てる程のことでは無いのは十分承知であるが、名人を連発されている当人はどう思っているのか?。 

むかしから「先生と言われる程のバカでなし」と川柳にあるが、視ている者からすると、名人を連発するたび、バカさんバカさんと言われているのと同義語に聞こえるときがある。 つまらない事に拘わるのも、実は私も十数年前名人にされた経験があるからだ。
神戸・須磨の海釣り公園は自宅から車で格好の距離にあり、よく行く釣り場だ。
入園料と駐車料金の高いのが玉にキズだが・・・

初秋の日曜日、小アジ釣りに行った。
晴れていたが大潮で小アジ釣りには、あまりよく無かった。それでも6時の早朝一番には潮止まりで、12cm前後のアジが入れ喰い状態となり、8時頃までには100匹位になったか!
その頃から大勢の釣客がやってきた。
私の右隣に10歳位の子供連れの夫婦?が陣取った。

3人ともこちらと同じサビキ仕掛けである。
その頃から潮が右から左へ動きだし、5号程度の重りカゴでは斜めに流され釣り辛くなってきた。60歳前後の旦那は、おかしいなぁ、おかしいなぁを連発し乍ら、それでも一所懸命に頑張っている。
こちらは投げる都度、数匹を挙げる。旦那の右側にいた母子は、あまり釣れないのに倦んできたようだ。ちらちら夫と私を見くらべていたが暫くして女房どの、

「お父さん、お隣よくかかっているわ。ほらまたかかった、コツ教えてもろうたら・・」
と小声で言っているが、この親父、頑固者とみえて、

「この間はこの仕掛けでよく釣れたんだ、辛抱辛抱」
といい乍ら、性懲りもなく同じ動作を繰り返している。

約、半時間後、嫌になったのか突然席を立って何処かへ行ってしまった。

すると早速、残った夫人が声をかけてきた。
「お上手ですねェ、ようかかりますなァ、こちらはさっぱり・・・」

今まで旦那の陰になり、つばの広い帽子を被っていたから判っきり見えなかったが、歳は40の後半、色白で眼の大きなやや受け口の美人、こちら好みのタイプ。
たちまちねんごろに教えたくなった。

「流れが強くなってきたからオモリを10号に替えて、やや上手に投げて正面に来たときオモリが底に着く、と同時に50cmほど巻き上げて、すぐ一度だけシャクる、そして竿を流れに逆らわず左へ動かすんですよ」とやってみせる。

数匹がかかる。二度ほど繰り返してみせた。

夫人と少年はソンケイの眼差しで、成る程と感じ入ったようだ。素直なのががいい。自分達でやってみる。
最初はぎこちなかったが、そばから口添えしていると要領が分かったのか2人同時に数匹がかかった。

さァ喜んだ2人、喊声をあげてク-ラ-に取り込んでいる。
それからは夫人とすっかり打ち解けて喋りながら釣っていた。子供は小さいし、旦那と相当歳が離れているから後妻か、それとも連れ子で再婚かな?
好みのタイプと明るい雰囲気でしゃべっていると気分がいい。天気晴朗だ。
そのとき旦那が、のそっと帰ってきて「どうや?」と聞いた。
 夫人は早速
「おとうさん、この名人に教えて貰うたら、ほらこんなに釣れたの、お父さんも早う教えてもろうて釣ったら!?」

途端に機嫌が悪くなったのか隣に座った旦那、黙って先ほどと同じ動作をくり返すが相変わらず、さっぱり釣れない。
女房と子供は交互に要領を教えようとするが、聴こうともしないで頑固一徹、初心を貫いている。

そのうち潮がますます速くなり、女房子供のほうも掛かりが悪くなってくる。こちらは素早く斜め左にシャクって釣果を落とさない様にする。

「やっぱり名人は違うわぁ、こんな潮の流れが早うなっても、よう掛かるんやもん」夫人は感嘆を込めて言う。
見兼ねて、「底へ着くと左へ上げるとよい」と旦那にアドバイスしたつもりが、早速女房のほうが反応、たちまち数匹が釣れた。また喜んで 「名人ありがとう」と顔を向けてくる。

相変わらずのブッ張面の旦那、人の言うことを聞いて釣れば、男の権威に拘わるとばかり性懲りもなく最初のくり返し。
60づらした大人が、すねた子供に似ておかしかった。

「お父さん、折角来たんやから名人の言うこと聞いて釣ったら?!」 途端

「うるさいッ」の言葉を残して、また何処かへ行ってしまった。

さて、名人を連発された、あなたはどんな気がしたか?
美人の人妻に言われては、悪い気はしなかった。やはり私も迷人か!


  最後に釣の格言を!

数を釣って楽しむは、これ上手という。
難しきを釣る、これを名人という。
数を争わず、釣って楽しむはこれ達人なり。

 わたしは、死ぬまで達人どころか名人にもなれないだろう。 いつも上手を心がけているから・・・






  ここで息抜きに艶笑小咄(未性年者読むべからず)を少し。
  
 1.大阪商人の会話 

「久しぶり、おい、このごろ景気どや?」

「アカン、悪イ!」

「そりゃお互いや、それより昔よう遊んだ、夜の景気や」

「このごろサッパリや、 軽石やね」

「ふ-ん!」

(カカトスルバカリ・・踵・・嬶と・・・)





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テーマ:エッセイ - ジャンル:小説・文学

酒の肴になる男(3)

  寝巻き(その後のSさん)

年末、中旬過ぎ、Sさん3日続けて無断欠勤した。

幾ら注意しても数カ月に1回程度、1日位は連絡なく休むことがあったが、3日連続は初めてであった。
自宅へ電話したが、奥さん素ッけなく「知らない」とのこと。
自分の夫が数日も行方不明なら、二児の母親として、当然心配して会社へ駆けつけてくるのが当たり前と思う反面、日頃の夫婦仲、あまり良くないことを直接.間接、聞いていたので皆は変に騒ぎたてはしなかった。

しかし特段の担当顧客を持ってはいなかったが、何しろ顔の広いSさん、暇さえあれば旧来の得意先や知人を訪ねていたので、金を扱う職業柄、疑心暗鬼で余計な心配する者も居た。
彼の行方、心当りを探すと同時に、全ての取引先をチエックするが別状なし。
すると4日目、彼から私に電話が入って会いたいとのこと。 早速部下のO君と、彼の告げた尼崎の文化アパ-トを訪ねた。 

2階建てぼろアパ-トの端で、西日のよく当る赤茶けた6帖1間と小さい台所だけ、家財はほとんどなく隅にある鏡台が奇妙に大きく見えた。 だが部屋は清潔に片づいており、女性1人の住まいとみた。
その部屋の真ん中の置き炬燵に、彼はワイシャツの上から、赤い女物毛糸のセ-タ-をはおっていた。 

「どうした?」

「へえ」 

何とも、うらぶれた風情である。
かいつまんだ話では、初旬に出た冬のボ-ナスを、年末最後の運だめしと競輪場へ、土日2日間で大半スッてしまい、残りを十三のバ-でオダ上げて、全部使い果たした揚句自宅へ午前様。 派手な夜中の大げんか、ワイシャツ姿の着のみ着のまま、家を飛び出し此処へ転がり込んだとのこと。

「ここは?」

「わしのコレですねん」と小指を立てる。

「いつからの関係や?」三ヶ月前からと言う。

「どうする積もりや」

 その時、買物に出ていたこの部屋の女性が帰ってきた。
歳の頃23~7、小柄、おかっぱ頭で色は白いが、取り立てて特長のない平凡な容姿である。 
早速お茶を出してくれたが感じがよく、礼儀正しい印象が残った。
全員座る場所もない。 外へ出て話そうと言うと、着るものが無いのでここから出られない、最初転がり込んだ時のままなので、外の風が冷たくて、あれから一歩も外へ出ていないと言う。
仕方が無いので、O君のオ-バ-を彼に貸し3人は近くの喫茶店に行った。
「今の女、M子言います」と言って女性の経歴を話した。
24才、T県出身、4年前大阪に出て来て短大へ通い乍ら、アルバイトで夜バ-に勤め、学校を出てもそのまま大阪に居着いた。 男と同棲生活も一度経験している。 3ヶ月前、飛び込んだ十三のスナックで知り合ったとのこと。 
取り止めの無い話が続いて、落ち着いた頃、彼は

「お宅ら、わし、アホに見えまっしゃろ、自分も心底そない思いますわ。自分でも判らん、どうしようもない気持に付き動かされ、アホ やりますねん。
35才過ぎたら同じ人の親でも、もうちょっと大人にならなあかんこと、よう判っとります。しかし、いつもその場になると反対の方に動いてしまうんです」

「厳しいが男の責任てものがあろうが!」

「それもよう判っとります。しかし今、家へ帰るつもりありまへん、ヨメは自立心強うて、今のマンションから一戸建て庭付きの家に移るのが夢で、生活力あるんですわ、金も貯めとるようです。自分の責任は感じますが今の処、あんな冷たい家庭に帰る気ありまへん」

いろいろ説教するが同じ繰り返し。ふと別の想念がよぎったので聞いてみた。

「ところで、今の女性のどこに惚れた?」

 すると彼は、いきいきした表情になり 「気立てです」すぐに言った。 

「情が細やかで、よう気が付いて優しゆうて出しゃばらず、清潔です。あんな不細工な顔してるからか権つくばらず、わしを時には小さい頃の母親のような気にさせてくれる女です」 
うっすらと目に涙を引いて窓外の師走を見ていた。

「それに比べ、あのヨメは成る程べっぴんには違いないし頭もええ、弁もたつ、キッチリしとる、ワシなんかには勿体無い女です。 しかし潤いが無いんです、スキが無うて息が詰まるんです」

「色柄の分らん程、洗い曝したヨレヨレの寝巻きを毎晩見せられると、なんぼわしでも気力萎えてきます。 その点、今のM子、色っぽいネグリジェ着てええ匂いつけてくれるから、何杯もお代わりできまっせェ」
「朝、顔洗うとき、うしろからさっと両袖持って濡れんように気使うてくれるし、手拭いもすぐ渡してくれて・・女は気立て第一、顔や頭だけやおまへんわ」

「わかった、のろけと女の品定めはそのくらいにして、会社はどうする?」

「えらい迷惑かけて済んません、すぐ退職願い出しますわ、気持の整理がついたら必ず挨拶に参上します。 くれぐれも皆さんに宜しうお伝え下さい」。

しあわせ薄そうなM子の顔をちらと脳裏に浮かべながら、最後に椅子から腰を上げるとき私は、
「ところで奥さんへの借金はどうした?」

「ああ あれね、あれだけは夜を日に継いで、家を飛び出すまえ利息も含め完済しました」

と、破顔一笑、さばさばした表情を見せた。



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テーマ:エッセイ - ジャンル:小説・文学

酒の肴になる男(2)

 悪妻は三代の不作

 Sさん、三才下の妻と11才の娘、それに9才の男の子がいる。
奥さんはK女子大出の才媛でやや冷たい感じを与えるが、知的なすこぶる付きの美人である。共稼ぎで、S女子短大の家政学科の講師をしている。 
入社して1年ほど過ぎたある日、Sさん、左頬と首に幅広の引っ掻き傷をつけて出勤してきた。
早速、皆の好奇と期待の注目を引いた。  
その頃には、入社して日は浅いが店内でのSさんの印象(人は善いが金と女にだらしなく、且つ競馬.競輪.競艇.要するに賭けごとに目がない、そして極めつけの恐妻家等・・)のイメ-ジが定着していたので 特に女性らが喜んだ。
「何故だ」「何処で」「誰と」理由を私に聞けと言う。
「夫婦喧嘩は犬でも喰わん言うやろ、あほなこと聞けるか」
ところが当のSさん、飲めないのに私に「相談がある、今夜付き合ってくれ」との要請。 

「まあ聞いて下さい」

話を聞いておどろいた。 

以下、彼の話
「わしの嫁さん、アレ昔から淡白なんですわ、ところが、わしは反対に誰にも負けん位強いんですわ・・・」から始まった。
半年前、阪神競馬で大穴当てるつもりが大損し、友達に高い利息付の借金したが、嫁さんにバレて5万円立て替えて貰った。(今の価値で20万円程か)
 ところがこのヨメ、昔から夫婦でもゼニ金他人で、きつ-い取り立て。
ある日の夜、ヨメの上に乗りかかると突然1回につき500円出せと言う。

『あんた、私何も知らん思うとるやろけど、十三のアルサロの流れで1回3000円以上使うとるはずや、今まで只でさしとったけど、これからは1回につき500円貰う』

こないぬかすんですわ」 眼を赤くして悔し顔。

「しかも、『あんたは昔から調子ようOKするけど、約束ごと守ったためしゼロや、これからはするとき鉢巻しめて、そこへ500円札差し込んでやれ、終わったらすぐお札取れるから・・・』こないぬかしよるんですわ」

 「それで?」借金しとる手前、腹が立つけど承知した、しかも月5回は利息分だとのこと。

「おかしやないか、奥さんも共に楽しんどるんやろ、その分どんな計算になっとるんや?」 こちらも義憤に駆られて思わず声を荒げた。
「それが、うちのヨメはわしがシコシコやっとる最中でも、日経新聞広げて株式欄見とるんですわ」 
「ん?」
「この間なんか途中で、『まだやっとんの、ながいなァ、早う終わってえな』こないヌカすんですわ、気分乗りまへんで」 品のない、あからさまな話だがこれも相談事。
それでも、こんな状態がもう半年も続いているし、そして未だ借金は1/3も返していないとのこと。
笑ったのは、最初のころ、タオルの手拭いでハチ巻し500円札差し込んでやっていたが、部屋の間仕切りのガラスに写った己の格好の悪い姿見て、最近は子供の運動会の赤白ハチ巻に変えたとのこと。

「あんたの奥さん、去年の末、太閤園で催した会社の家族クリスマスパ-ティで見かけたが、えらい美人やったやないか、落ち着いて聡明な感じがして、そんな非常識なこと要求するんか?そんな人には見えんがなァ」
「夜、品のないこと言うヨメでも、死んだ父親は旧帝大の教授で、また母親がエラぶつなんですわ。ケン高うてわしをいつも陰で『町人風情が』と言うとるらしいんです。それだけやないんですわ、ワシの娘も最近受け継いで、母親そっくりになってきよって命令口調になり、
『お父さん、お母さんを労ってやらんとあかん、また、もっとしっかりして私ら大きいなるまで養ってや』 こんなこと言うようになりよって、ほんま昔から悪妻は三代の不作とはよう言うたもんや」とため息をつく。

