應其

高野應其(たかのおうご)のエッセイと小説。

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釣名人

最近テレビを観ていると、やたら名人が登場する。
昔は書画や工芸刀剣などの匠、歌舞音曲・剣・体術等の道を極めた人を指していると思っていたが、何時の間にか生活の道具造りまで名人が進出している。

私達の少年時代、大人だけでなく少し器用な子供でも必需品として作った道具類、それが今では、竹かごや縄ない、草履・・・に至るまで名人が居る時代になった。
春は山菜採り名人・夏は虫とり名人・秋はきのこ採り・冬は氷づくり名人など、訳の分らない迷人が現れる。
勿論TVのリポ-タ-などは軽いノリで登場させて喋っているだけで、そう目くじら立てる程のことでは無いのは十分承知であるが、名人を連発されている当人はどう思っているのか?。 

むかしから「先生と言われる程のバカでなし」と川柳にあるが、視ている者からすると、名人を連発するたび、バカさんバカさんと言われているのと同義語に聞こえるときがある。 つまらない事に拘わるのも、実は私も十数年前名人にされた経験があるからだ。
神戸・須磨の海釣り公園は自宅から車で格好の距離にあり、よく行く釣り場だ。
入園料と駐車料金の高いのが玉にキズだが・・・

初秋の日曜日、小アジ釣りに行った。
晴れていたが大潮で小アジ釣りには、あまりよく無かった。それでも6時の早朝一番には潮止まりで、12cm前後のアジが入れ喰い状態となり、8時頃までには100匹位になったか!
その頃から大勢の釣客がやってきた。
私の右隣に10歳位の子供連れの夫婦?が陣取った。

3人ともこちらと同じサビキ仕掛けである。
その頃から潮が右から左へ動きだし、5号程度の重りカゴでは斜めに流され釣り辛くなってきた。60歳前後の旦那は、おかしいなぁ、おかしいなぁを連発し乍ら、それでも一所懸命に頑張っている。
こちらは投げる都度、数匹を挙げる。旦那の右側にいた母子は、あまり釣れないのに倦んできたようだ。ちらちら夫と私を見くらべていたが暫くして女房どの、

「お父さん、お隣よくかかっているわ。ほらまたかかった、コツ教えてもろうたら・・」
と小声で言っているが、この親父、頑固者とみえて、

「この間はこの仕掛けでよく釣れたんだ、辛抱辛抱」
といい乍ら、性懲りもなく同じ動作を繰り返している。

約、半時間後、嫌になったのか突然席を立って何処かへ行ってしまった。

すると早速、残った夫人が声をかけてきた。
「お上手ですねェ、ようかかりますなァ、こちらはさっぱり・・・」

今まで旦那の陰になり、つばの広い帽子を被っていたから判っきり見えなかったが、歳は40の後半、色白で眼の大きなやや受け口の美人、こちら好みのタイプ。
たちまちねんごろに教えたくなった。

「流れが強くなってきたからオモリを10号に替えて、やや上手に投げて正面に来たときオモリが底に着く、と同時に50cmほど巻き上げて、すぐ一度だけシャクる、そして竿を流れに逆らわず左へ動かすんですよ」とやってみせる。

数匹がかかる。二度ほど繰り返してみせた。

夫人と少年はソンケイの眼差しで、成る程と感じ入ったようだ。素直なのががいい。自分達でやってみる。
最初はぎこちなかったが、そばから口添えしていると要領が分かったのか2人同時に数匹がかかった。

さァ喜んだ2人、喊声をあげてク-ラ-に取り込んでいる。
それからは夫人とすっかり打ち解けて喋りながら釣っていた。子供は小さいし、旦那と相当歳が離れているから後妻か、それとも連れ子で再婚かな?
好みのタイプと明るい雰囲気でしゃべっていると気分がいい。天気晴朗だ。
そのとき旦那が、のそっと帰ってきて「どうや?」と聞いた。
 夫人は早速
「おとうさん、この名人に教えて貰うたら、ほらこんなに釣れたの、お父さんも早う教えてもろうて釣ったら!?」

途端に機嫌が悪くなったのか隣に座った旦那、黙って先ほどと同じ動作をくり返すが相変わらず、さっぱり釣れない。
女房と子供は交互に要領を教えようとするが、聴こうともしないで頑固一徹、初心を貫いている。

そのうち潮がますます速くなり、女房子供のほうも掛かりが悪くなってくる。こちらは素早く斜め左にシャクって釣果を落とさない様にする。

「やっぱり名人は違うわぁ、こんな潮の流れが早うなっても、よう掛かるんやもん」夫人は感嘆を込めて言う。
見兼ねて、「底へ着くと左へ上げるとよい」と旦那にアドバイスしたつもりが、早速女房のほうが反応、たちまち数匹が釣れた。また喜んで 「名人ありがとう」と顔を向けてくる。

相変わらずのブッ張面の旦那、人の言うことを聞いて釣れば、男の権威に拘わるとばかり性懲りもなく最初のくり返し。
60づらした大人が、すねた子供に似ておかしかった。

「お父さん、折角来たんやから名人の言うこと聞いて釣ったら?!」 途端

「うるさいッ」の言葉を残して、また何処かへ行ってしまった。

さて、名人を連発された、あなたはどんな気がしたか?
美人の人妻に言われては、悪い気はしなかった。やはり私も迷人か!


  最後に釣の格言を!

数を釣って楽しむは、これ上手という。
難しきを釣る、これを名人という。
数を争わず、釣って楽しむはこれ達人なり。

 わたしは、死ぬまで達人どころか名人にもなれないだろう。 いつも上手を心がけているから・・・






  ここで息抜きに艶笑小咄(未性年者読むべからず)を少し。
  
 1.大阪商人の会話 

「久しぶり、おい、このごろ景気どや?」

「アカン、悪イ!」

「そりゃお互いや、それより昔よう遊んだ、夜の景気や」

「このごろサッパリや、 軽石やね」

「ふ-ん!」

(カカトスルバカリ・・踵・・嬶と・・・)





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酒の肴になる男(1)

              酒の肴になる男(1)

 男が現役のときもリタイアした後も、同じ釜のめしを食った連中と雑談したり一杯飲んで旧懐談するとき、当人がその場に居るいないに拘わらず、なにかな話題になる人物がいるものだ。
  
 Sさんのこと
もうずいぶん前のことである。
勤めていた職場にSさんが営業要員として中途入社してきた。年令36才、身長165cm位、中肉中背、目がやや奥にあり(彫の深い?)取り立てて男前とは言えないが、笑うと何とも親しみのこもった愛嬌のある表情となる。

 大阪の何代も続いた富裕な商家の三男に生まれ、昔風にいえば、ええしのコボンさんか、 関西のK大経済学部卒。
性温良、やさしく親切、人がやりたがらない嫌なことでも、率先してやる男である。いつも陽気で淡白、酒は飲めないタイプ、ビ-ル小びん1本で真っ赤になる。 しかし皆と結構酒席を付き合っていた。 
そして酒は弱いがアレには強い、といつも威張っていた。
落語に出てくる若旦那そのものである。
ここまでは愛すべき男、Sさん。

ところがこの男、困ったことに何事もアバウトで、全てについて安請け合いする癖がある。 そして、飽きっぽく移り気で持続力がない。要するに最終責任を持たせられない男であった。過去6回も転職を繰り返している。
   
大学を出て最初関西系の総合商社へ入ったが2年で辞め以後、会計事務所.旅行会社.百貨店.ス-パ-の仕入部.レストランの副支配人等、長くて2年会計事務所などは3ヶ月で辞めている。それでも親の光か、結構良い職場の良いポストにつくが長続きしない。
支店長から「過去の職歴と退社事由などからして、あきっぽい性格のようだから、十分注意して指導するよう」指示が出ていたので、できるだけ帯同訪問したり訪問日誌のチエックとフォロ-をしていた。

営業の新規開拓班に回されたが、予想に反し本人は連日ヤル気をだし真面目に回っていた。3ヶ月目に中古車販売業(いまでは上場企業)またその紹介で自動車修理業2社と5ヶ月間に法人個人で20数件の新規先を獲得。 
そうなると本人も鼻息も荒く意欲的であるし、管理者としてもひとまず安心と。それでも目配りだけは十分していたが・・

ところが、そろそろ6ヶ月過ぎたころ取引先から苦情や不満.文句が出てきた。

何日に約束したのに来訪しないとか、当座決済の入金を取りに来ないとか。
しかし大変困ったのは、
「融資約束したのに実行してくれない」
得意先の死命を左右しかねぬのまで出る始末。本人と取引先双方の話を総合すると「はいはい判りました」 余り簡単な返事に、却って心配で再度念押しすると、
「お宅は私が責任を持つから大丈夫」と調子よく安請合いするらしい。
こんなトラブルが頻発しだした。これは困る、大変困るのだ。
上司同僚たちと相談の結果、営業員のまま車の運転専担がよかろう、と衆議一決。

今までは1台の車を分け乗りしていたが、彼に運転の専担者になってもらうと助かる。 時間をかけて説得するつもりだったが本人は別に不満でなく、 
「何でもやります」と、これまた意欲的、大助かり。 とにかく淡白である。 

当時、有料道路.高速道が少なく車の渋滞がひどい上、この店のテリトリ-が大変広く大阪東部一円(市内.守口.門真.寝屋川.枚方等)であった。 
幸い、彼は大阪生まれで土地カンがあり、裏道もよく知っていたので大変重宝した。
ところがある日、物件調査他でO君 「橋本へ」といったあと、連日の疲れから後部座席に潜り込んで、すぐ寝入ってしまった。

暫く経って目を覚した彼が、風景の違うのに気がついた。 

「ここどこや」

「まだ河内長野ですわ、ゆっくり寝てて下さい」

行き先は枚方の隣、京都の八幡市橋本を、和歌山県橋本と間違ったらしい。
それでも、
「せっかく来たんやから、このへんで遊んで帰りまへんか、夜ならエエとこ知ってまっせェ」
午前10時すぎにこんな調子である。
兎に角、早とちりが多かった。 