「ところで引っ掻き傷はどうした」 ようやく本題に入った。
「ゆうべ、あいつ、久し振りに新聞見ずに途中でヨガリ声出しよるさかい、こっちも大いに気分乗って、改めて突撃に移りかけたとき にょうぼが、
『下から見てると、あんたの格好、ほんまおもしろいわ』言うてケラケラ笑いよった「アイツの下腹ゆれて力が入ったのか トタン、こちらのがすぽっと抜けてもて・・・ほんなら舌打ちしよりますんや、腹立ったさかい思わず横っ面張りっ倒したんですわ」
聞いたこちら、心の中で(やったァ)
ところが即、反撃に合い、それからは二人で下半身の闘いから、全身の戦いに移った結果、このような負傷となった始末、との話。
「わし、もう我慢の限界ですね、別れたろ思いますねけど、どないしたもんでしゃろ?」 世の中いろいろの夫婦が居るものだが、穏やかならぬ相談。
 それからは、男は度量、ならぬ堪忍するが堪忍、昔、戦時中の修身で習うたやないか、と「韓信の股くぐり」の故事まで出して、意見.訓戒.慰めを続けた。

「股くぐりねェ」 浮かぬ顔のSさん、初秋の夜が更けて行った。 

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酒の肴になる男(1)

              酒の肴になる男(1)

 男が現役のときもリタイアした後も、同じ釜のめしを食った連中と雑談したり一杯飲んで旧懐談するとき、当人がその場に居るいないに拘わらず、なにかな話題になる人物がいるものだ。
  
 Sさんのこと
もうずいぶん前のことである。
勤めていた職場にSさんが営業要員として中途入社してきた。年令36才、身長165cm位、中肉中背、目がやや奥にあり(彫の深い?)取り立てて男前とは言えないが、笑うと何とも親しみのこもった愛嬌のある表情となる。

 大阪の何代も続いた富裕な商家の三男に生まれ、昔風にいえば、ええしのコボンさんか、 関西のK大経済学部卒。
性温良、やさしく親切、人がやりたがらない嫌なことでも、率先してやる男である。いつも陽気で淡白、酒は飲めないタイプ、ビ-ル小びん1本で真っ赤になる。 しかし皆と結構酒席を付き合っていた。 
そして酒は弱いがアレには強い、といつも威張っていた。
落語に出てくる若旦那そのものである。
ここまでは愛すべき男、Sさん。

ところがこの男、困ったことに何事もアバウトで、全てについて安請け合いする癖がある。 そして、飽きっぽく移り気で持続力がない。要するに最終責任を持たせられない男であった。過去6回も転職を繰り返している。
   
大学を出て最初関西系の総合商社へ入ったが2年で辞め以後、会計事務所.旅行会社.百貨店.ス-パ-の仕入部.レストランの副支配人等、長くて2年会計事務所などは3ヶ月で辞めている。それでも親の光か、結構良い職場の良いポストにつくが長続きしない。
支店長から「過去の職歴と退社事由などからして、あきっぽい性格のようだから、十分注意して指導するよう」指示が出ていたので、できるだけ帯同訪問したり訪問日誌のチエックとフォロ-をしていた。

営業の新規開拓班に回されたが、予想に反し本人は連日ヤル気をだし真面目に回っていた。3ヶ月目に中古車販売業(いまでは上場企業)またその紹介で自動車修理業2社と5ヶ月間に法人個人で20数件の新規先を獲得。 
そうなると本人も鼻息も荒く意欲的であるし、管理者としてもひとまず安心と。それでも目配りだけは十分していたが・・

ところが、そろそろ6ヶ月過ぎたころ取引先から苦情や不満.文句が出てきた。

何日に約束したのに来訪しないとか、当座決済の入金を取りに来ないとか。
しかし大変困ったのは、
「融資約束したのに実行してくれない」
得意先の死命を左右しかねぬのまで出る始末。本人と取引先双方の話を総合すると「はいはい判りました」 余り簡単な返事に、却って心配で再度念押しすると、
「お宅は私が責任を持つから大丈夫」と調子よく安請合いするらしい。
こんなトラブルが頻発しだした。これは困る、大変困るのだ。
上司同僚たちと相談の結果、営業員のまま車の運転専担がよかろう、と衆議一決。

今までは1台の車を分け乗りしていたが、彼に運転の専担者になってもらうと助かる。 時間をかけて説得するつもりだったが本人は別に不満でなく、 
「何でもやります」と、これまた意欲的、大助かり。 とにかく淡白である。 

当時、有料道路.高速道が少なく車の渋滞がひどい上、この店のテリトリ-が大変広く大阪東部一円(市内.守口.門真.寝屋川.枚方等)であった。 
幸い、彼は大阪生まれで土地カンがあり、裏道もよく知っていたので大変重宝した。
ところがある日、物件調査他でO君 「橋本へ」といったあと、連日の疲れから後部座席に潜り込んで、すぐ寝入ってしまった。

暫く経って目を覚した彼が、風景の違うのに気がついた。 

「ここどこや」

「まだ河内長野ですわ、ゆっくり寝てて下さい」

行き先は枚方の隣、京都の八幡市橋本を、和歌山県橋本と間違ったらしい。
それでも、
「せっかく来たんやから、このへんで遊んで帰りまへんか、夜ならエエとこ知ってまっせェ」
午前10時すぎにこんな調子である。
兎に角、早とちりが多かった。 

また、まだ阪奈道路が有料であった頃、奈良.学園前へ調査にいった帰り、彼は生駒の坂から未鋪装の脇道へ入り、雨が降れば谷川に変わるような山道を昇り下りする。
 
「なんでこんな路行くんや」
「まアまかせて下さい」 
 
 近道だと思った後部座席の二人は黙っていたが、結果 いつもの3倍ほどの時間をかけて、やっと降りてきた。 後部座席の二人は身体中バラバラになる思いであった。

大阪入口料金所の建物を左に見て、彼はほっとしたように、

「帰りの料金助かった」と言う。 

「ん?」

「いまの道を通ると料金いりまへんのや、覚えといたら役に立ちまっせェ」

「なに言うとる、奈良の入口で払うたやないか、出口では取るかいな アホ!」

「む? あっそうかア!」 


Sさんとはこんな男である。




テーマ:エッセイ - ジャンル:小説・文学

海外旅行3

  オ-ロラを観に行こう

この一両年、オ-ロラの当り年だと聞いて1月下旬、女房殿とカナダのオ-ロラ観測(--出るか出ないか分らないから観賞とは言わないらしい--)ツア-に参加した。

旅行会社に申し込むと、出発の1ヶ月前にツア-についてのオリエンティ-ションがあるという。いつも参加している一般ツア-と違い、極寒の世界を旅するだけあって「まァご大層なこと」と思ったが聞きにいった。

なんと当日100人ぐらい収容できる会場は満杯。勿論それぞれ出発日が異なるし、旅行会社1社だけでこれだけ集る。全国にエ-ジェントが3万4千社あるらしいから、これらが募集する日本からのツア-客は大変な数になるだろう。この旅行社だけでほぼ毎日出発しているが、それでも1月~4月まで既にほぼ満杯らしい。いやはやオ-ロラブ-ムは聞きしに勝る。

それはさておき、集ったのはほとんどが女性、40~50歳台が圧倒的に多いが、若い女性も結構いる。それに引き換え、男はなんとたったの5人、それも20才台が1人、あとは60才以上か? 

さて主催者の説明が始った。
観測場所は3コ-スあり、フィンランド行きと、カナダ.バンク-バ-経由して三方向に別れるコ-ス、ビデオ観賞のあと諸々の注意を受けた。
「いずれも零下60度になる場合もある。いま皆が使っているカメラ.ビデオの類はダメ、電池の消耗と結露でメカが全てオシャカになる、昔昔の骨とう品のようなすべて手動式が可、メガネのフレ-ムも鉄の縁であれば耳の皮膚とくっついて凍傷を起す、目ざし帽を用意しろ」等々。

要するに私達小学生のころよく聞いた、寒い満州の人達は冬、小便もウンコも排せつと同時に凍って取れなくなるので、いつもカナ鎚をぶら下げていると聞いて、それを純真無垢な私は高校生ごろまで信じていたが、それに類するほどオドシまくる。「--血圧の高い人、高齢者で持病のある人は行くなと制限しないが、自己責任、お気をつけてどうぞ--」と、可愛げがない。

3つの選択、三方向のうちもっとも寒さが厳しくなくしかも好きな温泉があり、ユ-コン州のホワイトホ-スという処に決めた。米国アラスカ州の近くである。
3日連続して夜10時すぎから翌朝2時ごろまで観測すれば、観られる確率は90%だという。要するに1日だけでは30%余りの確率だ。
 反対に折角手間ひまかけて行き、3日かかっても見られなかった10%の人は、運の悪い人ということになる。
スキ-や冬山登山など他の目的がmeinで、ついでにオ-ロラ観測も・・なら諦めもつくが、オ-ロラだけが目的で酷寒の地に行ってダメとなれば・・・まァそれも仕方ないか、イコイコということになった。

添乗員が付かない安物ツア-だから現地集合。心細い2人旅、バンク-バ-で入国。乗継いで下界は重畳たる氷河と雪の冠ったアラスカを飛び、カナダ・ユ-コン州の州都、ホワイトホ-スの雪で真っ白な空港に無事着いた。

州の人口たった34千人、しかもこのうち、なんとこの町に80%ちかい人が住んでいるらしい。

現地に着いてガイドに合って迎えのバスに乗って、初めて17人の団体と判った。しかも驚いたことに男性は私1人である。けっこう20~30才台の若い女性が半数近くいる。勿論オンナでなくなったような人も混じっていたが・・。昔風にいえば、「より取り見取り女護が島に上陸したような」との形容となるが、当日の女性群、面くいの私の好みからして1人を除いて、ゼニくれても・・・失礼!

空港からバスでホテルに、ガイドはSUGIHALAというコテコテの大阪弁のおニイちゃん(あとで聞くと寝屋川出身とか)諸注意のあと、
「オ-ロラはテレビや映画で観るような、皆さんの頭にイメ-ジしている、あんなキレイで鮮やかなンは、めったにお目にかかれへん、出会えば幸運と思うてほしいわ」と、着いた途端、のっけから失望させるようなことを言う。


--観測初日--

ホテルのロビ-は別口のツア-客(2日前に名古屋から来た70人余)でごった返している。早速、誰彼となく声をかけて、2日間でオ-ロラを見たかと聞く。すると最初の夜、なんと帰りのバスの中で見えだしたので、バスが停まってくれてすばらしいのを観た、ゆうべは全然ダメ、今夜は最後の夜、でも初日に観たので満足、と異口同音。

中に北欧やアラスカに3回も行って1度も見えなかったという、76才の運に見放された剛のおばアさんもいるし、毎年観に行くというマニアもいる。それが全部女性だ。どうも女はヒカリものに惹かれるか?

さて夜の10時半、帽子.フード付き防寒コート.ズボン.靴.手袋、現地の気候に合っう一切をレンタル。身に着けると昔、テレビニユースでよく見た南極観測隊の姿になった。すべて羽毛製で案外、外観に比べ身のこなしが楽だ。そのみの虫のような格好にカメラを抱えて、いざ出陣。

オーロラとは?
 ガイドブックやビデオ説明を要約すると、太陽の表面から常にガスを発しており、それを太陽風といい、陽イオンと電子を含んでいて、そのフレアが何百時間か後に地球に近づくと、南北両極の磁力に吸い寄せられ放電する。これをオーロラと呼ぶんだとさ。
色はほとんど緑泊色、これは酸素原子の発光によるもので、赤いオーロラは稀に見えるらしい。これは太陽風が地球を取巻く酸素原子のアルゴンと接触して高度の地点で発光、時々緑白色と薄茶のヒダが見られるが、これは中性窒素分子による。
形はまず、緑白色の一本の帯から始まり、時間が経つにつれ、この帯が動き初め、動くカーテンを作り、あとは様々に形が変っていき、一度も同じものはない。とまァガイドも、出発まえに聞いたのと似たようなことを喋っているうちに町を離れ、バスは丘陵を登って行く。途中から街灯は全て消している。

着いた処がタッキ-ニという温泉場、レストランが併設され、コ-ヒ-紅茶クッキー等は無料、ただしビールは5$(400円)。
まず温泉に直行。ホテルを出るとき混浴と聞いた。水着を着けているとはいえ混浴。17名中男1人、気恥ずかしさで億劫であったが杞憂に終った。それは我々の集団以外、他のツアー客に男性がいっぱいいるうえ、レストランも含めすべて灯を消して真っ暗闇。50メートル程のでかいプールをだ円形にしたように広い浴場。
空は晴れ渡って満天の星、「降る星の如く」の表現を実感、また星が大きい。大平洋戦争の当時、灯火管制で星以外、灯が消えた時代を思い出した程感激。

さてオーロラ。ガイドが目をこらして空を眺めるがなかなか出ない。オーロラは今夜も機嫌が悪いか。40°の湯はぬるい。
風呂から上がって地ビールを飲む、うまい。当たり前だ、何万年も昔の氷河の溶けた水が原料のビ-ルだから、と言う触込み。 ほんま?
完全武装して外へ出るが、温泉に入ったからか躯がシンから暖まって全然寒くない。それに旅行まえにオドシまくられたが、本日零下10度の寒気は大したことはない。これなら出発前、北海道釧路の-25度のほうが余程ひどい。いずれにしても冷えが厳しくないのが有り難い。

12時を回ったころ、南の稜線がぼう-と浅黄色に少し明るく見えた。ガイドはあれがオ-ロラだと言う。
「ん? なんやショボクレて、もっとどど-んと景気よう出んのか」と腹の中で毒づくが、ガイドはしきりに「今夜は有望」なんて気を持たせる。が、それ以上の変化はない。皆も拍子抜けしてレストランに入る。こちらも続いて、しきりに地ビ-ルで腹を冷やす。そして出たり入ったりしていたが、時計をみるといつの間にか1時半が過ぎている。2時にはバスが迎えに来る。今夜はにぶ-いオ-ロラもどきを見て満足するか、と思った。
ところが2時前頃から浅黄色の火柱のようなオ-ロラが景気よく上がり始めた。あちこち散らばっている見物客がうお-と一斉に感動の声。温泉の中からも聞こえる。

西から南へ虹のように架けるのやら、火柱やら、カ-テンのゆらめきやら賑やかだ。今夜のオ-ロラは誰かさんのように、ヘンコで嫌みな奴ちゃ、帰るころになって出てくるとは。写るかどうか分らないが写真を撮りまくる。