また、まだ阪奈道路が有料であった頃、奈良.学園前へ調査にいった帰り、彼は生駒の坂から未鋪装の脇道へ入り、雨が降れば谷川に変わるような山道を昇り下りする。
 
「なんでこんな路行くんや」
「まアまかせて下さい」 
 
 近道だと思った後部座席の二人は黙っていたが、結果 いつもの3倍ほどの時間をかけて、やっと降りてきた。 後部座席の二人は身体中バラバラになる思いであった。

大阪入口料金所の建物を左に見て、彼はほっとしたように、

「帰りの料金助かった」と言う。 

「ん?」

「いまの道を通ると料金いりまへんのや、覚えといたら役に立ちまっせェ」

「なに言うとる、奈良の入口で払うたやないか、出口では取るかいな アホ!」

「む? あっそうかア!」 


Sさんとはこんな男である。




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海外旅行3

  オ-ロラを観に行こう

この一両年、オ-ロラの当り年だと聞いて1月下旬、女房殿とカナダのオ-ロラ観測(--出るか出ないか分らないから観賞とは言わないらしい--)ツア-に参加した。

旅行会社に申し込むと、出発の1ヶ月前にツア-についてのオリエンティ-ションがあるという。いつも参加している一般ツア-と違い、極寒の世界を旅するだけあって「まァご大層なこと」と思ったが聞きにいった。

なんと当日100人ぐらい収容できる会場は満杯。勿論それぞれ出発日が異なるし、旅行会社1社だけでこれだけ集る。全国にエ-ジェントが3万4千社あるらしいから、これらが募集する日本からのツア-客は大変な数になるだろう。この旅行社だけでほぼ毎日出発しているが、それでも1月~4月まで既にほぼ満杯らしい。いやはやオ-ロラブ-ムは聞きしに勝る。

それはさておき、集ったのはほとんどが女性、40~50歳台が圧倒的に多いが、若い女性も結構いる。それに引き換え、男はなんとたったの5人、それも20才台が1人、あとは60才以上か? 

さて主催者の説明が始った。
観測場所は3コ-スあり、フィンランド行きと、カナダ.バンク-バ-経由して三方向に別れるコ-ス、ビデオ観賞のあと諸々の注意を受けた。
「いずれも零下60度になる場合もある。いま皆が使っているカメラ.ビデオの類はダメ、電池の消耗と結露でメカが全てオシャカになる、昔昔の骨とう品のようなすべて手動式が可、メガネのフレ-ムも鉄の縁であれば耳の皮膚とくっついて凍傷を起す、目ざし帽を用意しろ」等々。

要するに私達小学生のころよく聞いた、寒い満州の人達は冬、小便もウンコも排せつと同時に凍って取れなくなるので、いつもカナ鎚をぶら下げていると聞いて、それを純真無垢な私は高校生ごろまで信じていたが、それに類するほどオドシまくる。「--血圧の高い人、高齢者で持病のある人は行くなと制限しないが、自己責任、お気をつけてどうぞ--」と、可愛げがない。

3つの選択、三方向のうちもっとも寒さが厳しくなくしかも好きな温泉があり、ユ-コン州のホワイトホ-スという処に決めた。米国アラスカ州の近くである。
3日連続して夜10時すぎから翌朝2時ごろまで観測すれば、観られる確率は90%だという。要するに1日だけでは30%余りの確率だ。
 反対に折角手間ひまかけて行き、3日かかっても見られなかった10%の人は、運の悪い人ということになる。
スキ-や冬山登山など他の目的がmeinで、ついでにオ-ロラ観測も・・なら諦めもつくが、オ-ロラだけが目的で酷寒の地に行ってダメとなれば・・・まァそれも仕方ないか、イコイコということになった。

添乗員が付かない安物ツア-だから現地集合。心細い2人旅、バンク-バ-で入国。乗継いで下界は重畳たる氷河と雪の冠ったアラスカを飛び、カナダ・ユ-コン州の州都、ホワイトホ-スの雪で真っ白な空港に無事着いた。

州の人口たった34千人、しかもこのうち、なんとこの町に80%ちかい人が住んでいるらしい。

現地に着いてガイドに合って迎えのバスに乗って、初めて17人の団体と判った。しかも驚いたことに男性は私1人である。けっこう20~30才台の若い女性が半数近くいる。勿論オンナでなくなったような人も混じっていたが・・。昔風にいえば、「より取り見取り女護が島に上陸したような」との形容となるが、当日の女性群、面くいの私の好みからして1人を除いて、ゼニくれても・・・失礼!

空港からバスでホテルに、ガイドはSUGIHALAというコテコテの大阪弁のおニイちゃん(あとで聞くと寝屋川出身とか)諸注意のあと、
「オ-ロラはテレビや映画で観るような、皆さんの頭にイメ-ジしている、あんなキレイで鮮やかなンは、めったにお目にかかれへん、出会えば幸運と思うてほしいわ」と、着いた途端、のっけから失望させるようなことを言う。


--観測初日--

ホテルのロビ-は別口のツア-客(2日前に名古屋から来た70人余)でごった返している。早速、誰彼となく声をかけて、2日間でオ-ロラを見たかと聞く。すると最初の夜、なんと帰りのバスの中で見えだしたので、バスが停まってくれてすばらしいのを観た、ゆうべは全然ダメ、今夜は最後の夜、でも初日に観たので満足、と異口同音。

中に北欧やアラスカに3回も行って1度も見えなかったという、76才の運に見放された剛のおばアさんもいるし、毎年観に行くというマニアもいる。それが全部女性だ。どうも女はヒカリものに惹かれるか?

さて夜の10時半、帽子.フード付き防寒コート.ズボン.靴.手袋、現地の気候に合っう一切をレンタル。身に着けると昔、テレビニユースでよく見た南極観測隊の姿になった。すべて羽毛製で案外、外観に比べ身のこなしが楽だ。そのみの虫のような格好にカメラを抱えて、いざ出陣。

オーロラとは?
 ガイドブックやビデオ説明を要約すると、太陽の表面から常にガスを発しており、それを太陽風といい、陽イオンと電子を含んでいて、そのフレアが何百時間か後に地球に近づくと、南北両極の磁力に吸い寄せられ放電する。これをオーロラと呼ぶんだとさ。
色はほとんど緑泊色、これは酸素原子の発光によるもので、赤いオーロラは稀に見えるらしい。これは太陽風が地球を取巻く酸素原子のアルゴンと接触して高度の地点で発光、時々緑白色と薄茶のヒダが見られるが、これは中性窒素分子による。
形はまず、緑白色の一本の帯から始まり、時間が経つにつれ、この帯が動き初め、動くカーテンを作り、あとは様々に形が変っていき、一度も同じものはない。とまァガイドも、出発まえに聞いたのと似たようなことを喋っているうちに町を離れ、バスは丘陵を登って行く。途中から街灯は全て消している。

着いた処がタッキ-ニという温泉場、レストランが併設され、コ-ヒ-紅茶クッキー等は無料、ただしビールは5$(400円)。
まず温泉に直行。ホテルを出るとき混浴と聞いた。水着を着けているとはいえ混浴。17名中男1人、気恥ずかしさで億劫であったが杞憂に終った。それは我々の集団以外、他のツアー客に男性がいっぱいいるうえ、レストランも含めすべて灯を消して真っ暗闇。50メートル程のでかいプールをだ円形にしたように広い浴場。
空は晴れ渡って満天の星、「降る星の如く」の表現を実感、また星が大きい。大平洋戦争の当時、灯火管制で星以外、灯が消えた時代を思い出した程感激。

さてオーロラ。ガイドが目をこらして空を眺めるがなかなか出ない。オーロラは今夜も機嫌が悪いか。40°の湯はぬるい。
風呂から上がって地ビールを飲む、うまい。当たり前だ、何万年も昔の氷河の溶けた水が原料のビ-ルだから、と言う触込み。 ほんま?
完全武装して外へ出るが、温泉に入ったからか躯がシンから暖まって全然寒くない。それに旅行まえにオドシまくられたが、本日零下10度の寒気は大したことはない。これなら出発前、北海道釧路の-25度のほうが余程ひどい。いずれにしても冷えが厳しくないのが有り難い。

12時を回ったころ、南の稜線がぼう-と浅黄色に少し明るく見えた。ガイドはあれがオ-ロラだと言う。
「ん? なんやショボクレて、もっとどど-んと景気よう出んのか」と腹の中で毒づくが、ガイドはしきりに「今夜は有望」なんて気を持たせる。が、それ以上の変化はない。皆も拍子抜けしてレストランに入る。こちらも続いて、しきりに地ビ-ルで腹を冷やす。そして出たり入ったりしていたが、時計をみるといつの間にか1時半が過ぎている。2時にはバスが迎えに来る。今夜はにぶ-いオ-ロラもどきを見て満足するか、と思った。
ところが2時前頃から浅黄色の火柱のようなオ-ロラが景気よく上がり始めた。あちこち散らばっている見物客がうお-と一斉に感動の声。温泉の中からも聞こえる。

西から南へ虹のように架けるのやら、火柱やら、カ-テンのゆらめきやら賑やかだ。今夜のオ-ロラは誰かさんのように、ヘンコで嫌みな奴ちゃ、帰るころになって出てくるとは。写るかどうか分らないが写真を撮りまくる。