ところでオ-ロラを見ていて奇妙な現象に気が付いた。飛行雲と同じように暫くすると線が崩れる。不思議なのは雲と違って、その一点を見詰めると途端に消えてしまう。しかし線は繋がっている。目の焦点を一ケ所に合す、消える、何度やっても同じだ。
この現象はオ-ロラの粒子が、猛烈な早さで動いているからだという。丁度街の中で見る電工ニユ-スは、文字が連続して流れているように見えるが、実際は電球の1つ1つが点滅しているに過ぎないのと、同じような理屈だそうだ。
迎えのバスが来た。心を残して乗込んだが、運転手とガイドが話し合い、ユ-コン川のほとりの駐車場に途中停車、下車させての観賞サービス。
天空を、山の稜線を自在に乱舞する、すばらしいオ-ロラの狂宴に酔った。とくに左から右へ風に吹かれるように、ゆらゆら移動して行くカーテン状のオ-ロラは感動(imprssion)そのものだ。
しかし感動ばかりでなく、印象的で笑ったのは、虹のように空架けるオ-ロラのその下、墨絵のような山の稜線の上に、舟形の、その船に乗って立ち登る数本のオ-ロラ、ちょうど温泉マ-クのようである。横にいた女房どのに「昔風にいうと、連れ込みホテルのネオンみたいや」と言ったら、雪とオ-ロラの照り返しで明るい夜目に、にやっと笑った顔が写った。
お国を出てから手間ひま掛けて、極北まで来てよかった。ホテルに帰ったら朝の4時まえであった。


--観測2日目--
やはり夜10時半集合、今夜は我々17人の他に別口の男性2人が相乗りしている。昨日と違って静かなものだ。
昨夜(今朝がた)帰り間際に見せてくれた元気ハツラツのオ-ロラで、今日は大変気が軽い。
不思議なもので3日間のうち、初日に見たのと見えなかったのとでは気持のうえで大きな違いだ。一度は見て目的を達したのだからあと2日見えなくてもかまわない、そんな気持になる。これが2日間とも見えなかったりすると、今夜もダメかと自分自身にプレッシャ-がかかって目(肩)に力はいるゼェ。
2日目の夜は全然出ていらっしゃらなかった。飲む以外することもなく、若い女性グル-プにビ-ルおじさんの異名を貰っただけであった。


--観測3日目--
結論からいうと現れた。それも半パじゃない。ガイドが「こんなすばらしい現象は滅多にみられへん」と、うならせるほど。
2001.年初オ-ロラの大売り出し、大バ-ゲンセ-ル、模様替え、店じまいセ-ル、まさか?とにかく大盤振舞い。

おとといの夜ので感激したが、その10倍ほどの乱舞である。それも観測現場に行く途中からの早生れだ。バスの中は賑やか、みな満足そう。

観測所である温泉場に着いた時は既に、飛行雲のようなオ-ロラが山の稜線から天空を架けてクッキリと見える。西も南も東もすべて各々勝手に花火のように立ちのぼっている。初日の夜、くっきり見えた星もオ-ロラの光粒で、ガスがかかったようにぼやけている。カ-テン様のが右から左へゆらめきながら動いて行く。女性のスカ-トのフレア-のようなのが紅い色を付けている、紫に変る。浅黄いろもある。絵書きが刷毛で掃いたようなのもある。
カ-テン状の一番下の部分で地表40kmという。シユ-ルなイラストが表れては消える。壮大な自然が創りだす最高の芸術、パンフにも書いていたが「超絶的な光景」とはうまい表現だ。

極北の空いちめんをキャンバスに、宇宙からやって来た自然という芸術家が、二度と復元されない最高の絵を描き続けている。今夜心の底から自然の超限的な偉大さに魂の震えを覚えた。  来てよかった。


 風変わりな連中

世の中には変わった人たちが居るものだ。もちろん「風変わりな」とは、こちら側からみてそう思うだけで、相手は別に変わっているつもりも意識もないだろうが・・・
先にも書いたが最後の夜、観にいった我々のツア-グル-プと別に群馬県から来たという30才前後の男性二人づれがバスに混じった。
われわれは3夜の見学だが、彼らは昨夜と今夜の2日間だけという。ゆうべはカケラも見えなかったから、最後の今夜に期待しているのだろう。幸い今夜は登っていくバスの中から、既にド派手に現れていたからこの二人、さぞや感激して天向いていると思ったが・・・

皆は大急ぎでそれぞれ用意した防寒具を身につけ、カメラと共に外へ飛び出す。わたしもいったん外にでたが、カメラの三脚を取りにレストランのなかへ引き返した。すると室内のとぼしい明りを頼りになんとこの二人、周りの喧噪をよそに別々のテーブルに座って文庫本を読んでいる。一瞬 ケッタイな連中、と思ったが、こちらはいっときも惜しんで外に飛び出した。

オ-ロラの発光がはじまると観測場周辺の街灯は勿論、周りに点在する民家も明りを全部消して観賞者に協力してくれる。だから外は黒ぐろした木々や建物が発色をくり出す空と対になり夢幻の世界へいざなう。
しかし30分もするとオ-ロラの酔いと疲れを感じ、癒しに思いおもいレストランの中にはいる。すると先程の男二人は、相変わらず同じ場所で同じ姿勢のまま乏しい灯の許で読書に余念がない。他の観賞者も奇異に感じるのか、胡散くさそうにじろじろ眺めて再び出ていく。それからも数回レストランを出入りしたが姿勢を崩さず読書ざんまい、通りすがりにちらと本を覗くと小説のようだ。現地ガイドも「今夜のようなオ-ロラは年に数回程度しか現れないほど素晴らしい」と感動した声音で呟いているのに。
はるばるニッポン国から北極のはてに来て、大自然が織りなすオ-ロラの演出を見ようともしないで・・・とうとう迎えのバスがくるまで読書していた。
 例えは悪いが裸踊りを観るため高い入場料を払い、ストリップ劇場にやってきて、特等席のカブリつきで新聞の株式欄に熱中しているような連中に見えた。

それに帰りのバス、オ-ロラの乱舞を心ゆくまで堪能させるためか、我々の初日の夜のようにまた途中停車し、約20分ほど降ろしてくれた。そのときも皆が空を眺めてそれぞれの感慨を小声で話し合い、名残りを惜しんでいたが。
しかしくだんの二人だけは少し離れた雪の盛り上がったところで小学生のように、しきりにタイ式ボクシングの真似事をしながら奇声を発し、ふざけ合っていた。




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海外旅行2

 ゆかいなYさん夫婦 (ユ-ロ圏形成前のはなし)

時間と金は、くさるほど有り、年中世界の旅に明け暮れている老夫婦。
たくまざるユ-モア-、またその言動は常に周りの人達に楽しい笑いを振りまいている。 ご主人75才、奥さん70才くらいか。
Yさんはいつも大型リュックを背負っている。 中に何が入っているのか、飛行機の座席でも背負ったままだ。カメラが趣味らしい、高級機種2台、デジカメビデオを、十文字タスキ掛けにして撮りまくっている。 とても元気だ。
 


 有料トイレのYさん

ロ-マ市内はほとんど有料トイレ。地下鉄の駅へ降りる階段の途中にあるトイレ、入口番をしている女性に料金を払わないでYさん、そのまま駆け込んだ。私も小銭(500リラ・35円)を持っていないが何とかなるだろうと後に続いた。 
用を足したYさん先に出て、日本語で大声で話している。
「金一銭ももってえへんのや、なんか知らんけどカンニンしてや、こんど来たとき払うさかいなぁ」
 まくし立て、とうとう出て行ったらしい。
後で出て行った私、二人分払い4000リラ、つりを貰い階段を登って待っているYさんに「お宅のぶんも払うときました」 言った途端
「そんなもん放っておいて呉れたらエエのに、人がせっかく値切ったのに」
叱られてしまった。
 


  地下鉄券売機の前でY夫婦

1区間1500リラ、奥さん2枚分として5000リラ入れたが出てこない。 あらゆるボタン押すが反応なし。 ぶつぶつ言っていたが、振り向いて後に並んでいた女性に、日本語でそれも変なアクセントをつけて、
「ワタシ、5000リラ、イレタノ、ナンボオシテモデテコナイノ、ドウシタエエデスカ?」 
 外人のよくやる両手を広げたボディアクション。けげんな表情をするばかりのイタリア娘。 
その時、行き先の路線地図を見てきた私の女房が、目的地がオッタビア-ノと言った途端、隣の券売機に寄り掛かっていた御主人のYさん、その同じ娘に
「オッタビア-ノ.オッタビア-ノ.ドコオシタラエエンヤ、シリマヘンカ、オッタビア-ノ・・」を連発。 
 相手の女性は相変わらず、けげんそうに首をかしげるばかり。  
とうとう聞くのをやめたYさん、あきらめ顔で、
「やっぱり通じよらんなあ、おまけに大阪弁やさかいなあ」
ため息をついた。
                                                    
       
  ヘルシンキ空港のY夫婦

時間待ち・・同行ツア-に四国高松から参加の母娘づれ、母親すらりとして細面の美人、ところが娘30才ぐらいか肥満体、Yさんの奥さん、
「お宅の娘さん、ほんまに豊かにぽってりと、よう肥えてますなあ」母親は
「ええまァ・・・」返事に困っている。  そばに居たYさん、
「奥さん細いからお父さん似やね!」 
 見たこともないお父さんを引き合いに出して、まァ。
こんな愉快な人達、そして北海道から沖縄まで全国の人たちとも知り合い親しくなり、一期一会の縁を持てるのも海外への旅とは良いものだ。
    
                          
  片コトの英会話

外国語はさっぱりだめだ。中学生の頃から折にふれ馴染んだはずの英語も、咄嗟に出てこない。おかしなことを喋ると恥ずかしいし、変に誤解を受けたりするといけないと思う気持ちが先にたち、文法もあやふやだから知っていても(?)喋らないに限る、と黙ってしまう標準的.典型的な日本人だ。
しかしものおじせず積極的に単語をならべ用を足している同行者、短いが流暢に話す人をみると、ホンネは羨ましくてならない。それでもたまにはこんな事がある。 
オ-ロラ観測の帰り、カナダ.バンク-バ-のスカイタワ-に登った。
最上階展望室でお茶を飲もうと喫茶コ-ナ-へ行った。彎曲型のテ-ブルの奥で3人の若い店員が接客している。客は現地人4~5人と日本人数人が飲み物を前に窓外の山を眺めていた。
コ-ヒ-を注文したとき年嵩の店員が、日本人か?と聞いた。 そうだ と答えると、日本のどこから来た?と聞く。 大阪から来た と云うと隣の同僚を指さして云った。 「こいつ、大阪で3年居った」
名指しされた兄ちゃん、ニキビ面をニヤッとゆがめたので私も笑いながら、
「ハウ ビジネス?」(How business,もうかりまっか?)
その兄ちゃん、ゆっくりした日本語で、
「ぼちぼちでんな!」 とかえってきた。
とたんに周りの人たちはいっせいに笑った。
たぶん現地の人たちは、「how business?」で。 
側にいた日本人たちは「ボチボチでんな!」に反応したのか?
とにかく暫く笑い声が続いた。
 簡単な片コトでも周りを愉快にすることを体験できた。





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海外旅行

 女性グル-プ

老いも若きも女性が多い。 とりわけ50才台を中心にした女だけのグル-プは凄い。 とにかく集団だから、にぎやかなんて生易しい表現では追っつかない。けたたましく騒々しい。 傍若無人で厚かましい。 おんなの中の女、大阪のおばちゃん連中ときた日には周りは悲劇。
なぜ50才台はうるさいのか?  個人差はあるが、総じて40才台はまだ羞恥心の残り香があるし、60才台はエネルギ-の持続力が弱るからか?!
その点50才台は、体力気力とも充実、羞恥心など母親の胎内に置き忘れてきたとイバっているように思える。



 母娘づれ 
 
最近の特長・・・なぜ多くなったか? 母親は日本語以外まるでだめ、従って一人では行動できないので娘をアシスタントにする。  娘は概して30才前後の独身でOLか家事手伝い、そして旅行費用全額、母親もち。 留守番のおやじ、何かにつけて気に病むこともなし。 三者メリット大。


 旅行目的
 
旅を重ねると、同行者と食事どきを機会に、だんだん打ち解けてくる。
「おたく、どちらから?」から始まって・・・
そんななかで、必ず「年に◯回旅行する」と回数を自慢するのがいる。 
このあいだ、年に10回は行く、と言っていた84才と77才の夫婦がいたのには驚いた。 地球のあらゆる処へ行っているらしい。 もちろん北欧、極北から南米の秘境まで、あちらへ行った、こちらへいったと独演会。 最初は興味もあって聞いているが、コンゴからグアテマラまで話が飛ぶと、しらける。
こんな人達の旅行目的は、見聞よりも旅先で回数を自慢するためか。



 お買い物

女性のブランド指向、これはもうほとんどビョウキ。それとまるっきり反対の安価な土産ものにも目がない。 旅行会社も心得たもので、日本語の通じるショップへ頻繁にツア-客を送りこむ。
ロンドンで、先客に商品を買い占められ、後続組が空の棚を悔しそうに眺めている現場に出くわしたことがあった。
またパリのルイ・ヴィトン店で、ケ-スから鞄を勝手に出して警備員にかっぱらいと間違われた日本の御婦人が居たらしい。 対面販売システムを知らなかったらしい。 
      
                       
 写真さつえい 

これはもう日本人は、いつでも何処でも撮りまくる。
ガイドの説明そっちのけ、目的地へ歩く途中や・遺跡・史跡・通行人・立ち入り禁止の区域であろうが、美術館の禁止場所であろうがお構いなし。 それもフラッシュをたくため、よけい目立つ。 旅の恥は撮りすてか!
ところが帰国して、「これどこやったかいのう」と首を傾げている姿が目に浮かぶ。



 治安

どこの国でも現地着と同時に、迎えのバスの中で「日本とちがって治安が良く無いから十分気を付けて」と、口をすっぱくして具体例まで持ち出して注意を受ける。 が、さて...
ロ-マ市内・・・午後自由行動 
「ここで解散しますが本日はタクシ-ストのため◯◯時、この場所にバスが迎えにきます。ぜったい他所へ行ったり時間に遅れないように」 
添乗員は地面を踏んで何回も念を押した。
 集合時間の少し前、男1人をまじえた4~5人の女性の集団が、その場所で待っていると子供を抱いた中年女性がやってきて、案外流暢な日本語で、
「場所が変ったので案内するからついてこい」
といわれ、子供を抱いているのに安心し、その言葉に乗って皆が付いていった。 約5~6分歩き狭い路地に入ったとき、後ろから怪し気な男数人がついてくる。誰かが「おかしい」と言い出し、強引に戻ってきた。 被害は傘をかっぱらわれたとのこと。
「まあ傘1本で済んでよかった」
皆で慰めた。 やっと迎えのバスがきて乗込んだとき、
「あっあの女だ」と騒ぐ車内。窓外を見ると、どこからか再び姿を見せた、くだんの女、大きな声の日本語で
「お気をつけて-」
しきりに手を振っていた。
                              