ところでオ-ロラを見ていて奇妙な現象に気が付いた。飛行雲と同じように暫くすると線が崩れる。不思議なのは雲と違って、その一点を見詰めると途端に消えてしまう。しかし線は繋がっている。目の焦点を一ケ所に合す、消える、何度やっても同じだ。
この現象はオ-ロラの粒子が、猛烈な早さで動いているからだという。丁度街の中で見る電工ニユ-スは、文字が連続して流れているように見えるが、実際は電球の1つ1つが点滅しているに過ぎないのと、同じような理屈だそうだ。
迎えのバスが来た。心を残して乗込んだが、運転手とガイドが話し合い、ユ-コン川のほとりの駐車場に途中停車、下車させての観賞サービス。
天空を、山の稜線を自在に乱舞する、すばらしいオ-ロラの狂宴に酔った。とくに左から右へ風に吹かれるように、ゆらゆら移動して行くカーテン状のオ-ロラは感動(imprssion)そのものだ。
しかし感動ばかりでなく、印象的で笑ったのは、虹のように空架けるオ-ロラのその下、墨絵のような山の稜線の上に、舟形の、その船に乗って立ち登る数本のオ-ロラ、ちょうど温泉マ-クのようである。横にいた女房どのに「昔風にいうと、連れ込みホテルのネオンみたいや」と言ったら、雪とオ-ロラの照り返しで明るい夜目に、にやっと笑った顔が写った。
お国を出てから手間ひま掛けて、極北まで来てよかった。ホテルに帰ったら朝の4時まえであった。


--観測2日目--
やはり夜10時半集合、今夜は我々17人の他に別口の男性2人が相乗りしている。昨日と違って静かなものだ。
昨夜(今朝がた)帰り間際に見せてくれた元気ハツラツのオ-ロラで、今日は大変気が軽い。
不思議なもので3日間のうち、初日に見たのと見えなかったのとでは気持のうえで大きな違いだ。一度は見て目的を達したのだからあと2日見えなくてもかまわない、そんな気持になる。これが2日間とも見えなかったりすると、今夜もダメかと自分自身にプレッシャ-がかかって目(肩)に力はいるゼェ。
2日目の夜は全然出ていらっしゃらなかった。飲む以外することもなく、若い女性グル-プにビ-ルおじさんの異名を貰っただけであった。


--観測3日目--
結論からいうと現れた。それも半パじゃない。ガイドが「こんなすばらしい現象は滅多にみられへん」と、うならせるほど。
2001.年初オ-ロラの大売り出し、大バ-ゲンセ-ル、模様替え、店じまいセ-ル、まさか?とにかく大盤振舞い。

おとといの夜ので感激したが、その10倍ほどの乱舞である。それも観測現場に行く途中からの早生れだ。バスの中は賑やか、みな満足そう。

観測所である温泉場に着いた時は既に、飛行雲のようなオ-ロラが山の稜線から天空を架けてクッキリと見える。西も南も東もすべて各々勝手に花火のように立ちのぼっている。初日の夜、くっきり見えた星もオ-ロラの光粒で、ガスがかかったようにぼやけている。カ-テン様のが右から左へゆらめきながら動いて行く。女性のスカ-トのフレア-のようなのが紅い色を付けている、紫に変る。浅黄いろもある。絵書きが刷毛で掃いたようなのもある。
カ-テン状の一番下の部分で地表40kmという。シユ-ルなイラストが表れては消える。壮大な自然が創りだす最高の芸術、パンフにも書いていたが「超絶的な光景」とはうまい表現だ。

極北の空いちめんをキャンバスに、宇宙からやって来た自然という芸術家が、二度と復元されない最高の絵を描き続けている。今夜心の底から自然の超限的な偉大さに魂の震えを覚えた。  来てよかった。


 風変わりな連中

世の中には変わった人たちが居るものだ。もちろん「風変わりな」とは、こちら側からみてそう思うだけで、相手は別に変わっているつもりも意識もないだろうが・・・
先にも書いたが最後の夜、観にいった我々のツア-グル-プと別に群馬県から来たという30才前後の男性二人づれがバスに混じった。
われわれは3夜の見学だが、彼らは昨夜と今夜の2日間だけという。ゆうべはカケラも見えなかったから、最後の今夜に期待しているのだろう。幸い今夜は登っていくバスの中から、既にド派手に現れていたからこの二人、さぞや感激して天向いていると思ったが・・・

皆は大急ぎでそれぞれ用意した防寒具を身につけ、カメラと共に外へ飛び出す。わたしもいったん外にでたが、カメラの三脚を取りにレストランのなかへ引き返した。すると室内のとぼしい明りを頼りになんとこの二人、周りの喧噪をよそに別々のテーブルに座って文庫本を読んでいる。一瞬 ケッタイな連中、と思ったが、こちらはいっときも惜しんで外に飛び出した。

オ-ロラの発光がはじまると観測場周辺の街灯は勿論、周りに点在する民家も明りを全部消して観賞者に協力してくれる。だから外は黒ぐろした木々や建物が発色をくり出す空と対になり夢幻の世界へいざなう。
しかし30分もするとオ-ロラの酔いと疲れを感じ、癒しに思いおもいレストランの中にはいる。すると先程の男二人は、相変わらず同じ場所で同じ姿勢のまま乏しい灯の許で読書に余念がない。他の観賞者も奇異に感じるのか、胡散くさそうにじろじろ眺めて再び出ていく。それからも数回レストランを出入りしたが姿勢を崩さず読書ざんまい、通りすがりにちらと本を覗くと小説のようだ。現地ガイドも「今夜のようなオ-ロラは年に数回程度しか現れないほど素晴らしい」と感動した声音で呟いているのに。
はるばるニッポン国から北極のはてに来て、大自然が織りなすオ-ロラの演出を見ようともしないで・・・とうとう迎えのバスがくるまで読書していた。
 例えは悪いが裸踊りを観るため高い入場料を払い、ストリップ劇場にやってきて、特等席のカブリつきで新聞の株式欄に熱中しているような連中に見えた。

それに帰りのバス、オ-ロラの乱舞を心ゆくまで堪能させるためか、我々の初日の夜のようにまた途中停車し、約20分ほど降ろしてくれた。そのときも皆が空を眺めてそれぞれの感慨を小声で話し合い、名残りを惜しんでいたが。
しかしくだんの二人だけは少し離れた雪の盛り上がったところで小学生のように、しきりにタイ式ボクシングの真似事をしながら奇声を発し、ふざけ合っていた。




テーマ:エッセイ - ジャンル:小説・文学

海外旅行2

 ゆかいなYさん夫婦 (ユ-ロ圏形成前のはなし)

時間と金は、くさるほど有り、年中世界の旅に明け暮れている老夫婦。
たくまざるユ-モア-、またその言動は常に周りの人達に楽しい笑いを振りまいている。 ご主人75才、奥さん70才くらいか。
Yさんはいつも大型リュックを背負っている。 中に何が入っているのか、飛行機の座席でも背負ったままだ。カメラが趣味らしい、高級機種2台、デジカメビデオを、十文字タスキ掛けにして撮りまくっている。 とても元気だ。
 


 有料トイレのYさん

ロ-マ市内はほとんど有料トイレ。地下鉄の駅へ降りる階段の途中にあるトイレ、入口番をしている女性に料金を払わないでYさん、そのまま駆け込んだ。私も小銭(500リラ・35円)を持っていないが何とかなるだろうと後に続いた。 
用を足したYさん先に出て、日本語で大声で話している。
「金一銭ももってえへんのや、なんか知らんけどカンニンしてや、こんど来たとき払うさかいなぁ」
 まくし立て、とうとう出て行ったらしい。
後で出て行った私、二人分払い4000リラ、つりを貰い階段を登って待っているYさんに「お宅のぶんも払うときました」 言った途端
「そんなもん放っておいて呉れたらエエのに、人がせっかく値切ったのに」
叱られてしまった。
 


  地下鉄券売機の前でY夫婦

1区間1500リラ、奥さん2枚分として5000リラ入れたが出てこない。 あらゆるボタン押すが反応なし。 ぶつぶつ言っていたが、振り向いて後に並んでいた女性に、日本語でそれも変なアクセントをつけて、
「ワタシ、5000リラ、イレタノ、ナンボオシテモデテコナイノ、ドウシタエエデスカ?」 
 外人のよくやる両手を広げたボディアクション。けげんな表情をするばかりのイタリア娘。 
その時、行き先の路線地図を見てきた私の女房が、目的地がオッタビア-ノと言った途端、隣の券売機に寄り掛かっていた御主人のYさん、その同じ娘に
「オッタビア-ノ.オッタビア-ノ.ドコオシタラエエンヤ、シリマヘンカ、オッタビア-ノ・・」を連発。 
 相手の女性は相変わらず、けげんそうに首をかしげるばかり。  
とうとう聞くのをやめたYさん、あきらめ顔で、
「やっぱり通じよらんなあ、おまけに大阪弁やさかいなあ」
ため息をついた。
                                                    
       
  ヘルシンキ空港のY夫婦

時間待ち・・同行ツア-に四国高松から参加の母娘づれ、母親すらりとして細面の美人、ところが娘30才ぐらいか肥満体、Yさんの奥さん、
「お宅の娘さん、ほんまに豊かにぽってりと、よう肥えてますなあ」母親は
「ええまァ・・・」返事に困っている。  そばに居たYさん、
「奥さん細いからお父さん似やね!」 
 見たこともないお父さんを引き合いに出して、まァ。
こんな愉快な人達、そして北海道から沖縄まで全国の人たちとも知り合い親しくなり、一期一会の縁を持てるのも海外への旅とは良いものだ。
    