 中国、広州

 着いた初日、夕食の丸テ-ブルを囲んだとき40才台の男性「スリにやられた」とのこと。 
 ホテルに着いて添乗員にカギを貰い、満員のエレベ-タ-に乗った。 「腹の前のウエストポ-チから7万円」しかも、なん層にも仕切りある中から、お金だけとられたという。
聞いていた正面の温厚そうな初老の男性、思わず自分の尻のポケットに手をやり、
「あれッ、わしもやられてる」 
 みな一斉に「幾ら?」 頭を掻きながら「2~3万かなぁ」 鷹揚な男。
他に当夜エレベ-タ-のなかで被害にあったのは4人、総額14~5万円だったらしい。 この旅行参加費、お1人様2泊3日29、800円。
 





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海外研修アラカルト(1)

 私 高野おうごはプロフィールで、趣味について釣り.盆栽.旅行と自己紹介しましたが、その旅行や釣りの体験談もさることながら、同行者の生態や、大変参考になると感じた見聞.事柄を、年月.順不同に並べてみました。

途中ときどき柔らか味(大好きなエロの隠し味)を効かせ、とりとめも無いヒロウ話をいたします。 おヒマな方はどうぞ。
まずはトラベル(トラブル?)から・・・
 
   海外研修アラカルト          
 研修生 I君・・・ロンドンにて
証券研修生としてロンドンシティへ派遣された。
「男子一たび、郷関を出ずれば、いずこで奇禍に遭うやも知れぬ・・・」
先輩・諸兄のねんごろな忠告を守って、現地に着いてすぐ、近くのドラッグストア-へ衛生品(避妊用コンド-ム)を買いにいった。
「ユ-、ジャパニ-ズ?」 「イエ-ス」 
 店主、ウインクしながら笑顔で2ダ-ス渡してくれた。 アパ-トメントへ帰って早速、開けておどろいた。
出てきたスキンは子供の頭でも入る程の大きさ。 現地イギリス人でも特大とおぼしきサイズ。 “ウ-ンこれはなんだ?”
I君、腕組してしばし沈思黙考・・・推理の結論は、
(店のおやじ、浮世絵のファンで日本人の男のサイズは、あの大きさと思っているに違いない)と。
 さて、帰国しI君、私に「お土産です」と言ってこの推論と共に、新品1ダ-スを寄越した。 そしてニヤニヤしながら
「あのう、もし良かったら封切っていますが、あと1ダ-ス・・」 
「あほ-」  
   
   どろぼうに追い銭
U君、国際部に所属し、なかなか有望な人物、実地経験として1年間のヨ-ロッパ研修に出された。
パリ・・アパ-トの1人住まい。 暫くして、留守中ドロボ-に入られてパスポ-トから靴下まで、すっかり盗られてしまった。
届けはしたが季節は早春、まだ寒さが厳しく一段と気が滅入っていた。
丁度そんな時、N生産性本部K支部主催の視察団に参加した、同じ社の先輩15人がやってきた。 その中でK氏はなかなか人の面倒見がよく、親分肌の男、
「パリに国際部のU君が来ている筈だ、一晩見舞ってやろうよ」
皆に声をかけ押しかけたところ、前述のような始末で、しょんぼりしているU君。  「それは気の毒、オイみんな幾らかカンパしてやろう」とK氏以下同情から目一杯奮発して金を渡してやった。 U君は、地獄に仏と大感激。
善いことをしてやったと、K氏ら一行は次なる都市へと発って行った。
U君は貰った金でテレビ他身の回り品を買い整え、やっと落ち着いた。
一週間ほどのち、彼に男から電話があった。
「私は貴方の部屋へ入ったドロボ-の知人だが、好きな日本人と知らずに入ったらしい、意見をしたら当人、大変反省している。ついては、盗った物はみんな返すと言っているから来てほしい」
と時間.場所を言った。
喜んだU君、いそいそと凱旋門の北門へ。 しかしそれらしき人は来ない。 待つこと4時間余り、諦めてアパ-トへ帰ると、このあいだ再び買い整えた家財道具がすっかり無くなっていた。

  うっかり
T証券取引所○○課次長 42才、頭髪まだら、小柄なタイプ、性温良。
証券研修ツア-に参加。 ロンドン.ケンジントンホテルに泊。
本日パリへ移動の予定。 朝6時までにトランクを廊下に出すことになっていたが、寝過ごした。 
飛び起き大慌て、色柄パンツ一枚だけの姿でトランクと共に、自分もうっかりドア-の外へ出てしまった。
後でバタンと閉る非情な音。 さあ頭の中がまっしろ、それからの行動・・
カギ、カギ、・・とにかく合い鍵をと、パンツ姿のまま廊下を走った。 そしてなんとエレベ-タ-に乗って下へ。  早朝のこと。
(どうか下のフロントに着くまで 誰も乗って来ませんように) 
祈りながらボックスの隅で、後ろ向き中腰になり、背中を丸めていた。 
お祈りに反し、6階で止まった。 
首を回すと、ス-ツケ-スを持ったでかい紳士、最初ア然とし一瞬、躊躇したがそれでも乗ってきた。 4階で再び止まって今度は3人。 そっと首を回し見ると、やはり奇異な動物を見るように眺めたが、やはり乗ってきた。
なにやら4人で二言三言話を交していたが一人が含み笑いした。 だんだん笑い声が大きくなって、下へ着く頃には大笑いの合唱となった。 着くと同時に大男達をすり抜け、裸のままフロアを走ってフロントへ・・・係員に言った。
「キイイン.マイアウト キイイン.マイアウト・・・」
 幸いにも、そのとき同じ研修参加者の一人が、朝の散歩から帰ってきて目撃、自分の背広をうしろから、さっと被せてくれたとのこと。
当日の夜、パリのホテルのロビーでこの話を当人から聞いた私、
「なぜ隣室の人か、同じ階の詰め所に行かなかったのか?」と聞くと、
「頭の中がパニックになり、いまでも自分の行動がわからない」と、情けなそうな顔をした。

   暴力バ-
海外研修ツア-(主催.日本生産性本部)
ヨ-ロパ各国をまわって10日目、パリに着いた一行。
花の都・パリの下セ-ヌは流れる・・・夢にまでみたパリ、そのド真ん中。
その当時1米ドル250円の時代だったがまだ懐も暖かい。 同僚だけで11人、恐いものなし。せっかく来たパリの一夜、歓楽街へ繰り出そう、それイコイコ。
 しかし、しょせん気の小さい連中、「飾り窓のおんな」アバンチュ-ルもままならず、あるビルの地下バ-へ衆を頼んで押しかけた。
 十数人で一杯になるような小さな飲み屋。 
 フランスでは、ビ-ルは肉体労働者の飲み物で、注文すればケイベツされる、なんて偏見を聞かされていたし、ワインの銘柄なんて全然判らない。
戦後トリスバ-やアルサロ(なつかしい言葉)で育った連中、
「カクテル」「おれも・・」「俺も・・」右におなじ式に注文、さわがしく陽気にやっていたとのこと。
さて勘定となったとき、日本円でお一人様13万円ほど請求された。 
びっくりして酔いも醒め果てたが、プロレス級のお兄さん4人に出口を塞がれビビってしまい、金を出し合ってやっと出てきた。
ホテルに帰って添乗員に詰め寄った。 なぜ事前に注意してくれなかった かと!(日本人らしい) すると彼は、
「暴力バ-でもワインなら値段はほぼ判りますので、警察へ届けられますがカクテルのようにブレンドされると、値段は相手の言うなり・・・」とのこと。
くやしく癪にさわるが、どうしようもない身からでたサビ。
そこでこの連中、談合した。 
「帰ってもこの事はぜったい喋らないように、固い男の約束!」
しかし、帰国して3日経ったらどこから漏れたのか私の耳へ・・・そこで一緒に行った一人に真偽を確かめた。
「えッ、誰に聞きました?そんなことまで、 う-ん、実は・・」
1週間の間に社内で知らない者はいなかった。 
                             ‘98 4 




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おんなの生態/2

パソコン狂時代
女性と老人のパソコン信仰者が急増している。
最近、政府のお声掛かりで小学校からパソコンを教科に組み入れられることになったから、とくに子供の持つ主婦の間でなだれ現象が起こっているらしい。
子供に教えなければとか、子供と共に、また子供について行けない等、 
さらに、パソコン操作ができないなら21世紀は生きて行けない、とばかりの焦りでとりあえず新聞社の文化教室パソコン講座へ。女性と老人の多いこと。

 ひととおり操作講習のあと講師は、これからのパソコン時代について演説する。
「すでに切符やチケットの購入、旅行・ホテルの予約、音楽配信、電子ショピング仮想商店街、お金の振込み決済、その他デジタルカメラで撮影した画像をそのままパソコンに取込み転送等は常識だが、これからはデジタルITの時代、携帯端末を使って外部から指示し、不在でも家電機器もすべてコントロ-ルしてくれる双方向通信の時代に入ったユビキタス世界の入口に差し掛かっている。」 なんてアジられると自主性がなく、すぐ舞上がるくせのある人たち、さっそく旦那を脅迫しパソコンショップへ、老いも若きもこの調子。

その結果、パソコン教室の繁盛はもとより、当然販売店も売上げが毎期倍増でホクホク、出張レッスン・アドバイザ-などが多忙を極めている。
日本のGDPの60%を占める個人消費が低迷する折から経済効果に寄与すること大、まことに結構。
何さま時間だけはたっぷりある連中、インタ-ネット・ホ-ムペ-ジ・eメ-ル等、
つい数年前まで聞いたことの無かった言葉、その他やたら専門用語が
それも横文字が出てくるとなれば、これはもう 時代の先端に首を突っ込んだ気になるし、虚栄と優越感をいたく満足させてくれる。

特にインタ-ネット、これは聞いただけで10年前まではSF電脳の世界、それがいとも簡単に、個と個、個と特定多数、そして世界中と会話できるではないか、自分もこれでコスモポリタンの仲間入りができるか。(外国語はさっぱりダメだが!)
変に小ちゃなことにケチで欲深い人に限って、多機能のある機器をネギり倒して買って帰った。さあ・・・
専門用語ばかりで、読んでも判らない分厚い説明書は最初から敬遠し、操り人形のように側から指図されながら操作していたのが、とりあえずホ-ムペ-ジなるものを開けてみたら、こんな面白いものは無い。
浦島太郎じゃないが時の経つのも忘れて、日がな一日他人のペ-ジを覗いている。
そのうち自分も開設したくなったので、95%周囲から助けられ出来上った。わくわくしながらアクセスされるのを待っているが、どこからも来ない。

待っても来ないなら・・・とそこで(パソコンをやっている)自慢を押し殺して、さりげなく親類・縁者・友達・知人、あらゆるコネに電話を架けまくる。
一方、旦那のほうは毎日職場でテクハラ(テクノロジ-ハラスメント)いじめに泣かされている。
青春時代、マンガ本だけを貪り読み、職場でも年功序列で役付になった40男、従来アゴで部下に命令していたリ-ダ-シップが最近通じなくなってきた。
30才未満の部下は機械類をゲ-ム感覚で、いとも簡単に操っている。
会社はリストラもさること乍ら、合理化の美名のもと、全職場の1人に1台パソコンを設置され、自分で操作せねばならなくなった。
eメ-ルと称するのを嫌でもやりとりしたり、ペ-パ-レスと情報のスピ-ドから、すべてパソコン内で上意下達、自分でE会議は仕切らねばならない。
そのため、総じて出来のよくない部下でも、また特に、暇さえあれば手鏡を覗いて顔面を動かしている女子社員に、自尊心を押し殺し教えを乞うが、日頃あまり好かれていない上司、つっけんどんに答えられ、うなり声をあげる毎日。こちら、また覚えが悪く忘れっぽいときている。 何回も同じことを聞くから、アテこすりや嫌みだけでなく、終いには、陰で無能呼ばわりされる始末。
少しでも“ご機嫌“をと、会社は経費節減のなか、ポケットマネ-で食事にでも誘えば、セクハラするんじゃあない?と疑いの眼でみられる。

いっぽう自宅のほうでは、女房が午前中に簡単に買い物を済ませ、帰るなりパソコンの前に座る毎日。 子供が帰って来るや、
「タコ焼き買ってあるから、チンして食べて、おかあさんにも頂戴。」 
子供は、「またァ」 といい乍らあきらめ顔。
左手にツマ楊子でタコ焼きを口に運びながら、右手人さし指一本でチョンチョンと雀がエサをつつくような操作に熱中。
今日も元気だ、タコ焼きうまい。

またある家の中では、昨年死んだ亭主から名実共に自由解放、仏壇の遺影に尻をむけ、背中を丸くしている。 今朝電話で聞いたが、すぐ忘れてしまった操作方法を思い出しながら、スクリ-ンとにらめっこしているおバアさん。
今日も元気だ、亭主がいない!

ところが数カ月経つと毎月の電話料、あちこちのプロバイダ-からの使用料が、びっくりするほど多く請求を受けガク然となった。 当節の女子高生のように、お手軽に援助交際で稼ぐわけにもいかないし困ったことだ。

平成12年6月7日付・日本経済新聞の記事
N社がパソコンを、購入から1年以内なら店頭価格の半額で買い取るサ-ビスを始めた。対象は初心者または年輩の男性客のみ
「話題の新商品を買ったけれど、どうも自分には使いこなせない」と悩む消費者に対するサ-ビス
条件は 初心者・・インタ-ネットの設定を店頭で依頼した人。
    年輩者・・50才以上と見られる客。

テーマ:エッセイ - ジャンル:小説・文学

おんなの生態/1

ああ、おんなとは?