                          
  片コトの英会話

外国語はさっぱりだめだ。中学生の頃から折にふれ馴染んだはずの英語も、咄嗟に出てこない。おかしなことを喋ると恥ずかしいし、変に誤解を受けたりするといけないと思う気持ちが先にたち、文法もあやふやだから知っていても(?)喋らないに限る、と黙ってしまう標準的.典型的な日本人だ。
しかしものおじせず積極的に単語をならべ用を足している同行者、短いが流暢に話す人をみると、ホンネは羨ましくてならない。それでもたまにはこんな事がある。 
オ-ロラ観測の帰り、カナダ.バンク-バ-のスカイタワ-に登った。
最上階展望室でお茶を飲もうと喫茶コ-ナ-へ行った。彎曲型のテ-ブルの奥で3人の若い店員が接客している。客は現地人4~5人と日本人数人が飲み物を前に窓外の山を眺めていた。
コ-ヒ-を注文したとき年嵩の店員が、日本人か?と聞いた。 そうだ と答えると、日本のどこから来た?と聞く。 大阪から来た と云うと隣の同僚を指さして云った。 「こいつ、大阪で3年居った」
名指しされた兄ちゃん、ニキビ面をニヤッとゆがめたので私も笑いながら、
「ハウ ビジネス?」(How business,もうかりまっか?)
その兄ちゃん、ゆっくりした日本語で、
「ぼちぼちでんな!」 とかえってきた。
とたんに周りの人たちはいっせいに笑った。
たぶん現地の人たちは、「how business?」で。 
側にいた日本人たちは「ボチボチでんな!」に反応したのか?
とにかく暫く笑い声が続いた。
 簡単な片コトでも周りを愉快にすることを体験できた。





テーマ:エッセイ - ジャンル:小説・文学

海外研修アラカルト(1)

 私 高野おうごはプロフィールで、趣味について釣り.盆栽.旅行と自己紹介しましたが、その旅行や釣りの体験談もさることながら、同行者の生態や、大変参考になると感じた見聞.事柄を、年月.順不同に並べてみました。

途中ときどき柔らか味(大好きなエロの隠し味)を効かせ、とりとめも無いヒロウ話をいたします。 おヒマな方はどうぞ。
まずはトラベル(トラブル?)から・・・
 
   海外研修アラカルト          
 研修生 I君・・・ロンドンにて
証券研修生としてロンドンシティへ派遣された。
「男子一たび、郷関を出ずれば、いずこで奇禍に遭うやも知れぬ・・・」
先輩・諸兄のねんごろな忠告を守って、現地に着いてすぐ、近くのドラッグストア-へ衛生品(避妊用コンド-ム)を買いにいった。
「ユ-、ジャパニ-ズ?」 「イエ-ス」 
 店主、ウインクしながら笑顔で2ダ-ス渡してくれた。 アパ-トメントへ帰って早速、開けておどろいた。
出てきたスキンは子供の頭でも入る程の大きさ。 現地イギリス人でも特大とおぼしきサイズ。 “ウ-ンこれはなんだ?”
I君、腕組してしばし沈思黙考・・・推理の結論は、
(店のおやじ、浮世絵のファンで日本人の男のサイズは、あの大きさと思っているに違いない)と。
 さて、帰国しI君、私に「お土産です」と言ってこの推論と共に、新品1ダ-スを寄越した。 そしてニヤニヤしながら
「あのう、もし良かったら封切っていますが、あと1ダ-ス・・」 
「あほ-」  
   
   どろぼうに追い銭
U君、国際部に所属し、なかなか有望な人物、実地経験として1年間のヨ-ロッパ研修に出された。
パリ・・アパ-トの1人住まい。 暫くして、留守中ドロボ-に入られてパスポ-トから靴下まで、すっかり盗られてしまった。
届けはしたが季節は早春、まだ寒さが厳しく一段と気が滅入っていた。
丁度そんな時、N生産性本部K支部主催の視察団に参加した、同じ社の先輩15人がやってきた。 その中でK氏はなかなか人の面倒見がよく、親分肌の男、
「パリに国際部のU君が来ている筈だ、一晩見舞ってやろうよ」
皆に声をかけ押しかけたところ、前述のような始末で、しょんぼりしているU君。  「それは気の毒、オイみんな幾らかカンパしてやろう」とK氏以下同情から目一杯奮発して金を渡してやった。 U君は、地獄に仏と大感激。
善いことをしてやったと、K氏ら一行は次なる都市へと発って行った。
U君は貰った金でテレビ他身の回り品を買い整え、やっと落ち着いた。
一週間ほどのち、彼に男から電話があった。
「私は貴方の部屋へ入ったドロボ-の知人だが、好きな日本人と知らずに入ったらしい、意見をしたら当人、大変反省している。ついては、盗った物はみんな返すと言っているから来てほしい」
と時間.場所を言った。
喜んだU君、いそいそと凱旋門の北門へ。 しかしそれらしき人は来ない。 待つこと4時間余り、諦めてアパ-トへ帰ると、このあいだ再び買い整えた家財道具がすっかり無くなっていた。

  うっかり
T証券取引所○○課次長 42才、頭髪まだら、小柄なタイプ、性温良。
証券研修ツア-に参加。 ロンドン.ケンジントンホテルに泊。
本日パリへ移動の予定。 朝6時までにトランクを廊下に出すことになっていたが、寝過ごした。 
飛び起き大慌て、色柄パンツ一枚だけの姿でトランクと共に、自分もうっかりドア-の外へ出てしまった。
後でバタンと閉る非情な音。 さあ頭の中がまっしろ、それからの行動・・
カギ、カギ、・・とにかく合い鍵をと、パンツ姿のまま廊下を走った。 そしてなんとエレベ-タ-に乗って下へ。  早朝のこと。
(どうか下のフロントに着くまで 誰も乗って来ませんように) 
祈りながらボックスの隅で、後ろ向き中腰になり、背中を丸めていた。 
お祈りに反し、6階で止まった。 
首を回すと、ス-ツケ-スを持ったでかい紳士、最初ア然とし一瞬、躊躇したがそれでも乗ってきた。 4階で再び止まって今度は3人。 そっと首を回し見ると、やはり奇異な動物を見るように眺めたが、やはり乗ってきた。
なにやら4人で二言三言話を交していたが一人が含み笑いした。 だんだん笑い声が大きくなって、下へ着く頃には大笑いの合唱となった。 着くと同時に大男達をすり抜け、裸のままフロアを走ってフロントへ・・・係員に言った。
「キイイン.マイアウト キイイン.マイアウト・・・」
 幸いにも、そのとき同じ研修参加者の一人が、朝の散歩から帰ってきて目撃、自分の背広をうしろから、さっと被せてくれたとのこと。
当日の夜、パリのホテルのロビーでこの話を当人から聞いた私、
「なぜ隣室の人か、同じ階の詰め所に行かなかったのか?」と聞くと、
「頭の中がパニックになり、いまでも自分の行動がわからない」と、情けなそうな顔をした。

   暴力バ-
海外研修ツア-(主催.日本生産性本部)
ヨ-ロパ各国をまわって10日目、パリに着いた一行。
花の都・パリの下セ-ヌは流れる・・・夢にまでみたパリ、そのド真ん中。
その当時1米ドル250円の時代だったがまだ懐も暖かい。 同僚だけで11人、恐いものなし。せっかく来たパリの一夜、歓楽街へ繰り出そう、それイコイコ。
 しかし、しょせん気の小さい連中、「飾り窓のおんな」アバンチュ-ルもままならず、あるビルの地下バ-へ衆を頼んで押しかけた。
 十数人で一杯になるような小さな飲み屋。 
 フランスでは、ビ-ルは肉体労働者の飲み物で、注文すればケイベツされる、なんて偏見を聞かされていたし、ワインの銘柄なんて全然判らない。
戦後トリスバ-やアルサロ(なつかしい言葉)で育った連中、
「カクテル」「おれも・・」「俺も・・」右におなじ式に注文、さわがしく陽気にやっていたとのこと。
さて勘定となったとき、日本円でお一人様13万円ほど請求された。 
びっくりして酔いも醒め果てたが、プロレス級のお兄さん4人に出口を塞がれビビってしまい、金を出し合ってやっと出てきた。
ホテルに帰って添乗員に詰め寄った。 なぜ事前に注意してくれなかった かと!(日本人らしい) すると彼は、
「暴力バ-でもワインなら値段はほぼ判りますので、警察へ届けられますがカクテルのようにブレンドされると、値段は相手の言うなり・・・」とのこと。
くやしく癪にさわるが、どうしようもない身からでたサビ。
そこでこの連中、談合した。 
「帰ってもこの事はぜったい喋らないように、固い男の約束!」
しかし、帰国して3日経ったらどこから漏れたのか私の耳へ・・・そこで一緒に行った一人に真偽を確かめた。
「えッ、誰に聞きました?そんなことまで、 う-ん、実は・・」
1週間の間に社内で知らない者はいなかった。 
                             ‘98 4 




テーマ:エッセイ - ジャンル:小説・文学

よねぞうの死71〔第八章〕・わかれ.迷い

わかれ.迷い

以前、阿修羅行きの判決を受け広場で迷っていた時、人間界へ戻るという10人ほどの集団が、迎えを待っていた同じ石の丸ベンチに行き、腰をかける。

(さあ どうする 人間界に戻って生まれ代り、人生イチからやり直すか それとも前世の続きを営むか 阿修羅でせいとの生活を続けるか)

沈思黙考だ。

三つの選択はどれを採っても一長一短だ。

1つは、生まれ代った人間界。 どんな境遇で生まれ、育つか分らない。ましてや男か女かさえ分らない。 もしおれが女にィ・・・?
生前よく、もしもう一度生まれ変わったら、俺は 私は こんなになりたい、こんな生き方をしてみたい。 誰しも思う願望だ。
自分が今まで生きてきて得た、知識.智恵.常識.経験.情報などをベ-スに、その願望を夢想する人が大半ではないか。

しかしそれは、それまで自分が生きてきて果たせなかった夢、望んでも得られなかった動機と結果などで、起りもしない生まれ変わりという、その願望の裏返しではないか。 いま人間界で生きている人たちはそう思っているだろう。

今よねぞうに、その 起こりもしない 運命現象が起ろうとしているのだ。

よねぞうは迷う。 これはそんなに甘くはないぞ、と。

誰でも、絵に書いたような人生を送る運を持って生を受けるとは限らない。 金持ちの家に生まれ、頭脳明せき.容姿端麗.幸運.健康や経済的、それに家族にも恵まれ、望むことはみんな成就、そんな人間に生れるのは地球上で数人か。 ほとんどは中途ハンパのケッカン商品だ。 その大半がなんとかやりくりして生きている。  
さてオレ、どんな境遇に生まれ育つのやら?