こちら、いくつ何歳になっても女という生き物は判らない。

理解しようとする努力が足りないのか、性別が違うのだから解ろうとするのがどだい無理なのだろうか。
しかし、男であっても女性の心理を、こころ憎いほど筆先で表現する物書きの先生たちがいる。 女性以上に情感心理を洞察し、共感を呼び紅涙をしぼらせるに至っては、これはもうほとんど芸術的で尊敬に価する。
それはおそらく対象を女性に限ることなく、人間本性に立脚したうえの深遠を洞察しその分析に基ずいているからだろう。
ところが、こちらは男にとってまことに、都合勝手の古きよき時代に生まれ育ったものだから、女性を理解したつもりなのだが、あくまでも皮相的で独善的であるらしい。

なにしろ 「女三界に家なし」に始まり「女子と小人は養いがたし」「女の偉いのと朝焼けは当てにならん」「おんなは台所へ閉じ込めておけ」果ては「女と牛の尻は三日にあげず叩け」等・・女性べっ視に彩られて不足のなかった周りに影響をうけて育った男である。 まあ私だけが偏見にみちた特異人間でもなさそうなのが。 

例えば医学を志したが大学で産婦人科を選んだため、親から仕送りを止められた類いは、当時別にめずらしいことではなかった。
今でも大峰山や相撲の土俵は女人禁制である。
また一般的に、女とは従順でつつましく賢く行儀作法をこころえ、三歩さがって夫にかしずくのを美徳とされた。 幼くして親に従い、嫁しては夫に従い、老いては子に従う、 鉄寛による旧制第一高校寮歌に「妻をめとらば才たけて見目うるわしく情けあり・・」
きょうび何処を探せばこんな女性にお目にかかれるか!?
さはさりながら、げにオソロしきはこれまた女性、 おんなの執念深さと恐ろしさについては語り尽せないので、別に項を改めるとして・・・  
女は死ぬまでに何回も呼称を変える。
昔の常識では最初5才位までが幼女、つぎが少女、そして娘、それまで20年妻、嫁、母までほぼ25年、祖母15年、だいたいこれ位であの世からお呼びがかかった。
その時代はまた多産だったから母の時代が長く、いつも忙しく立ち働いてい
る皺の刻んだおふくろの姿が子供の脳裏にある。

 当節、家事も電化がすすみ、そのうえ少子化で昔にくらべ女房の空き時間がおそろしく増えた。今は30才前半までに、子供のつくり止めをするから母である期間が短く、子供が成人する時は昔と違って、未だ活力色気がたっぷりと残っている。
 いま女性の平均健康寿命が80才を超えたらしいから、旦那のことは別にして自分の持ち時間はナンと約40年間もおんなが続く。  特に戦後、保険衛生と富栄養化がすすんでいるため元気はつらつ。
母とは名ばかり、子供を年少組の幼稚園に追いやってからは、サア自分の時間をどう使うか? 老も若きも。
そばから見ていると一所懸命バカやっている。
バブル期に流行ったゴルフやグルメに代わり、総中流意識がますます強くなり、絵画展覧会、音楽演奏会、古墳の現地説明会、国内外旅行、ショピングからエステ、健康食品等・・・とくに美容・健康と名のつくものには異常な関心を示す。
近頃 都に流行るもの・・・ガ-デニングと、パソコン、そして海外旅行

ガ-デニング
百貨店のガ-デンコ-ナ-やホ-ムセンタ-へ行けばどれ位いのブ-ムか判るというもの。 あらゆる種苗から施肥料・消毒機.鉢容器類・飾り棚から水車付きの箱庭まで。 自宅の空間を利用しての、これも今流行り癒しの感覚を満足させるため眼いっぱい演出している。ここでも客は圧倒的に女性客が多い。最近とくに色彩豊かな洋ものが幅をきかし、◯◯アドバイザ-なるものがテレビ新聞雑誌あらゆるメデイアに登場、 土など触れたことの無いような指先で懇切に解説してくれる。
いままで、買ってきた鉢植えに青虫一匹いても金切り声をあげていた。
それが、帽子・マスク.ゴムなが.手袋のうえにゴム手袋をはめた、まがまがしいお百姓スタイルで、ヴェランダや猫のひたい程の門から玄関まで、色彩を溢れさせている、 まことに結構なこと。
しかしこれも暫くすると、腰痛などで指圧マッサ-ジ施療院の繁盛と共に、数年を待たずにプランタ-や鉢がドロをかぶって庭の角に転がることだろう。

テーマ:エッセイ - ジャンル:小説・文学

大阪のおばちゃん

長らくお休みをいただいておりましたが、復帰いたしました。
これからは、今まで書きためていたエッセイや新作も含め、公開して参りますので、今後もよろしくお願いいたします。

復帰、第一弾は、エッセイ「大阪のおばちゃん」です。
数年前に書いたものですので、少し、時代差があるかと思いますが、ご了承ください。

「大阪のおばちゃん」

 80年代にテレビで、一般常識から少しはみ出した厚顔な中年女性の日常行動を、月一回「おばちゃん」シリ-ズとして放映、人気番組となっていたのを皆さんご記憶に持っておられるだろうか。
中でも特に大坂弁の集団が凄かった。
また最近特に、それに追い討ちをかける様に、関西の芸人が漫才や落語でよくその言動を誇張して、笑いのネタにしている手合がいる。
それがいつの間にか、「大阪のおばちゃん」とは、大袈裟ではないが、日本女性のなかでも独特の異人種(エイリアン)的実像となって、固定化されつつあるのではないか。 そうであれば誠に残念至極である。

 時々海外旅行に行くが、そのツア-客は北海道から沖縄まで、広域地区から参加している人達が居るので、大阪のイメ-ジを聞いてみると、
なんといっても、話題のエロ知事のセクハラが異口同音、一頻り飛び出してくる。 次が吉本の芸人.たこやき,そして小さな声で『大阪のおばちゃん』という。 
 
 大阪のおばちゃんの特長を、列挙してみると、
 お買い物ポイント.シ-ル.カ-ド等おまけものに異常な執着心を示す。
か、と思うと、訪問セ-ルスマンやテレホンセ-ルのおだてにコロリと参り、衣類、ふとん、生活機器や化粧品に○十万円をいとも簡単に買い決めをする。
改まった外出には「よそ行き」と称し、ありったけ着飾って出てくる。
それではどんなイメ-ジを植え付けたか、少し推測独断も交えた特長は、

   賑やか やかましい けたたましい 声太く大きい
   傍若無人で不作法 厚かましい ケチ 羞恥心なし
   首太い  厚化粧 頭は仏さんヘア- 部分染め

 その他、光ものブランドもの好き、美的感覚アンバランス、マタニティブラウス愛用、二人のときはブ遠慮にネメまわす、三人以上(集団)となれば、ガ然攻撃的。 しかし一人だけのときは、からっきし意気地がない。と、まあこうなるようだ。

 ちょっと待って。 皮相的に観察すれば、そのとおり、そのとおりには違いないが、少し違うんだなあ、これが。 だから弁護したくもなるではないか。
やりましょう肩に力を入れて。自然弁証法的に論じてみよう、おばちゃんの為。
まず、「敵を知り己を知れば百戦あやふからず」、孫子の兵法を持ち出すまでもなく、もう少し、大阪おばちゃんの内面的分析を続けようではないか。

そもそも、この俎上にのったおばちゃんの年令公約数は何歳ぐらいか。 
冒頭に述べたテレビの「おばちゃん」シリ-ズをあざ笑い、怒りながら観ていて「そんなん、なまったるいわ」とセセら笑うのは、だいたい40才前後からか。
 どうでもいいような事に、こだわったり喜んだり、また優越感を持ったりと、とにかく一貫性に乏しい。
バ-ゲンセ-ルの情報をより早くより多く手にいれ、他人に遅れをとるのを嫌い、鼻の頭に汗をのせて現場に駆けつけ、子犬が大急ぎで穴を掘る様に、周りの物をハネ飛ばし、目ざすものを手にいれ、ため息をつきニヤリと笑む。
どうも日頃から着慣れていない為か、金目のもの、光もの、値段の高いものが自分に似合うと錯覚するのか、とにかく賑やかな色彩である。
膨れきった下腹を被すのによい、ムウムウに近いワンピ-ス、首.胴.みみ.手首に輪っぱを巻き、ジュズ玉のれんが歩いているような女性にお目にかかる時が多い。
伝統的に洗練された京都.おしゃれの神戸から50Kmも離れていないのに、色彩と美的感覚が少し違うのは確かだ。 これくらい、おばちゃんの対比分析をすれば十分だろう。
            
長らくお待たせいたしました。
さて、大阪のおばちゃんのため、大いに弁護の論陣を張ろうじゃないか。
 まず長所・・・・総じて明朗、親しみやすく庶民的、単純で涙もろく、情厚い、土着性が強く家族の絆を守り献身的。 多少視野きょうさくの気、無きにしもあらずだが、反権力的な思想が強い。 弱い者にめっぽう味方する判官びいき。
「可哀相やないか」が行動の規範。 どこやら生っ粋の下町江戸っ子によく似ている。 おばちゃんだけではないが、これが時にはヘンな知事を選出する孵化機(インキュベ-タ-)の役目になる時もあるが。
そして、ここがエラい。頼り無い旦那に尽くし叱咤激励。「おばはん頼りにしてまっせ」まるで織田作之助の夫婦善哉。こんなお母ちゃんが、やたら多い。 
最近のキャリアウ-マンのように肩に力を入れ、教養と実力で対等を主張しなくても自然体で確実に主導権を握っている。
 遊び好き、新しいもの、珍なもの好き、何でも取り入れるバイタリティ-
食い道楽・・大阪の喰い倒れ、食の街大阪で旦那に口を譲っているが案外、おばちゃんの食に対するドン欲さは他の都市を圧しているように思う。
TVの料理教室などは所詮、食材や調味におもいっきり金と時間をかけて最もらしく言葉で食べさせているが、大阪は実質さが売り物だ。
お好み焼き、タコ焼き、おでん、うどん、極めて庶民的だがうまい。 休日、たまに名の通った料理屋に行ってみられたい。 フグ鍋など主婦が全て采配を振って、食いまくっている家族のなんと多いことか。

  ここまで書いてきて、やや戸惑っている。
どうもこんな女性像は、大阪に限らず何処にでも居るのではないか? 
 なにもおばちゃん族は、関西圏に限って発生しているのではなく、全国至るところ密度の差はあれ、どこでも見られる原形のような気がする。
 場所柄をわきまえない大声と、特に、笑いを取りたい大阪芸人などが使う下卑た大坂弁が、おばちゃんを実態以上、地方区から全国区に押し上げただけではないだろうか。
その証拠に全国の女性のみなさん、以下の例、ご経験ありませんか?!
「焼肉食べ放題1500円、子供(園児まで)500円2時間以内。但しpm2時~5時まで3割引き」
主婦5人、小柄な小学生も混じって子供5人、アコ-デオンで仕切った一応個室。 大皿肉のお代わり4回、 約1時間で母子全員、胃袋からせりあがってくるほど、たらふく食った。
さて、母親連中、やおらリュックから密閉容器を取り出す。 一人が箸で各皿の残った生肉を1ケ所に集め、頭数・均等に分ける、それを皆手際よく容器に詰める、その速さ、慣れたものだ。
「もうひと皿もらおうか?」誰かが言った。 みなが賛成。 ベルを押して
お代わり注文、係りが出て行ったとき一人の子供が、

「お母さん、しいたけや野菜は持って帰らないの?」

「まァこの子ったら、ハシたないこと言いなさんな、オッホッホ」

「だけど、この前スキヤキのとき、ビニ-ル袋に入れてみんな持って帰ったじゃないの!」

叱られた子供は膨れっ面。

「まァ○○ちゃん、小さいのにしっかりして、大きくなったらいいお嫁さんになるわ」

「そうか、ビニ-ル袋ね」 別の母親が感心したように呟くと、その娘が、

「お母ちゃん、ス-パ-の袋持ってきたわ、これだったら見えにくいよ」

 どれもこれもしっかりしている。
注文した1皿が届けられ、またガヤガヤと大急ぎで分別作業が始まった。
その時「失礼します」音もなく現れた係員。 とたん皆の動作が一斉に硬直。
ドアに向かって正面の主婦、箸で挟んだ生肉を思わず口に運んでいた。

要するにいま貴女が、おばちゃんの二軍.予備兵.幹部候補生を、日夜、キ
メ細かく、ねんごろに教育指導しているのではないだろうか。 
 
(追記) ベスト選び流行りの昨今、‘00年9月12日 日本経済新聞にこんな記事が載った。
関西経済同友会のアンケ-ト調査「関西発.世界に誇るものは・・」
1位 インスタント.ラ-メン  2位 明石海峡大橋  3位祇園祭・・
と続き・・・そこで我らが関西のおばちゃん 堂々49位、 如何。


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よねぞうの死71〔第八章〕・わかれ.迷い

わかれ.迷い

以前、阿修羅行きの判決を受け広場で迷っていた時、人間界へ戻るという10人ほどの集団が、迎えを待っていた同じ石の丸ベンチに行き、腰をかける。

(さあ どうする 人間界に戻って生まれ代り、人生イチからやり直すか それとも前世の続きを営むか 阿修羅でせいとの生活を続けるか)

沈思黙考だ。

三つの選択はどれを採っても一長一短だ。

1つは、生まれ代った人間界。 どんな境遇で生まれ、育つか分らない。ましてや男か女かさえ分らない。 もしおれが女にィ・・・?
生前よく、もしもう一度生まれ変わったら、俺は 私は こんなになりたい、こんな生き方をしてみたい。 誰しも思う願望だ。
自分が今まで生きてきて得た、知識.智恵.常識.経験.情報などをベ-スに、その願望を夢想する人が大半ではないか。

しかしそれは、それまで自分が生きてきて果たせなかった夢、望んでも得られなかった動機と結果などで、起りもしない生まれ変わりという、その願望の裏返しではないか。 いま人間界で生きている人たちはそう思っているだろう。

今よねぞうに、その 起こりもしない 運命現象が起ろうとしているのだ。

よねぞうは迷う。 これはそんなに甘くはないぞ、と。

誰でも、絵に書いたような人生を送る運を持って生を受けるとは限らない。 金持ちの家に生まれ、頭脳明せき.容姿端麗.幸運.健康や経済的、それに家族にも恵まれ、望むことはみんな成就、そんな人間に生れるのは地球上で数人か。 ほとんどは中途ハンパのケッカン商品だ。 その大半がなんとかやりくりして生きている。  
さてオレ、どんな境遇に生まれ育つのやら?


2つ目、これは元の家に戻り、あちらで生きていた時の延長だからハッキリしている。
カオス(渾沌)のような無秩序な一族が、たぶん今もめいめい勝手に生きているはずだ。 そこへある日突然、昏睡から目覚め舞い戻り、芝居の二幕目の続きをやればいい。 しかしこれも先程、もうあまり時間がない、と審判官が言っていたから、そう長いオツトメできないだろう。 
帰れば家族一統が(せっかく静かになった四囲が、またやかましい騒音に悩まされる)と顰蹙を買うだろうが。 そして近所の連中と、ゲ-トボ-ルで日を過ごす程度か。

まあしかしよく考えれば、あと短い刻か知らないが、元の家庭に戻るということは、長い間なじんで身の丈に合い、自分の体臭のしみついた、いつも着ている服のような安堵感。 これはこれで捨て難い。


3つ目、おせいさんの許へ帰るのだ。
去年の冬この広場で、審決の出た二人が初めて会い、同じ船に乗り阿修羅界に行き結婚した。
最初の頃は、濃密な結婚生活でよねぞう、うるおいの無い枯れ葉色の墨絵の景色を除けば、情こまやかで美人の妻に、いたく満足した毎日を送った。
ただ、せいにはよねぞうが生活の中で、どうしても不審な一面を感じ、踏み込めない部分があった。

たしか阿修羅行きの船の中で、前の夫に復讐するため、自殺をしたほど執念深い自分の性格を縷々話していたが・・・。
過去3回帰ったときに、その復讐とやらを実行し、目的を遂げたのか? 聞いてもせいは言葉を濁して答えず、ましてや単純で深読みの出来ないよねぞう、しつこく聞き糺すこともせず、だが一抹の疑惑を抱えたくらしであった。 
この一点を除けば、おおむね満足した再婚生活を送ってきた。

だが最近、せいの言動に変化が感じられ、ときには気味のわるい程感情の起伏が大きく、特にここ10日ほどは故意に冷淡な態度に、よねぞうはやや嫌気がさしている。 ここへ来るときも見送ってくれなかった。 なぜか?
とはいえ、せいと別れることに一抹の寂寥と哀感が混じる。 願わくば、両極を往き来できるような両義性が許されるなら・・・この期に及んでよねぞう、まだ欲の深い考えを持っている。


改めて腕組みし長いため息をつく。

公園の入口で、しばらく停まっていた人間界行きの循環バスが動きだした。 
次のバスが来るまでに決めなければ・・・。

 決断力のないよねぞう、六道の辻で迷っている。

読者諸姉.諸兄 さあ あなたならどうする?
                              完.