2つ目、これは元の家に戻り、あちらで生きていた時の延長だからハッキリしている。
カオス(渾沌)のような無秩序な一族が、たぶん今もめいめい勝手に生きているはずだ。 そこへある日突然、昏睡から目覚め舞い戻り、芝居の二幕目の続きをやればいい。 しかしこれも先程、もうあまり時間がない、と審判官が言っていたから、そう長いオツトメできないだろう。 
帰れば家族一統が(せっかく静かになった四囲が、またやかましい騒音に悩まされる)と顰蹙を買うだろうが。 そして近所の連中と、ゲ-トボ-ルで日を過ごす程度か。

まあしかしよく考えれば、あと短い刻か知らないが、元の家庭に戻るということは、長い間なじんで身の丈に合い、自分の体臭のしみついた、いつも着ている服のような安堵感。 これはこれで捨て難い。


3つ目、おせいさんの許へ帰るのだ。
去年の冬この広場で、審決の出た二人が初めて会い、同じ船に乗り阿修羅界に行き結婚した。
最初の頃は、濃密な結婚生活でよねぞう、うるおいの無い枯れ葉色の墨絵の景色を除けば、情こまやかで美人の妻に、いたく満足した毎日を送った。
ただ、せいにはよねぞうが生活の中で、どうしても不審な一面を感じ、踏み込めない部分があった。

たしか阿修羅行きの船の中で、前の夫に復讐するため、自殺をしたほど執念深い自分の性格を縷々話していたが・・・。
過去3回帰ったときに、その復讐とやらを実行し、目的を遂げたのか? 聞いてもせいは言葉を濁して答えず、ましてや単純で深読みの出来ないよねぞう、しつこく聞き糺すこともせず、だが一抹の疑惑を抱えたくらしであった。 
この一点を除けば、おおむね満足した再婚生活を送ってきた。

だが最近、せいの言動に変化が感じられ、ときには気味のわるい程感情の起伏が大きく、特にここ10日ほどは故意に冷淡な態度に、よねぞうはやや嫌気がさしている。 ここへ来るときも見送ってくれなかった。 なぜか?
とはいえ、せいと別れることに一抹の寂寥と哀感が混じる。 願わくば、両極を往き来できるような両義性が許されるなら・・・この期に及んでよねぞう、まだ欲の深い考えを持っている。


改めて腕組みし長いため息をつく。

公園の入口で、しばらく停まっていた人間界行きの循環バスが動きだした。 
次のバスが来るまでに決めなければ・・・。

 決断力のないよねぞう、六道の辻で迷っている。

読者諸姉.諸兄 さあ あなたならどうする?
                              完.



長いあいだ、冗漫な駄作におつき合い頂き、誠にありがとうございました。

 慎んで、これからの貴方様の幸多い人生をおくられることを祈念します。

                         平成19年師走


 追記
平成20年正月から、高野応其の今までの書き溜めたものも含め、エッセ-を順次掲載いたします。
テ-マは最初、主に女性たちの生態を分析します。 その結果、非難.ひぼう.怨嗟.偏見だと、時には敵役を覚悟して頑張ります。 まず最初は、

『大阪のおばちゃん』から・・
                         乞う 御期待を。




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よねぞうの死70〔第八章〕・再審

再審

翌日の午後、船は無事六道港に着いた。景色は一転、阿修羅と違いカラ-だ。

相変わらず広場では、派手な服装をした赤鬼や青鬼が、六道のゲ-トに誘導している。 勝手知ったこの広場、若干の懐かしさを覚えた。

『閻魔法王庁.六道の選別所』正面の入口へ行くと、ここも着いたばかりの大勢の亡者が、整然と並んで裁きの呼び出しを待っている。

監視役の鬼に、再審の入口はここか?と聞くと、横の入口を指示された。物言いも前と違って穏やかだ。

大きな球場のような円形になった建物、正面入口から廻ると、なるほど横に別の入口があり、黄色の面を被った鬼の案内人が立っている。

受付で出頭命令書を出し、受付番号を貰い案内されて中に入った。 

中は明るく、豪華な椅子やソフア-が置かれた待合室だ。 見回したが誰もいない。セルフだが飲み物まで用意されている。 一審とエライ違いだ。

コ-ヒ-をお代りした頃、よねぞうの番号が上の表示板に写し出された。


いよいよだ。 緊張が走る。 

法廷に入ると、この前の審決法廷より小さな廷だが、やはり上段に裁判長、一段下がり左側に判事らしいのと書記、右側に欧米人の判事らしい人が坐っている。 
また一段下がって、書類を積み上げ、横のパソコンの画面を見ている倶生神と闇黒童子(エンマ帳係り)、後ろに廷吏2人が立って待ち構えていた。

よねぞうは緊張しながら、廷吏から示された最下段の堅い椅子に、正面向って坐る。
二段目の書記官が、住所.名前を確認したあと、右側の欧米風の審判官が再審の理由を述べた。

難解な専門用語、おまけにたどたどしい日本語なので、要約を以下に述べる。


 要旨は--
「エンマ庁が数年前から合理化のため、手書き書類からOFFライン~ONラインに移行したが、デ-タ-をオフからオンに移行するとき、よねぞうの(よ)を(か)と打ち間違い、かねぞう となり、他の人別帳に入った。 年に一度の見直しをしているが、最近それが判明した」。 

ここで欧米人に代って左側の審判官が、
「よって貴殿を再調査した結果、少年時代、地蔵さまにお小水(小便)をかけたのが人違いと判明した。 閻魔庁としてはイカンに思っている。
今回再審協議の結果、本人の意向次第だが、人間界へ戻すという結論を下した次第。
貴殿が阿修羅に住んで1年余り、その間いろいろの係累が出来たと察するので特別に、どちらに住んでももよい、とのエンマ様のお慈悲あるお計らいを頂いた。 よって貴殿は、人間界に戻ってもよし、今のまま阿修羅界にいてもよし、それだけ住む世界の選択肢が広がったという事じゃ、有り難く拝跪(はいき)せよ」

 
「なお 人間界へ戻るについては原則は、生まれ代り、一から生育されるが、これもまたエンマ様の特別の御配慮で、前の続きを望むならそうしてやってもよい。 但しその場合は人間界の寿命は短いぞよ、以上」。


この法廷も、どこかの国の官僚によく似た御託宣だと、よねぞうは思った。 

どだいミスったのはエンマ庁で、その為2年近くあの墨絵の世界で、気の強い妻と暮すことになり、それをたった一言、イカンの言葉だけで片付け、あまつさえ、選択肢が広がったから這いつくばって有り難たがれだと、(クソッ)。

しかし気の弱いよねぞう、言い返しもならず、約10分程の再審法廷が終り、両手の甲に三通りの方向性のスタンプを押され、外に放り出された。




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よねぞうの死69〔第八章〕・呼び出し2

呼び出し2


出頭命令が着いてから8日が経ち、やっとよねぞうは六道選別の閻魔庁に行くため自宅を出た。 

命令書が届いてすぐ、よねぞうはせいに同道を頼んだが、なぜかせいは頑なに一緒に行かないと云う。 だからなんとなく頼りない独り旅だ。

せいはよねぞうとの結末を予測していた。 たぶん別の世界に行くことを・・。
 そして夫がこの修羅道に引き返して来なくても、素直にうけいれようと。
だから自分の推理を一言も漏らさず、思い残すことのない一週間にしたかった。

人間界に帰った過ぎし夏の日、垣間見た吉田たま子の言動がなければ、執念深いせいは、今でも決してよねぞうを離さなかっただろう。

あれからせいに、日々大きな心の変化をもたらしたらしい。 自分でも不思議なほど清澄な気持で、事物を判断するようになって来ている。

自分は自栽までして復讐を誓った。 しかし考えてみれば、最初人間界に戻って復讐のワナを仕掛けたのは、何の事はない、皮肉にも自分の心を裏返しにしてしまった。

 いかに悪意.凶の心をもってしても敵まで愛してしまう、たま子のようなとほうもない愛、仏の慈悲の心で包み込まれると、このような気持ちにさせてしまうのか! 故意に自分の心を偽ってはいけない。 人の性は善だ。

ここ2ヵ月ほどで、今までの執念.嫉妬.煩悩.瞋恚(しんい)など、まだ少し心に残滓はあるが、日が経つにつれ薄れて行くのが分る。
 
そしてよねぞうに対する、今までの愛が透明.純粋な愛といえただろうか? よねぞうを解放してやろう。 また二人が会う事を運命ずけられておれば、そのときは本当の純愛で応えよう。

この一週間、家の中に二人で閉じこもり、濃密な時間を過ごし、別れの儀式が済んだ。 
未練がないと云えばウソになるが、これから独りで生きて行こう。

ドア-を出て行く、よねぞうの後ろ姿を目に焼きつけて、

心の中で 「さようなら」 とつぶやいた。


よねぞうは阿修羅港から独りで、六道選別所行の船に乗った。 
一昨年の2月にこちらに来てから船に用は無く、乗る機会も無かった。 
せいと一緒に来た時は、豪華な特別室であったが、いまは二等船室で窓からかろうじて外が見える。 この等級の乗船客は数人で、静かな出港であった。

よねぞうは後部の窓際に腰を掛け、思いにふけっている。
この一週間 一緒に行こう、と幾ら云っても嫌だと云い、見送りに外にも出なかった。 今まで一緒に過ごしてきた年月、せいの性格から推して不思議としか言いようが無い。

エンマ庁からの呼び出しも不審だが、それを知ってからのせいの素振りは合点がいかない。 せめてこの港まで見送ってくれてもエエやないか! おかしい? 船は急流に乗って下って行く。


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よねぞうの死68〔第八章〕・呼び出し1

呼び出し1

いませいは外出中、留守番をしているよねぞう、ドア-の郵便受けの音で取り出してみると、よねぞう宛の封書。 

差出人はエンマ法王庁とある。

急いで封を切ると、出頭命令書だ。 

理由は「再審議の要あり、本書着次第1ヵ月以内に出頭せよ」とある。

気の小さいよねぞう、出頭・・?
再審議する?
なぜ・・? 
暫くぼ-ぜんとしていたが、せいが帰れば相談しなければと思い、いずれにしても急いで行かなければ。 たぶんせいも一緒に行くと云うだろう、しかし再審理由が分らない。 せいが帰って聞けば分るだろう 単純なよねぞうはそう思った。


午後遅く妻のせいが帰って来たので、早速閻魔庁からの出頭命令書を見せた。
 
とたん、その文字を見るやせいの顔色が変った。 

よねぞうはいぶかしげに妻の顔を眺める。 む?利発なせいならエンマ庁の意図が分るのか?
「なんでやろ?」と遠慮がちに聞く。 せいはそれに返事をせず、あらぬ一点を見つめ考え込んでいる。 

 単純なよねぞうは深読みが出来ないが、せいは瞬時に読み解いた。
せいが思うに、よねぞうはもともと最初から阿修羅へ来るような人間では無いのを、六道選別所で会った時から気づいていた。 だからせいは、群がる亡者の中から選別し、自分と正反対の性格をもつ、この世界に紛れ込んだようなよねぞうを口説いて結婚した。 

何故なら同じ性格、特に怨念.執着.嫉妬心などを持つ者同士であれば、絶対長続きしないだろう。 そうすれば時空を超えた元の人間界へ帰れなくなる怖れがある。 時空の条件はこちらで結婚した者同士しか渡れないのだから。

たぶんエンマ庁は今頃になって、よねぞうの行く道のミスに気づいたのだろう! 
結婚してからずっと怖れていたことが、現実になりつつある予感に包まれていた。 

今までただ、使い勝手のよいと思っていた男との別れが・・・。


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よねぞうの死67〔第八章〕・マリ-の過去2

マリ-の過去2


一方せいは、今日よねぞうの帰りが、いつになく遅いのを気にかけていらついていた。 いままでは遅くとも4時ごろには帰っていたのが、今日は午後5時を過ぎても帰らない。 何かあったか疑心暗疑がつのる。

ようやく6時前ドアの開閉がした時、せいはほっとすると共に、怒りがこみ上げてきた。

居間に入って外出着を脱ぐ夫に向って、遅かったわね と声に非難の響きを乗せてなじる。 ところがよねぞうは晴々と、憑き物が落ちたような声音で、

「遅い?そうかな 少しぐらいエエやないか」

まるで気にしていない。 

せいは、いつもと少し違うよねぞうの態度に違和感を感じたが、外でなにかあったのか?と聞いた。 
べつにィ と否定し、そしらぬ顔で湯殿のほうに行った。

翌日の朝、よねぞうは居間のソフア-で横になり、薄墨いろの外を眺めながら、昨日のマリ-の言葉や、夜のせいとの会話を反芻している。
昨夜二人で夕食を終えたあと、せいがこの居間に坐り、改まってよねぞうを問いつめた。

「まえにわたしが聞いた時、公園に行かなかったとウソを云ったでしょ・・」から始まり、公園の中の景色や設備機能.たたずまいから今まで、誰に会ってどんな話しをしたのか、微細で執拗に問いただす。 せいが常人でなく透視力や念力で、察知できる能力のあるのに、分らないのか?

最初よねぞうは、当り障りなく返事をしていたが、、俺はなにも隠すような秘密を持っている訳でなし、と少し腹が立ってきた。

それどころか、先程マリ-の数奇な来し方を聞き、この世界に来て、これほど感動を受けたのは初めてだ。

これに比べ、いま目の前で俺を問いつめている妻、これと比較してマリ-のなんと純粋無垢な夫への愛情か、と改めて感心する。 よねぞうはだんだん腹が立って来て、スペイン女性マリ-と会っていた事を告げた。

 外国女性と聞いただけで、せいは柳眉を逆立てる。

そこで公園で聞いて、感動と同情心を揺すぶられた、その覚めやらぬ気持をせいにぶつけた。

マリ-の生まれ育った特殊なバスク地方、その置かれた波瀾の半生と、悲劇的な事故死、またいつか、この阿修羅の世界にやってくるだろう愛する夫を、これから待ち続けるらしい・・と。 噛んで含めるように感動を込めて語った。

すると黙って聞いていた妻、嫉妬.猜疑.執念深いあのせいが、なんと目いっぱい泪をため、うつむいたではないか。

この夏、浮世に帰る前のせいなら、このような人間味の情感を見せることは、たぶん無かったろうにと思い、逆に戸惑うよねぞうであった。


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よねぞうの死66〔第八章〕・マリ-の過去1

マリ-の過去1


「わたしはスペインのバスク人なの」


「バスクといっても関心のうすい人は、それ何処?と思うでしょうが、有名なピカソのゲルニカと聞けば分ってもらえるかも・・」

 それからマリ-が自分の故郷を語った。


 バスク地方は、スペインとフランスの国境に横たわる、ピレネ-山脈の西部に当り、前方にビスケ-湾が広がり、今はスペイン自治領になっている。
この地方は独特の言語と文化を持ち、昔から独立志向が強く、常に激しい独立運動を繰り返して来た。

わたしはバスク県のビルバオという町の出身だが、それより北東約20Kmにゲルニカの町がある。 その町に育った6つ上の従兄弟と20才のとき結婚した。

この町の近代史で有名なのは、1937年フランコ政権がドイツ.ナチスと組み、史上初の無差別爆撃を行い、ゲルニカ住民7千人のうち2千人以上を虐殺した。 パリに居たピカソが激怒して、あの代表的な作品を生んだ。

世界戦争後もフランコ政権が続き弾圧が厳しい中、夫は分離独立運動の義勇軍ETA(祖国バスクと自由)に参加した。

結婚して10年目、フランコ政権の弾圧がますます厳しくなり、夫はわたしを手許に置くと、どんな危険が迫るとも分らないのと、また自身も自由に活動できないとの理由で、ツテを頼って私ひとりアメリカに渡らせた。 看護士の資格を持つわたしは泣く泣く夫と別れ、故郷を離れた。

数年ボストン郊外で病院に勤めたが、知人もなく言葉も不自由で、どうにも馴染めなくて困っていた。 そのとき病院で、アメリカ人と結婚した日本人、山田華子という患者と知り合った。

山田さんは東京のある大学の講師をしており、夫のヘンリ-氏も民族学者で、わたしの古郷のこともよく知っていた。

1年ほどして、東京へ帰る夫妻から誘われ一緒に日本へ来た。 そしてこの夫妻の紹介で、病院の仕事に就き友達もでき、落ち着いた生活を送っていた。

一昨年の夏、2泊3日で病院仲間といっしょに、那須高原へ遊びに行った帰り、私たちの乗ったマイクロバスとトラックが正面衝突、死傷者7人の大惨事故となった。

事故直後、まだわたしは生きていたが内臓破裂で出血、残念ながら血液型がバスク人の大半が持つRHマイナス型(逆に世界の85%がプラス型)で、運び込まれた医院にその型の血液がなく、間に合わずわたしは出血多量で死亡した。

皮肉にもわたしは病院関係者なのに・・・ あっという間の出来ごと、未だに死の実感が湧かない。 人間界にいるスペイン在の愛する夫は、わたしの死んだのも未だ知らないのでは?

そしてこの阿修羅に来たのも、夫のバスク地方独立の執念を持つ、その妻というだけで送り込まれたようだ。 釈然としないので毎日ここに来て、平常心を保っている。

よねぞうこの話を聞くや、思わず両膝に揃えて置いていた、マリ-の両手を掴み励ました。 

愛する夫や遠い祖国を離れさまよい、つかの間の安住の日本の土地で、薄幸の命を散らした女性に対する、感動と無垢な同情が自然に体を動かした動作だ。

マリ-はこうも付け加えた。

「わたしの性格では、この阿修羅界はエンマ庁のミス配属だが、夫は生涯かけた独立の義心で固まっており、ここに住んでいると死んだときは、間違い無くここにやって来る。 それまで辛抱しながら待ち続ける・・・」と。 


 なんと健気な・・。


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よねぞうの死65〔第八章〕・せいの嫉妬2

せいの嫉妬2


よねぞうは公園の中の、この前に会ったベンチでマリ-と再会。 

今日も晴れて爽やかな日和だ。

マリ-の今日の装いは黒いス-ツ姿に、胸に小さな白いバラを挿している。 落ち着いて上品な印象を与える。

この前のいきさつもあるので、よねぞうはあまり私生活に立ち入らないよう気をつけ、当たり障りのないよもやま話しする。 

それでもよねぞうは愉快な気持ちになり声を立てて笑う。 つられてマリ-も歯並びのよい口元を綻ばせる。 約2時間あまり、二人は楽しい会話を交し、また次の日の約束をして別れた。
 
よねぞうは散歩からむっつりした顔で帰って来た。 
心を読まれない為の用心だが、せいは何も云わない。
せいが、この前聞いたカラ-公園の所在さえ知らない振りをしたよねぞうを、うそつき呼ばわりするのは易しいが、公園の中で何をしていたのか?