長いあいだ、冗漫な駄作におつき合い頂き、誠にありがとうございました。

 慎んで、これからの貴方様の幸多い人生をおくられることを祈念します。

                         平成19年師走


 追記
平成20年正月から、高野応其の今までの書き溜めたものも含め、エッセ-を順次掲載いたします。
テ-マは最初、主に女性たちの生態を分析します。 その結果、非難.ひぼう.怨嗟.偏見だと、時には敵役を覚悟して頑張ります。 まず最初は、

『大阪のおばちゃん』から・・
                         乞う 御期待を。




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よねぞうの死70〔第八章〕・再審

再審

翌日の午後、船は無事六道港に着いた。景色は一転、阿修羅と違いカラ-だ。

相変わらず広場では、派手な服装をした赤鬼や青鬼が、六道のゲ-トに誘導している。 勝手知ったこの広場、若干の懐かしさを覚えた。

『閻魔法王庁.六道の選別所』正面の入口へ行くと、ここも着いたばかりの大勢の亡者が、整然と並んで裁きの呼び出しを待っている。

監視役の鬼に、再審の入口はここか?と聞くと、横の入口を指示された。物言いも前と違って穏やかだ。

大きな球場のような円形になった建物、正面入口から廻ると、なるほど横に別の入口があり、黄色の面を被った鬼の案内人が立っている。

受付で出頭命令書を出し、受付番号を貰い案内されて中に入った。 

中は明るく、豪華な椅子やソフア-が置かれた待合室だ。 見回したが誰もいない。セルフだが飲み物まで用意されている。 一審とエライ違いだ。

コ-ヒ-をお代りした頃、よねぞうの番号が上の表示板に写し出された。


いよいよだ。 緊張が走る。 

法廷に入ると、この前の審決法廷より小さな廷だが、やはり上段に裁判長、一段下がり左側に判事らしいのと書記、右側に欧米人の判事らしい人が坐っている。 
また一段下がって、書類を積み上げ、横のパソコンの画面を見ている倶生神と闇黒童子(エンマ帳係り)、後ろに廷吏2人が立って待ち構えていた。

よねぞうは緊張しながら、廷吏から示された最下段の堅い椅子に、正面向って坐る。
二段目の書記官が、住所.名前を確認したあと、右側の欧米風の審判官が再審の理由を述べた。

難解な専門用語、おまけにたどたどしい日本語なので、要約を以下に述べる。


 要旨は--
「エンマ庁が数年前から合理化のため、手書き書類からOFFライン~ONラインに移行したが、デ-タ-をオフからオンに移行するとき、よねぞうの(よ)を(か)と打ち間違い、かねぞう となり、他の人別帳に入った。 年に一度の見直しをしているが、最近それが判明した」。 

ここで欧米人に代って左側の審判官が、
「よって貴殿を再調査した結果、少年時代、地蔵さまにお小水(小便)をかけたのが人違いと判明した。 閻魔庁としてはイカンに思っている。
今回再審協議の結果、本人の意向次第だが、人間界へ戻すという結論を下した次第。
貴殿が阿修羅に住んで1年余り、その間いろいろの係累が出来たと察するので特別に、どちらに住んでももよい、とのエンマ様のお慈悲あるお計らいを頂いた。 よって貴殿は、人間界に戻ってもよし、今のまま阿修羅界にいてもよし、それだけ住む世界の選択肢が広がったという事じゃ、有り難く拝跪(はいき)せよ」

 
「なお 人間界へ戻るについては原則は、生まれ代り、一から生育されるが、これもまたエンマ様の特別の御配慮で、前の続きを望むならそうしてやってもよい。 但しその場合は人間界の寿命は短いぞよ、以上」。


この法廷も、どこかの国の官僚によく似た御託宣だと、よねぞうは思った。 

どだいミスったのはエンマ庁で、その為2年近くあの墨絵の世界で、気の強い妻と暮すことになり、それをたった一言、イカンの言葉だけで片付け、あまつさえ、選択肢が広がったから這いつくばって有り難たがれだと、(クソッ)。

しかし気の弱いよねぞう、言い返しもならず、約10分程の再審法廷が終り、両手の甲に三通りの方向性のスタンプを押され、外に放り出された。




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よねぞうの死69〔第八章〕・呼び出し2

呼び出し2


出頭命令が着いてから8日が経ち、やっとよねぞうは六道選別の閻魔庁に行くため自宅を出た。 

命令書が届いてすぐ、よねぞうはせいに同道を頼んだが、なぜかせいは頑なに一緒に行かないと云う。 だからなんとなく頼りない独り旅だ。

せいはよねぞうとの結末を予測していた。 たぶん別の世界に行くことを・・。
 そして夫がこの修羅道に引き返して来なくても、素直にうけいれようと。
だから自分の推理を一言も漏らさず、思い残すことのない一週間にしたかった。

人間界に帰った過ぎし夏の日、垣間見た吉田たま子の言動がなければ、執念深いせいは、今でも決してよねぞうを離さなかっただろう。

あれからせいに、日々大きな心の変化をもたらしたらしい。 自分でも不思議なほど清澄な気持で、事物を判断するようになって来ている。

自分は自栽までして復讐を誓った。 しかし考えてみれば、最初人間界に戻って復讐のワナを仕掛けたのは、何の事はない、皮肉にも自分の心を裏返しにしてしまった。

 いかに悪意.凶の心をもってしても敵まで愛してしまう、たま子のようなとほうもない愛、仏の慈悲の心で包み込まれると、このような気持ちにさせてしまうのか! 故意に自分の心を偽ってはいけない。 人の性は善だ。

ここ2ヵ月ほどで、今までの執念.嫉妬.煩悩.瞋恚(しんい)など、まだ少し心に残滓はあるが、日が経つにつれ薄れて行くのが分る。
 
そしてよねぞうに対する、今までの愛が透明.純粋な愛といえただろうか? よねぞうを解放してやろう。 また二人が会う事を運命ずけられておれば、そのときは本当の純愛で応えよう。

この一週間、家の中に二人で閉じこもり、濃密な時間を過ごし、別れの儀式が済んだ。 
未練がないと云えばウソになるが、これから独りで生きて行こう。

ドア-を出て行く、よねぞうの後ろ姿を目に焼きつけて、

心の中で 「さようなら」 とつぶやいた。


よねぞうは阿修羅港から独りで、六道選別所行の船に乗った。 
一昨年の2月にこちらに来てから船に用は無く、乗る機会も無かった。 
せいと一緒に来た時は、豪華な特別室であったが、いまは二等船室で窓からかろうじて外が見える。 この等級の乗船客は数人で、静かな出港であった。

よねぞうは後部の窓際に腰を掛け、思いにふけっている。
この一週間 一緒に行こう、と幾ら云っても嫌だと云い、見送りに外にも出なかった。 今まで一緒に過ごしてきた年月、せいの性格から推して不思議としか言いようが無い。

エンマ庁からの呼び出しも不審だが、それを知ってからのせいの素振りは合点がいかない。 せめてこの港まで見送ってくれてもエエやないか! おかしい? 船は急流に乗って下って行く。


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よねぞうの死68〔第八章〕・呼び出し1

呼び出し1

いませいは外出中、留守番をしているよねぞう、ドア-の郵便受けの音で取り出してみると、よねぞう宛の封書。 

差出人はエンマ法王庁とある。

急いで封を切ると、出頭命令書だ。 

理由は「再審議の要あり、本書着次第1ヵ月以内に出頭せよ」とある。

気の小さいよねぞう、出頭・・?
再審議する?
なぜ・・? 
暫くぼ-ぜんとしていたが、せいが帰れば相談しなければと思い、いずれにしても急いで行かなければ。 たぶんせいも一緒に行くと云うだろう、しかし再審理由が分らない。 せいが帰って聞けば分るだろう 単純なよねぞうはそう思った。


午後遅く妻のせいが帰って来たので、早速閻魔庁からの出頭命令書を見せた。
 
とたん、その文字を見るやせいの顔色が変った。 

よねぞうはいぶかしげに妻の顔を眺める。 む?利発なせいならエンマ庁の意図が分るのか?
「なんでやろ?」と遠慮がちに聞く。 せいはそれに返事をせず、あらぬ一点を見つめ考え込んでいる。 

 単純なよねぞうは深読みが出来ないが、せいは瞬時に読み解いた。
せいが思うに、よねぞうはもともと最初から阿修羅へ来るような人間では無いのを、六道選別所で会った時から気づいていた。 だからせいは、群がる亡者の中から選別し、自分と正反対の性格をもつ、この世界に紛れ込んだようなよねぞうを口説いて結婚した。 

何故なら同じ性格、特に怨念.執着.嫉妬心などを持つ者同士であれば、絶対長続きしないだろう。 そうすれば時空を超えた元の人間界へ帰れなくなる怖れがある。 時空の条件はこちらで結婚した者同士しか渡れないのだから。

たぶんエンマ庁は今頃になって、よねぞうの行く道のミスに気づいたのだろう! 
結婚してからずっと怖れていたことが、現実になりつつある予感に包まれていた。 

今までただ、使い勝手のよいと思っていた男との別れが・・・。


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よねぞうの死67〔第八章〕・マリ-の過去2

マリ-の過去2


一方せいは、今日よねぞうの帰りが、いつになく遅いのを気にかけていらついていた。 いままでは遅くとも4時ごろには帰っていたのが、今日は午後5時を過ぎても帰らない。 何かあったか疑心暗疑がつのる。

ようやく6時前ドアの開閉がした時、せいはほっとすると共に、怒りがこみ上げてきた。

居間に入って外出着を脱ぐ夫に向って、遅かったわね と声に非難の響きを乗せてなじる。 ところがよねぞうは晴々と、憑き物が落ちたような声音で、

「遅い?そうかな 少しぐらいエエやないか」

まるで気にしていない。 

せいは、いつもと少し違うよねぞうの態度に違和感を感じたが、外でなにかあったのか?と聞いた。 
べつにィ と否定し、そしらぬ顔で湯殿のほうに行った。

翌日の朝、よねぞうは居間のソフア-で横になり、薄墨いろの外を眺めながら、昨日のマリ-の言葉や、夜のせいとの会話を反芻している。
昨夜二人で夕食を終えたあと、せいがこの居間に坐り、改まってよねぞうを問いつめた。

「まえにわたしが聞いた時、公園に行かなかったとウソを云ったでしょ・・」から始まり、公園の中の景色や設備機能.たたずまいから今まで、誰に会ってどんな話しをしたのか、微細で執拗に問いただす。 せいが常人でなく透視力や念力で、察知できる能力のあるのに、分らないのか?

最初よねぞうは、当り障りなく返事をしていたが、、俺はなにも隠すような秘密を持っている訳でなし、と少し腹が立ってきた。

それどころか、先程マリ-の数奇な来し方を聞き、この世界に来て、これほど感動を受けたのは初めてだ。

これに比べ、いま目の前で俺を問いつめている妻、これと比較してマリ-のなんと純粋無垢な夫への愛情か、と改めて感心する。 よねぞうはだんだん腹が立って来て、スペイン女性マリ-と会っていた事を告げた。

 外国女性と聞いただけで、せいは柳眉を逆立てる。

そこで公園で聞いて、感動と同情心を揺すぶられた、その覚めやらぬ気持をせいにぶつけた。

マリ-の生まれ育った特殊なバスク地方、その置かれた波瀾の半生と、悲劇的な事故死、またいつか、この阿修羅の世界にやってくるだろう愛する夫を、これから待ち続けるらしい・・と。 噛んで含めるように感動を込めて語った。

すると黙って聞いていた妻、嫉妬.猜疑.執念深いあのせいが、なんと目いっぱい泪をため、うつむいたではないか。

この夏、浮世に帰る前のせいなら、このような人間味の情感を見せることは、たぶん無かったろうにと思い、逆に戸惑うよねぞうであった。


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よねぞうの死66〔第八章〕・マリ-の過去1

マリ-の過去1


「わたしはスペインのバスク人なの」


「バスクといっても関心のうすい人は、それ何処?と思うでしょうが、有名なピカソのゲルニカと聞けば分ってもらえるかも・・」

 それからマリ-が自分の故郷を語った。


 バスク地方は、スペインとフランスの国境に横たわる、ピレネ-山脈の西部に当り、前方にビスケ-湾が広がり、今はスペイン自治領になっている。
この地方は独特の言語と文化を持ち、昔から独立志向が強く、常に激しい独立運動を繰り返して来た。

わたしはバスク県のビルバオという町の出身だが、それより北東約20Kmにゲルニカの町がある。 その町に育った6つ上の従兄弟と20才のとき結婚した。

この町の近代史で有名なのは、1937年フランコ政権がドイツ.ナチスと組み、史上初の無差別爆撃を行い、ゲルニカ住民7千人のうち2千人以上を虐殺した。 パリに居たピカソが激怒して、あの代表的な作品を生んだ。

世界戦争後もフランコ政権が続き弾圧が厳しい中、夫は分離独立運動の義勇軍ETA(祖国バスクと自由)に参加した。

結婚して10年目、フランコ政権の弾圧がますます厳しくなり、夫はわたしを手許に置くと、どんな危険が迫るとも分らないのと、また自身も自由に活動できないとの理由で、ツテを頼って私ひとりアメリカに渡らせた。 看護士の資格を持つわたしは泣く泣く夫と別れ、故郷を離れた。

数年ボストン郊外で病院に勤めたが、知人もなく言葉も不自由で、どうにも馴染めなくて困っていた。 そのとき病院で、アメリカ人と結婚した日本人、山田華子という患者と知り合った。

山田さんは東京のある大学の講師をしており、夫のヘンリ-氏も民族学者で、わたしの古郷のこともよく知っていた。

1年ほどして、東京へ帰る夫妻から誘われ一緒に日本へ来た。 そしてこの夫妻の紹介で、病院の仕事に就き友達もでき、落ち着いた生活を送っていた。

一昨年の夏、2泊3日で病院仲間といっしょに、那須高原へ遊びに行った帰り、私たちの乗ったマイクロバスとトラックが正面衝突、死傷者7人の大惨事故となった。

事故直後、まだわたしは生きていたが内臓破裂で出血、残念ながら血液型がバスク人の大半が持つRHマイナス型(逆に世界の85%がプラス型)で、運び込まれた医院にその型の血液がなく、間に合わずわたしは出血多量で死亡した。

皮肉にもわたしは病院関係者なのに・・・ あっという間の出来ごと、未だに死の実感が湧かない。 人間界にいるスペイン在の愛する夫は、わたしの死んだのも未だ知らないのでは?