好色なよねぞうのこと、たぶん早速気に入った女性と交際でも始めたのだろう、あのいそいそと歩いて行った後姿を見れば分る。

せいはもっと確たる証拠か現場を押え、ぐ-のねも言わせないことにしよう。

数日して、よねぞうはまた散歩に出ると云う。 せいは今度も気安く許した。

午後の公園の中は暖かい。 この前と同じ場所のベンチに二人は坐り、よねぞうが世間話を始めようとした時、マリ-はやや緊張したような顔で、ためらい勝ちに、私の過去を聞いてくれるか、と云う。 
よねぞうは頷く。

「わたしはスペインのバスク人なの」
 

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よねぞうの死64〔第八章〕・せいの嫉妬1

せいの嫉妬1


よねぞうは不安を胸にマンションに帰ってきたが、せいは相変わらず、自分の部屋にこもったまま出てこない。 よねぞうはこれ幸いと、居間に入って応接の長椅子に寝転んだ。 
いま会ってきたマリ-という女性との会話を反芻する。 
自然と頬がゆるむ。

約1時間ほどしてせいが姿を現し、何処へ行ってきた? と聞く。 
帰りの道すがら考えていた答をよどみなく喋る。

「この前の大通りを真直ぐ歩いて、橋を渡ってそのまま行ったが、同じような家並ばっかりで飽いてきたので、途中のベンチで休んで帰ってきた」

帰るとたぶん聞かれると想定して、帰り道、川を越えて実際の風景を眼に入れてきたのだ。

「ふう-ん 橋の向う側にたしか看板架かっていたでしょ」

「うん なんかカラ-公園どうこう書いてあったけど、興味ないから終いまで読まなんだ」

ふう-ん? 少し疑りぶかそうな眼をしたがそれ以上詮索せず、せいは夕食をつくるため居間を出ていった。

よねぞうはほっとして額の汗をぬぐう。 うまくいった。



3日後の午後、再びよねぞうはせいの許しを得て外出した。 今日はマリ-と公園で会う約束の日だ。 

急いでエレベ-タ-で降り、足早で大通りに向う。 
それをせいは自分の部屋の窓から眺め、なぜ急ぎ足なんだろう?と疑問に思った。
(あの歩き方は目的をもった脚力だ) 大急ぎで後を追う。 
よねぞうは脇目も振らず公園に直行、ゲ-トをくぐる。
 
その後をつけたせいは公園の入口で、しばしためらったが意を決して、思いきってゲ-トに入ろうとした、とたん音を立てて観音とびらが閉った。
係員が気の毒そうな表情をする。

やはり駄目か!とつぶやいた。 
せいはこの世界へ来てすぐ、一度来て試したことがあり、今と同じように入園を拒否された。


せいのような怨念の深い一級人は、やはり入園出来ないらしい。

(いいわ、帰ってきたらよねぞうを問いつめてやろう)と引き返した。


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よねぞうの死63〔第八章〕・語らい

語らい


 薄暗い森の中に入る。
 
木もれ陽の当る、落ち葉の積った小道を抜けると再び陽光が降り注ぐ広場に出る。
そこには散策している人々、それに談笑する声が賑やかだ。 

 広場の中にも小川が流れ、その手前に数本の繁った樹の下に休憩用のベンチが二つ。 その一つに腰掛けた女性らしい後姿が見える。 
よねぞうは晴々した気分で芝生を歩き、そのベンチに近寄った。 草を踏むかすかな足音を感じたのか、ベンチの女性が首を回してよねぞうを見た。

40才前後の彫りの深い欧米人だ。 美人だ。

ベンチの前に立ったよねぞうは、とびっきり愛想のよい笑顔を向けて、
「・・モ-ニン・・」
これに美人は、微笑みながら「こんにちは」と、はっきり日本語で返した。

「日本語だいじょうぶですか?」 

「ほとんど判ります」

 流暢な日本語が返ってきた。

よねぞうは生前仕事がら、欧米に何度も研修やビジネスに往ったにも係わらず、外国語はほとんど話せない。 この女性、日本語が判ると聞いて安心する。
なんとなくこの女性のかもす雰囲気は、よねぞうに安心感を与える。
隣に坐っていいか と聞くと「どうぞ」と笑顔で答え少し腰をひいた。
縦に細い、黒のストライプの入った白のワンピ-スに、黒の巾の広いバンドが清潔感を与える。 

隣に腰を下ろしたよねぞうは目を細め、両の指をからませて腕を伸し、思いっきり背を反らす。(今おせいさんは居ないのだ。 自由だ)。

それを見て女性は微笑みながら、 いいお天気ですね と云う。 それからとりとめの無い話を交わし、次第に暖かい打ち解けた気分になっていった。

「日本語が堪能だが、日本で長く住んでおられたの?」

 と聞くと、長く濃いまつげを細め、

「わたしはマリ-といい、生前日本に居て、昨年まで東京のある病院で看護師をしていました」

女性のほうから先に名乗らせてしまった。

「失礼、わたしは日本から来た よねぞうという者ですが、あなたは何年まえ東京に来られた?」 

6年前といい、独りで日本に? の問いに、そうだ と答える。 
続いて お国は何処? 東洋のこの日本に何故? の問いに、女性は正面の小川のせせらぎに眼を向けたまま、憂いの横顔を見せて黙ってしまった。 なにか人に話せない、深い訳がありそうだ。
よねぞうは矢つぎ早の問いかけを恥じて、見ず知らずの人にいろいろ問いかけ申し訳ない、と謝った。

マリ-という女性は、よねぞうに顔を向け、寂しそうな顔でうなずく。

気分を変えるように、今日初めてこの公園に来たがこんな素晴らしい処があるのは知らなかった と云えばマリ-は、私はこの阿修羅に来てすぐここを知り それからはほとんど毎日ここにやって来ている と云う。
厚かましいと思ったが、そこはよねぞう、

「それではここに来れば、いつでも貴女に会えますね」

「ええ わたしでよかったらどうぞ」

明るい笑顔で答えてくれる。 よねぞうは心の中でいたく悦んだ。

毎日灰色の世界、それに加えて最近、とみにモノを云わなくなった陰気なおせいさん、時々息のつまるような時がある。 少しでも、離れていられる時間ができればハッピ-だ。 
つい最近までそのおせいさんから、ひっついて離れたくなかったよねぞう。 おれも変った!?

ところが気の小さいよねぞう、ここでハタと心配性が頭をもたげる。
あの千里眼のおせい、よねぞうの一挙手一頭足どころか、心の中まで透視する術を心得ている人が果して、今日の一刻、他の女性との語らいでも知ったらどんなバツを受けるか、時々見せるあの夜叉顔が頭に浮かんだ。

しかしまた、こんな異国の美人を前に、妻のせいを恐れてなるか、と心では震えながら覚悟を決め、次に会う約束を交してベンチを離れた。

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よねぞうの死62〔第八章〕・自由2

自由2

突然、人間界に帰ったような、極彩色の世界か?と錯覚する程、強烈な視覚が目に飛び込んできた。 
今までのモノクロの世界が、総天然色に変ったのだ。
暖かい陽の降り注ぐまぶしい太陽、きれいな水が流れる小川に、ハヤが泳いでいる。 

川には飛び石がありそれを渡る。 前に草地が広がり鳥のさえずりが聞こえる。 

なんと単色の世界と、自然の色でこうも気持ちが違うのか。

よねぞうは心底うれしく飛び跳ねる気持ちになり、少年のように草地を駈けた。 草地を抜けると、白樺に似た樹木の並木が続き、その奥に林や常緑樹の森も見える。 散歩道には草花が咲き乱れ、その道を三々五々人が散策している。
 
よねぞうは大いに自由を感じた。 

いままで物事をあまり深く考えず、おせいさんの云うとうりの生活をして来た。 それに慣され、漂い乍らの毎日だった。 
ただの自由気ままな散歩だけで、こんなに開放感を与えるのか。


そして脚のおもむくまま、周りの景色をむさぼり見ながら歩き続けた。
 

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よねぞうの死61〔第八章〕・自由1

いよいよ最終章でございます。

自由1

よねぞうとせいは今度も無事、阿修羅に帰って来た。
約10日あまりの浮世の旅であった。

よねぞうは家に落ち着いて間もなく、せいの気質が変ったことに気がついた。
まず自分が外出する時、以前ならよねぞうが勝手に出ていかないよう、外から二重にカギを掛けていたのが、掛けなくなった。
以前は月数回、会合と云って外出していたのが、今は滅多に出なくなり、自分専用の部屋で終日閉じこもっている。 そして、よねぞうにあれほど細やかな情愛と気配りをしていたのが、やや放埒になった。 それに夜の営みも、以前のような濃密さが無くなり淡白になった、等々。

それはどうやらこの夏の盆の旅に、解がありそうだ。 よねぞうはほっとする反面、やや物足りない気がする日々だ。


数日してよねぞうはせいに、いちど独りで外出してみたい と云った。
こちらに来て2年近くになるが、外に出るときはいつもせいと一緒で、いままで独りで出歩くことは無かった。 そう云った時、せいは何かに気を取られていたのか、暫くして気がつき、それでも簡単に いいわ と云った。
  
翌朝、よねぞうはマンションのエレベ-タ-は使わず、久しぶりに阿修羅道の大地を味わうような気で階段を降りた。 そして左へ曲り大通りへ出た。

さすがに自転車や自動車類は走っていない。 行く宛は無いが、とりあえず足と気のおもむくままに歩こうと思った。 
独りで行動するのは昨年冬、船に乗ってこの阿修羅道に来て以来だ。 外は相変わらずモノクロ-ムで単色の世界だ。 薄墨色の景色は夕暮れのようで、それでも家並は日本の都会とあまり変らない。 

東西南北の感覚がなく分らないので、取りあえず大通りを歩く。 通りはあんがい大勢の人が歩いているが物音がなく、味気ない。
約20分ほど歩いたとき、巾40mほどの小さな川に出た。 木の橋が架かっている。

 対岸に何かの看板が目についた。

橋を渡って看板の文字を見る(6カ国語の並記)。 
その日本文字には、
「この川の上流2Kmにカラ-公園あり、但し選別所でチエックの要あり」と注意書き。 よねぞうは大いに興をそそられ急いだ。 
カラ-? 
色付き公園?