そしてこの阿修羅に来たのも、夫のバスク地方独立の執念を持つ、その妻というだけで送り込まれたようだ。 釈然としないので毎日ここに来て、平常心を保っている。

よねぞうこの話を聞くや、思わず両膝に揃えて置いていた、マリ-の両手を掴み励ました。 

愛する夫や遠い祖国を離れさまよい、つかの間の安住の日本の土地で、薄幸の命を散らした女性に対する、感動と無垢な同情が自然に体を動かした動作だ。

マリ-はこうも付け加えた。

「わたしの性格では、この阿修羅界はエンマ庁のミス配属だが、夫は生涯かけた独立の義心で固まっており、ここに住んでいると死んだときは、間違い無くここにやって来る。 それまで辛抱しながら待ち続ける・・・」と。 


 なんと健気な・・。


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よねぞうの死65〔第八章〕・せいの嫉妬2

せいの嫉妬2


よねぞうは公園の中の、この前に会ったベンチでマリ-と再会。 

今日も晴れて爽やかな日和だ。

マリ-の今日の装いは黒いス-ツ姿に、胸に小さな白いバラを挿している。 落ち着いて上品な印象を与える。

この前のいきさつもあるので、よねぞうはあまり私生活に立ち入らないよう気をつけ、当たり障りのないよもやま話しする。 

それでもよねぞうは愉快な気持ちになり声を立てて笑う。 つられてマリ-も歯並びのよい口元を綻ばせる。 約2時間あまり、二人は楽しい会話を交し、また次の日の約束をして別れた。
 
よねぞうは散歩からむっつりした顔で帰って来た。 
心を読まれない為の用心だが、せいは何も云わない。
せいが、この前聞いたカラ-公園の所在さえ知らない振りをしたよねぞうを、うそつき呼ばわりするのは易しいが、公園の中で何をしていたのか?

好色なよねぞうのこと、たぶん早速気に入った女性と交際でも始めたのだろう、あのいそいそと歩いて行った後姿を見れば分る。

せいはもっと確たる証拠か現場を押え、ぐ-のねも言わせないことにしよう。

数日して、よねぞうはまた散歩に出ると云う。 せいは今度も気安く許した。

午後の公園の中は暖かい。 この前と同じ場所のベンチに二人は坐り、よねぞうが世間話を始めようとした時、マリ-はやや緊張したような顔で、ためらい勝ちに、私の過去を聞いてくれるか、と云う。 
よねぞうは頷く。

「わたしはスペインのバスク人なの」
 

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よねぞうの死64〔第八章〕・せいの嫉妬1

せいの嫉妬1


よねぞうは不安を胸にマンションに帰ってきたが、せいは相変わらず、自分の部屋にこもったまま出てこない。 よねぞうはこれ幸いと、居間に入って応接の長椅子に寝転んだ。 
いま会ってきたマリ-という女性との会話を反芻する。 
自然と頬がゆるむ。

約1時間ほどしてせいが姿を現し、何処へ行ってきた? と聞く。 
帰りの道すがら考えていた答をよどみなく喋る。

「この前の大通りを真直ぐ歩いて、橋を渡ってそのまま行ったが、同じような家並ばっかりで飽いてきたので、途中のベンチで休んで帰ってきた」

帰るとたぶん聞かれると想定して、帰り道、川を越えて実際の風景を眼に入れてきたのだ。

「ふう-ん 橋の向う側にたしか看板架かっていたでしょ」

「うん なんかカラ-公園どうこう書いてあったけど、興味ないから終いまで読まなんだ」

ふう-ん? 少し疑りぶかそうな眼をしたがそれ以上詮索せず、せいは夕食をつくるため居間を出ていった。

よねぞうはほっとして額の汗をぬぐう。 うまくいった。



3日後の午後、再びよねぞうはせいの許しを得て外出した。 今日はマリ-と公園で会う約束の日だ。 

急いでエレベ-タ-で降り、足早で大通りに向う。 
それをせいは自分の部屋の窓から眺め、なぜ急ぎ足なんだろう?と疑問に思った。
(あの歩き方は目的をもった脚力だ) 大急ぎで後を追う。 
よねぞうは脇目も振らず公園に直行、ゲ-トをくぐる。
 
その後をつけたせいは公園の入口で、しばしためらったが意を決して、思いきってゲ-トに入ろうとした、とたん音を立てて観音とびらが閉った。
係員が気の毒そうな表情をする。

やはり駄目か!とつぶやいた。 
せいはこの世界へ来てすぐ、一度来て試したことがあり、今と同じように入園を拒否された。


せいのような怨念の深い一級人は、やはり入園出来ないらしい。

(いいわ、帰ってきたらよねぞうを問いつめてやろう)と引き返した。


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よねぞうの死63〔第八章〕・語らい

語らい


 薄暗い森の中に入る。
 
木もれ陽の当る、落ち葉の積った小道を抜けると再び陽光が降り注ぐ広場に出る。
そこには散策している人々、それに談笑する声が賑やかだ。 

 広場の中にも小川が流れ、その手前に数本の繁った樹の下に休憩用のベンチが二つ。 その一つに腰掛けた女性らしい後姿が見える。 
よねぞうは晴々した気分で芝生を歩き、そのベンチに近寄った。 草を踏むかすかな足音を感じたのか、ベンチの女性が首を回してよねぞうを見た。

40才前後の彫りの深い欧米人だ。 美人だ。

ベンチの前に立ったよねぞうは、とびっきり愛想のよい笑顔を向けて、
「・・モ-ニン・・」
これに美人は、微笑みながら「こんにちは」と、はっきり日本語で返した。

「日本語だいじょうぶですか?」 

「ほとんど判ります」

 流暢な日本語が返ってきた。

よねぞうは生前仕事がら、欧米に何度も研修やビジネスに往ったにも係わらず、外国語はほとんど話せない。 この女性、日本語が判ると聞いて安心する。
なんとなくこの女性のかもす雰囲気は、よねぞうに安心感を与える。
隣に坐っていいか と聞くと「どうぞ」と笑顔で答え少し腰をひいた。
縦に細い、黒のストライプの入った白のワンピ-スに、黒の巾の広いバンドが清潔感を与える。 

隣に腰を下ろしたよねぞうは目を細め、両の指をからませて腕を伸し、思いっきり背を反らす。(今おせいさんは居ないのだ。 自由だ)。

それを見て女性は微笑みながら、 いいお天気ですね と云う。 それからとりとめの無い話を交わし、次第に暖かい打ち解けた気分になっていった。

「日本語が堪能だが、日本で長く住んでおられたの?」

 と聞くと、長く濃いまつげを細め、

「わたしはマリ-といい、生前日本に居て、昨年まで東京のある病院で看護師をしていました」

女性のほうから先に名乗らせてしまった。

「失礼、わたしは日本から来た よねぞうという者ですが、あなたは何年まえ東京に来られた?」 

6年前といい、独りで日本に? の問いに、そうだ と答える。 
続いて お国は何処? 東洋のこの日本に何故? の問いに、女性は正面の小川のせせらぎに眼を向けたまま、憂いの横顔を見せて黙ってしまった。 なにか人に話せない、深い訳がありそうだ。
よねぞうは矢つぎ早の問いかけを恥じて、見ず知らずの人にいろいろ問いかけ申し訳ない、と謝った。

マリ-という女性は、よねぞうに顔を向け、寂しそうな顔でうなずく。

気分を変えるように、今日初めてこの公園に来たがこんな素晴らしい処があるのは知らなかった と云えばマリ-は、私はこの阿修羅に来てすぐここを知り それからはほとんど毎日ここにやって来ている と云う。
厚かましいと思ったが、そこはよねぞう、

「それではここに来れば、いつでも貴女に会えますね」

「ええ わたしでよかったらどうぞ」

明るい笑顔で答えてくれる。 よねぞうは心の中でいたく悦んだ。

毎日灰色の世界、それに加えて最近、とみにモノを云わなくなった陰気なおせいさん、時々息のつまるような時がある。 少しでも、離れていられる時間ができればハッピ-だ。 
つい最近までそのおせいさんから、ひっついて離れたくなかったよねぞう。 おれも変った!?

ところが気の小さいよねぞう、ここでハタと心配性が頭をもたげる。
あの千里眼のおせい、よねぞうの一挙手一頭足どころか、心の中まで透視する術を心得ている人が果して、今日の一刻、他の女性との語らいでも知ったらどんなバツを受けるか、時々見せるあの夜叉顔が頭に浮かんだ。

しかしまた、こんな異国の美人を前に、妻のせいを恐れてなるか、と心では震えながら覚悟を決め、次に会う約束を交してベンチを離れた。

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よねぞうの死62〔第八章〕・自由2

自由2

突然、人間界に帰ったような、極彩色の世界か?と錯覚する程、強烈な視覚が目に飛び込んできた。 
今までのモノクロの世界が、総天然色に変ったのだ。
暖かい陽の降り注ぐまぶしい太陽、きれいな水が流れる小川に、ハヤが泳いでいる。 

川には飛び石がありそれを渡る。 前に草地が広がり鳥のさえずりが聞こえる。 

なんと単色の世界と、自然の色でこうも気持ちが違うのか。

よねぞうは心底うれしく飛び跳ねる気持ちになり、少年のように草地を駈けた。 草地を抜けると、白樺に似た樹木の並木が続き、その奥に林や常緑樹の森も見える。 散歩道には草花が咲き乱れ、その道を三々五々人が散策している。
 
よねぞうは大いに自由を感じた。 

いままで物事をあまり深く考えず、おせいさんの云うとうりの生活をして来た。 それに慣され、漂い乍らの毎日だった。 
ただの自由気ままな散歩だけで、こんなに開放感を与えるのか。


そして脚のおもむくまま、周りの景色をむさぼり見ながら歩き続けた。
 

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よねぞうの死61〔第八章〕・自由1

いよいよ最終章でございます。

自由1

よねぞうとせいは今度も無事、阿修羅に帰って来た。
約10日あまりの浮世の旅であった。

よねぞうは家に落ち着いて間もなく、せいの気質が変ったことに気がついた。
まず自分が外出する時、以前ならよねぞうが勝手に出ていかないよう、外から二重にカギを掛けていたのが、掛けなくなった。
以前は月数回、会合と云って外出していたのが、今は滅多に出なくなり、自分専用の部屋で終日閉じこもっている。 そして、よねぞうにあれほど細やかな情愛と気配りをしていたのが、やや放埒になった。 それに夜の営みも、以前のような濃密さが無くなり淡白になった、等々。

それはどうやらこの夏の盆の旅に、解がありそうだ。 よねぞうはほっとする反面、やや物足りない気がする日々だ。


数日してよねぞうはせいに、いちど独りで外出してみたい と云った。
こちらに来て2年近くになるが、外に出るときはいつもせいと一緒で、いままで独りで出歩くことは無かった。 そう云った時、せいは何かに気を取られていたのか、暫くして気がつき、それでも簡単に いいわ と云った。
  
翌朝、よねぞうはマンションのエレベ-タ-は使わず、久しぶりに阿修羅道の大地を味わうような気で階段を降りた。 そして左へ曲り大通りへ出た。

さすがに自転車や自動車類は走っていない。 行く宛は無いが、とりあえず足と気のおもむくままに歩こうと思った。 
独りで行動するのは昨年冬、船に乗ってこの阿修羅道に来て以来だ。 外は相変わらずモノクロ-ムで単色の世界だ。 薄墨色の景色は夕暮れのようで、それでも家並は日本の都会とあまり変らない。 

東西南北の感覚がなく分らないので、取りあえず大通りを歩く。 通りはあんがい大勢の人が歩いているが物音がなく、味気ない。
約20分ほど歩いたとき、巾40mほどの小さな川に出た。 木の橋が架かっている。

 対岸に何かの看板が目についた。

橋を渡って看板の文字を見る(6カ国語の並記)。 
その日本文字には、
「この川の上流2Kmにカラ-公園あり、但し選別所でチエックの要あり」と注意書き。 よねぞうは大いに興をそそられ急いだ。 
カラ-? 
色付き公園?

 目的地に着いた。映画館の入口のような開所があり、入園心得書と書いた看板が立っている。 それを見て驚いた。 要旨以下のように書いてある。
 
公園の特長=この公園の入口を入ると、阿修羅のモノクロの世界から人間界のように色のついた世界に変る。 但し入園できるのは、チェックゲ-トをくぐる時、ブザ-の鳴る者のみである。

入園できる者=阿修羅世界に慣れない者(すなわち闘争.ねたみ.さい疑心.嫉妬.執着心等の薄い者、まだそれらの修業の足りない者)のみ。

そしてこの公園の造った動機や目的が書いてある。

(1) 最近阿修羅道に来たが、この世界に慣れない者が増加し、特に単色の世界がなじみにくく鬱の患者が増えた。

(2) その者達や、その可能性のある者をケアする為、人間界の景色を取り入れた公園を造った。

(3) 入場者は入口で資格をチェックする。・・・とある。
 
まあとにかく中に入って見ることだ。 果たして入れる資格があるのか、試すのも一興だ。

入口は欧米系も含め5~6人の係員がいる。 もう50~60人程が列をつくっている。 人種は雑多だ。 よねぞうもその後に並んだ。

チエックは簡単で、空港のゲ-トのような枠を通るとき、ブザ-が鳴るかどうかで選別している。 リピ-タ-が多いのかゲ-トをくぐる連中、べつに緊張した雰囲気ではなく、ブザ-と共に気軽に中へ消えて行く。

初めてのよねぞう、さすがに緊張したが幸いブザ-が鳴った。 

その時心の中で(やはり俺は修羅道には迷いこんだ人間だ)と実感する。

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よねぞうの死60〔第七章〕・慈心

慈心

 ここにきて、せいは少し迷っていた。
誠一の無限地獄のような毎日は、吉田邸を見張っていてよく分った。 
子供の鋭一を四六時中緊張しながら見守っており、常に何かにおびえている様子が伺える。 以前の様な覇気が無くなり、日々消沈していくのが見て取れる。

が、それを見ている復讐者のせいは、当然快哉を叫ぶべきなのが、どうもこちらに来てみて、余り心を動かされなくなった。 妙な心境だ。

お盆が終り、明日よねぞうと彼岸へ帰る予定になっている。

せいは最後に、いま誠一の妻になっているたま子にも、何かの仕組を施すべく伏見の屋敷に行った。 

ついこの前までの、復讐心をたぎらせる弾むような気持ちが、いっこうに沸き立たないのはどうした心の変化か。 今もあまり気が進まないが、せい自身には分らない。

 いつの間にかせいに何かの変化が起っているようだ。

例によって 吉田邸の横道に入って念を切った。

太一郎は相変わらず病室で、力のないセキを繰り返している。 
今日はたま子が目的だ。 
ところが家中を探したが、太一郎だけで他に誰もいない。


 午前11時、真夏.曇り空だが今日も暑い。 せいは辛抱強く待っている。

暫くしてたま子が姿を現した。 買い物から帰ってきたのか?! 小柄で平凡だが、色が白く素直そうな人柄に見える。

袱紗(ふくさ)様の布で包んだ小さな物を、両手で胸に抱えるようにして和室の部屋に入った。 そして誰も居ないのに、周りを気にするような仕種で辺りを見回す。 
この部屋はどうやら自分のものらしい。 小さな紫檀机の前に坐り、手にしていた袱紗を開き、中の物をそっと机の上に置いた。 
小さな位牌だ。
その位牌の院号を見た刹那、せいは強烈なショックが身体を貫いた。 

なんとせいの戒名ではないか・・?? 
なんの為にわたしの位牌を? 
戒名をなぜ知っている? 

疑問が押し寄せた。

たま子は位牌を前に頭を下げ手を合せ、小さくつぶやいている。 

「許して下さい・・」を繰り返しているのだ。 

ゆるして下さい? 
だれに? 
どうしてこの子が?

あまりの驚きに、せいは我を忘れていたが、暫くして大急ぎでたま子の脳幹に入った。
するとどうだ、外見の表面上は平凡なたま子だが、その性質は、せいなどとても及ばない持主であることが分った。
すなわち知性.教養.洞察.沈思 それに人間として一番大切な慈愛(慈心.大悲)あふれた女子だったのだ。

1時間後、たま子の心をすっかり読み解いたせいは、虚脱状態でそうろうとして吉田家を離れた。 

このたま子だけは、責めるのはやめよう と思った。 

たま子の心はこうだ。
平和であるべき誠一とせいの中に、自分が心ならずも入りこみ、あまつさえ鋭一という子供まで成した女。 それを知ったせいを、自殺にまで追いやり人倫の道に背いた業.罪深い女。 せいの心を忖度し、日夜悔恨にさいなまれ、許されないだろうがせめて自分だけでも供養を と思い定めた。
せいの実家、役所家に昔から出入りしている仏壇店を探し、せいの戒名を知り、家人に内緒で別の店で位牌を造り、今日持ち帰った所だ。
昨年夏から吉田家に起る災厄の数々は、全て自分が原因で引き起こしている、と賢く冷静なたま子は洞察して、懺悔の心は日夜自分を責め続けているようだ。


もうこの子だけはそっとしておいてやろう。



いよいよ、最終章へと続く

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よねぞうの死59〔第七章〕・脅迫3

脅迫3

 誠一は、今までの収入のほとんどは断たれたが、自分や父母の多少の貯えの他、万一のときは、家屋敷を処分してもいいと腹をくくっていたから、竹内の申し出は即座に断った。
「今後のことははっきりお断りします。 それより過去の私に対して下さった、貴社の出費の清算をお願いします」

さすが竹内は、誠一の直截的で性急な物言いに鼻白んだ顔で、隣の北島を見る。 北島が、

「吉田さん、昔から 覆水盆に返らず と云いますね。 世の中、あなたのおっしゃるように『金銭で清算して、過去のことは全て終り』という訳にはいかないですよね。 書いた過去は一生ついて回り、リセットがきかない。 よくお考えになったらいい、これは私からのアドバイスです」

そばから竹内が、

「まア 今すぐに、ご返事頂かなくとも結構ですよ、損得も含めよくお考えになって、後日よいご返答お待ちします」

一息入れて北島が、いま気がついたような声を出した。

「そうそう吉田さん、貴方のお邸はたいへんご立派ですね。 さぞ由緒あるお家柄でしょうな。 またあの周りは閑静なお邸街で、さすが古都京都ですな。
ところで吉田さん あなたに小学2年生の男の子がおられますよね、可愛い盛りだ」


どうやら住所や、個人的な家族まで調べ上げてあるようだ。

「目に入れても痛くないでしょう。 だけど気を付けて下さいよ、最近はどこでどんな事が起きるか分らない時代でしょ・・」

私も最近、所用でお宅の近く御香宮神社へ行ってきたが、側に国道が走り、その他の道も古く曲った狭い道路が多く、車の往来が激しく驚いた、と続ける。


「子供さんの通学など、万一事故など起きないよう、十分気をつけてやってくださいよ」


交通事故に気をつけましょう・・・


一般の人が聞くと単なる交通事故の標語にすぎないが、今の誠一にとっては、明らかに子供を人質に取った、いつまでも気の休まる事のない巧妙な脅迫.どう喝の言辞だ。

司法を生業にしていた誠一はいま、完全にワナにはまったことを認めざるを得なかった。

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よねぞうの死58〔第七章〕・脅迫2

脅迫2

 その後しばらくして、W大学の所氏から「K興業は表面上はタクシ-が主業であるが、不動産.それに新宿方面で、遊技.風俗店その他サ-ビス業を手広く営み、どうやらそんな関係で、関東の有力暴力団と関係を持ち、また東上して来た関西の広域暴力団とも、つながりがあるらしい」と聞いた。

 いま改めて逆境になり、自分の立場がはっきりと浮き彫りになると、一刻も早くこの連中と縁を切りたく焦っていた。 ましてや深い闇の連中との深入りは、どんな手段を用いても絶対に避けなければいけない。


「いや 今はもう私には何の力も残っていません、お世話になった過去の清算をしたいので、立て替えて貰った金銭の額を云って下さい」
再度繰り返す。 

すると側に坐って両腕を組んで、二人の会話を聞いていた北島が腕組みを解いて、

「私は以前からあなたの事は聞いていたが、これは少し身勝手な申し出じゃないでしょうか?」

言葉は穏やかだが、声は底力のある、人を威圧するような響きだ

「あなたの男女関係に対する、過去の当社の金銭負担は別として、なるほど今我々が調べられている贈収賄事件と、あなたとは直接関係はないが、私の聞いたところによると・・」

と云って昨年秋、誠一が環境プロジェクトの委員ををしていた時、予算の割り振りに、W大学への口利きめいた事を画策したことを持ち出した。

「いずれ事件の広がりによっては、あなたの係わりも出て来るんじゃないでしょうかなぁ」

竹内が側から「北島さん そんな将来の話を持ち出さないで」と押えておいて、

「どうでしょう、今これと決った事案をお願いしている訳ではありませんが、こんな商売をしていると、表立って動くことの出来ない事柄も多いんですよ。あくまでも表に出ない形で・・」 言葉をついで、

「失礼だが、ちょうど貴方は今回のことで、休職されたと聞いています。 だから以前よりも時間的な余裕ができて、動き易くなるんじゃないですか?!」 

言葉はあくまでも穏やかだが、誠一の現況を知りつくし、足許を見ての強要だ。 そして、立ち入って恐縮だが、収入などの不安は? と聞く。 もし私の申し出を受け入れてくれたら、今後ご一家の生活は全て面倒を見ましょう、と云う。


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よねぞうの死57〔第七章〕・脅迫1

脅迫1

週刊誌に暴露記事が載った日から旬日して、東京のK興業の竹内専務から、都内のホテルに呼び出された。

その時は誠一も、女性関係が気がかりなのと、今までにK興業の立て替えてくれた金銭が幾ら位か、できれば会ってきっちり話をつけようと思っていた。 
呼び出しがあった時、わたりに船という気で上京した。

新宿のあるホテルの個室で、K興業の竹内専務と会った。 横に小太りで目つきの鋭い40過ぎの男が同席している。 竹内から「私の個人的な相談役の北島です」と紹介を受けた。

「いや-どうも」
顔を合わすと誠一は、呼び出し事由を聞く前にバツの悪そうな表情で、早速いま話題になって、週刊誌他に書き立てられている贈収賄事件や、誠一の情事関係について、グチのような、また言い訳とも釈明ともつかない言葉を吐く。  
また贈収賄には係わっていない事を、この二人に再確認して貰いたく力説した。それに過去K興業から、東京で世話になった諸々の金銭について、全額払う旨を告げ、請求額を要請した。

この拙速で短絡直截的な申し出に、竹内専務は笑顔で、
「今日来て頂いたのは、過去の当社が立て替えたお金の話ではありません、それはもう忘れて下さい」 

穏やかに云い、ところで・・と言葉を接いで要件を切り出した。

「以前、箱根に行った晩お願いし、そのとき快く引き受けて下さった当社の相談役のこと、ぜひお願いしたいのです」

一瞬誠一は思い出した。 その時の竹内の要望は、 
当社は仕事柄、首都圏だけでなく、関西方面の中には仁侠団体と繋がりを持たざるを得ない時もある。 そんなとき、蔭の相談相手になって貰えないか。 貴方は司法の学究者で知名度もあり、またその方面の知人友人も多いでしょうし、当社の知恵袋として、これからあくまでも表に出ない形で、何かと力を貸して欲しい。 

 これに対して誠一は、その時飲食が過ぎ、有頂天でハイな気分から「表に出ず、蔭からのアドバイスならいつでもどうぞ・・」と、軽く応諾した。

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よねぞうの死56〔第七章〕・苦脳4

苦脳4

ところが予兆もなく暗転が起ったのは、今年の冬、週刊誌にバクロ記事が出た直後からである。 嵐のようにどの記事やコメントも、真偽を織りまぜ針小棒大に、 これでもか と世間に吐き出した。

いままで自分が出演していた、バラエティ番組の事前録画は当然放映中止、それどころかその番組で連日、逆報道される始末。 

勿論それにすこし遅れて、政府系の諮問会や研究会等の出席停止.辞任を求められた。 大学も休職を強いられ、受け持っていた講議.講座も無くなった。
今は以前に比べ、丸裸同然になっている。

もちろん司法関係の、しかも大学でそれを本職として歩んできた誠一には、恩師も含め、検事や敏腕弁護士等の知人友人は大勢いる。

しかし世の中、当人が逆境になると掌を返すように離れていく。 できるだけ係わりたくない、つまりそれら関係者は陽の当るあいだ、表面上見せかけの関係者に過ぎなかったし、結論から誠一に徳がなかったと云えばそれまでだ。

今のところ事件そのものは、誠一の係わりについては大した事でなく、これが例えば芸能界やスポ-ツ関係なら、色恋など一つの勲章として、話題作りになるものを・・

しかし誠一のような、過去に挫折を経験した事のない男は、我慢ならない出来ごととして、自身にムチを打ち続けている。
すでに30才台で講師になり、40才前後で教授.そして将来は部長、名誉教授の席まで可能性あるような者には、一般人には逆に理解し難い心裡だろう。 しょせん閉鎖された学者の世界で、自己完結していたようだ。

前妻のせいに比べ、たま子は結婚してみると極めて平凡で、どこにでも居る一般的な主婦であった。 せいのような適切な表現と、ときには機智にとんだ会話は望むべきもない。それに父母の長い疾病だ。 父の原因不明の病いに続いて起った母のガンと転移、自分自身のスキャンダル、まるでなにかのタタリのようだ。 その上いま自分自身、誰にも言えず、どこへ訴える事もできない、巧妙な脅迫を受けているのだ。 

 
 校庭の樹の蔭で、息子を待ち乍ら誠一はまたK興業.北島の言葉を反芻していた。

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よねぞうの死55〔第七章〕・苦脳3

苦脳3

誠一はいま、息子の通う小学校の校庭で、鋭一の授業の終るのをある緊張感を持って辛抱強く待っている。 
風のない真夏の午後の陽射し、躯中から汗をしたたらしている。 
しかし心の中は、外気と反対に冷風が吹き抜ける。

半年まえに比べ、この変りようは何だ?どうしてだ? 

今年初めに東京で会ったK興業の北島の言葉がずっと苦しめている。

「もう何もかも失った!」

 と、ここ数カ月、絶望と悔恨にさいなまれ続けていた。 どこから俺の人生が狂ったんだろうと、繰り返し自問する。

他人から見れば、父母は病んでいる以外は妻や最愛の息子が居り、住む家も結構な邸だ。
 
 一般人なら『最近少しダ-ティなことでマスコミを賑わせているが、そんなの大したことではないか、そのうち人の噂も75日で忘れられる』今まで少し調子に乗ってはしゃぎすぎ、なぜそんなに気にするの?

ところが誠一は幼少の頃から、つい数カ月まえまで挫折知らずの人生であった。 
小さい時から性格明朗で活発、頭脳も良く高校.大学とトップを走りつづけた。 
学生の頃から、社会に出て司法関係の仕事を希望目指したが、恩師(最初の結婚の仲人)から学術を極めるよう奨められ、そのまま研究室に残り学究生活(その間に司法試験も取得し、役所せいと結婚)に入った。 
世の中、複雑系となって来た現在の風潮にうまく乗り、やたら多くなった政府などの諮問や審議委員会.研究会等、公的私的を問わず名を列ねた。 またマスコミの番組には、明るいキャラに明敏な頭脳と説得力.明確で平易な表現が人気を呼び、一躍寵児となって、電波に乗らない日がないほどの売れっ子少壮学者となった。

40才を越えた今まで、およそ挫折を味わったことがない幸運な男であり、本人も十分それを享受していた。 

ただ一つだけ不満があった。 

それは妻との間に子ができなかったことだ。 

誠一はその事で、夫婦の間が剣呑になることは、極めて慎重に避けた。 
それは6年に及ぶ、教え子との不倫と、出来た子供を隠すため、妻のせいに悟られてはならず、おくびにも気取られまいとした。

彼がどこまでもついていたのは、せいが隠し子のあるのを知ってからは、その妻の方から離婚の申し立てと、唐突に自殺したのだ。 
しかもせいの親が、表面上は世間体をつくろう為、病死として処理したことだ。 お陰で誠一にはほとんど傷つくこと無く、それにたま子母子が、晴れて誠一の家族になった。 

誠一はこんな幸運児だった。

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