 目的地に着いた。映画館の入口のような開所があり、入園心得書と書いた看板が立っている。 それを見て驚いた。 要旨以下のように書いてある。
 
公園の特長=この公園の入口を入ると、阿修羅のモノクロの世界から人間界のように色のついた世界に変る。 但し入園できるのは、チェックゲ-トをくぐる時、ブザ-の鳴る者のみである。

入園できる者=阿修羅世界に慣れない者(すなわち闘争.ねたみ.さい疑心.嫉妬.執着心等の薄い者、まだそれらの修業の足りない者)のみ。

そしてこの公園の造った動機や目的が書いてある。

(1) 最近阿修羅道に来たが、この世界に慣れない者が増加し、特に単色の世界がなじみにくく鬱の患者が増えた。

(2) その者達や、その可能性のある者をケアする為、人間界の景色を取り入れた公園を造った。

(3) 入場者は入口で資格をチェックする。・・・とある。
 
まあとにかく中に入って見ることだ。 果たして入れる資格があるのか、試すのも一興だ。

入口は欧米系も含め5~6人の係員がいる。 もう50~60人程が列をつくっている。 人種は雑多だ。 よねぞうもその後に並んだ。

チエックは簡単で、空港のゲ-トのような枠を通るとき、ブザ-が鳴るかどうかで選別している。 リピ-タ-が多いのかゲ-トをくぐる連中、べつに緊張した雰囲気ではなく、ブザ-と共に気軽に中へ消えて行く。

初めてのよねぞう、さすがに緊張したが幸いブザ-が鳴った。 

その時心の中で(やはり俺は修羅道には迷いこんだ人間だ)と実感する。

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よねぞうの死60〔第七章〕・慈心

慈心

 ここにきて、せいは少し迷っていた。
誠一の無限地獄のような毎日は、吉田邸を見張っていてよく分った。 
子供の鋭一を四六時中緊張しながら見守っており、常に何かにおびえている様子が伺える。 以前の様な覇気が無くなり、日々消沈していくのが見て取れる。

が、それを見ている復讐者のせいは、当然快哉を叫ぶべきなのが、どうもこちらに来てみて、余り心を動かされなくなった。 妙な心境だ。

お盆が終り、明日よねぞうと彼岸へ帰る予定になっている。

せいは最後に、いま誠一の妻になっているたま子にも、何かの仕組を施すべく伏見の屋敷に行った。 

ついこの前までの、復讐心をたぎらせる弾むような気持ちが、いっこうに沸き立たないのはどうした心の変化か。 今もあまり気が進まないが、せい自身には分らない。

 いつの間にかせいに何かの変化が起っているようだ。

例によって 吉田邸の横道に入って念を切った。

太一郎は相変わらず病室で、力のないセキを繰り返している。 
今日はたま子が目的だ。 
ところが家中を探したが、太一郎だけで他に誰もいない。


 午前11時、真夏.曇り空だが今日も暑い。 せいは辛抱強く待っている。

暫くしてたま子が姿を現した。 買い物から帰ってきたのか?! 小柄で平凡だが、色が白く素直そうな人柄に見える。

袱紗(ふくさ)様の布で包んだ小さな物を、両手で胸に抱えるようにして和室の部屋に入った。 そして誰も居ないのに、周りを気にするような仕種で辺りを見回す。 
この部屋はどうやら自分のものらしい。 小さな紫檀机の前に坐り、手にしていた袱紗を開き、中の物をそっと机の上に置いた。 
小さな位牌だ。
その位牌の院号を見た刹那、せいは強烈なショックが身体を貫いた。 

なんとせいの戒名ではないか・・?? 
なんの為にわたしの位牌を? 
戒名をなぜ知っている? 

疑問が押し寄せた。

たま子は位牌を前に頭を下げ手を合せ、小さくつぶやいている。 

「許して下さい・・」を繰り返しているのだ。 

ゆるして下さい? 
だれに? 
どうしてこの子が?

あまりの驚きに、せいは我を忘れていたが、暫くして大急ぎでたま子の脳幹に入った。
するとどうだ、外見の表面上は平凡なたま子だが、その性質は、せいなどとても及ばない持主であることが分った。
すなわち知性.教養.洞察.沈思 それに人間として一番大切な慈愛(慈心.大悲)あふれた女子だったのだ。

1時間後、たま子の心をすっかり読み解いたせいは、虚脱状態でそうろうとして吉田家を離れた。 

このたま子だけは、責めるのはやめよう と思った。 

たま子の心はこうだ。
平和であるべき誠一とせいの中に、自分が心ならずも入りこみ、あまつさえ鋭一という子供まで成した女。 それを知ったせいを、自殺にまで追いやり人倫の道に背いた業.罪深い女。 せいの心を忖度し、日夜悔恨にさいなまれ、許されないだろうがせめて自分だけでも供養を と思い定めた。
せいの実家、役所家に昔から出入りしている仏壇店を探し、せいの戒名を知り、家人に内緒で別の店で位牌を造り、今日持ち帰った所だ。
昨年夏から吉田家に起る災厄の数々は、全て自分が原因で引き起こしている、と賢く冷静なたま子は洞察して、懺悔の心は日夜自分を責め続けているようだ。


もうこの子だけはそっとしておいてやろう。



いよいよ、最終章へと続く

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よねぞうの死59〔第七章〕・脅迫3

脅迫3

 誠一は、今までの収入のほとんどは断たれたが、自分や父母の多少の貯えの他、万一のときは、家屋敷を処分してもいいと腹をくくっていたから、竹内の申し出は即座に断った。
「今後のことははっきりお断りします。 それより過去の私に対して下さった、貴社の出費の清算をお願いします」

さすが竹内は、誠一の直截的で性急な物言いに鼻白んだ顔で、隣の北島を見る。 北島が、

「吉田さん、昔から 覆水盆に返らず と云いますね。 世の中、あなたのおっしゃるように『金銭で清算して、過去のことは全て終り』という訳にはいかないですよね。 書いた過去は一生ついて回り、リセットがきかない。 よくお考えになったらいい、これは私からのアドバイスです」

そばから竹内が、

「まア 今すぐに、ご返事頂かなくとも結構ですよ、損得も含めよくお考えになって、後日よいご返答お待ちします」

一息入れて北島が、いま気がついたような声を出した。

「そうそう吉田さん、貴方のお邸はたいへんご立派ですね。 さぞ由緒あるお家柄でしょうな。 またあの周りは閑静なお邸街で、さすが古都京都ですな。
ところで吉田さん あなたに小学2年生の男の子がおられますよね、可愛い盛りだ」


どうやら住所や、個人的な家族まで調べ上げてあるようだ。

「目に入れても痛くないでしょう。 だけど気を付けて下さいよ、最近はどこでどんな事が起きるか分らない時代でしょ・・」

私も最近、所用でお宅の近く御香宮神社へ行ってきたが、側に国道が走り、その他の道も古く曲った狭い道路が多く、車の往来が激しく驚いた、と続ける。


「子供さんの通学など、万一事故など起きないよう、十分気をつけてやってくださいよ」


交通事故に気をつけましょう・・・


一般の人が聞くと単なる交通事故の標語にすぎないが、今の誠一にとっては、明らかに子供を人質に取った、いつまでも気の休まる事のない巧妙な脅迫.どう喝の言辞だ。

司法を生業にしていた誠一はいま、完全にワナにはまったことを認めざるを得なかった。

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よねぞうの死58〔第七章〕・脅迫2

脅迫2

 その後しばらくして、W大学の所氏から「K興業は表面上はタクシ-が主業であるが、不動産.それに新宿方面で、遊技.風俗店その他サ-ビス業を手広く営み、どうやらそんな関係で、関東の有力暴力団と関係を持ち、また東上して来た関西の広域暴力団とも、つながりがあるらしい」と聞いた。

 いま改めて逆境になり、自分の立場がはっきりと浮き彫りになると、一刻も早くこの連中と縁を切りたく焦っていた。 ましてや深い闇の連中との深入りは、どんな手段を用いても絶対に避けなければいけない。


「いや 今はもう私には何の力も残っていません、お世話になった過去の清算をしたいので、立て替えて貰った金銭の額を云って下さい」
再度繰り返す。 

すると側に坐って両腕を組んで、二人の会話を聞いていた北島が腕組みを解いて、

「私は以前からあなたの事は聞いていたが、これは少し身勝手な申し出じゃないでしょうか?」

言葉は穏やかだが、声は底力のある、人を威圧するような響きだ

「あなたの男女関係に対する、過去の当社の金銭負担は別として、なるほど今我々が調べられている贈収賄事件と、あなたとは直接関係はないが、私の聞いたところによると・・」

と云って昨年秋、誠一が環境プロジェクトの委員ををしていた時、予算の割り振りに、W大学への口利きめいた事を画策したことを持ち出した。

「いずれ事件の広がりによっては、あなたの係わりも出て来るんじゃないでしょうかなぁ」

竹内が側から「北島さん そんな将来の話を持ち出さないで」と押えておいて、

「どうでしょう、今これと決った事案をお願いしている訳ではありませんが、こんな商売をしていると、表立って動くことの出来ない事柄も多いんですよ。あくまでも表に出ない形で・・」 言葉をついで、

「失礼だが、ちょうど貴方は今回のことで、休職されたと聞いています。 だから以前よりも時間的な余裕ができて、動き易くなるんじゃないですか?!」 

言葉はあくまでも穏やかだが、誠一の現況を知りつくし、足許を見ての強要だ。 そして、立ち入って恐縮だが、収入などの不安は? と聞く。 もし私の申し出を受け入れてくれたら、今後ご一家の生活は全て面倒を見ましょう、と云う。


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よねぞうの死57〔第七章〕・脅迫1

脅迫1

週刊誌に暴露記事が載った日から旬日して、東京のK興業の竹内専務から、都内のホテルに呼び出された。

その時は誠一も、女性関係が気がかりなのと、今までにK興業の立て替えてくれた金銭が幾ら位か、できれば会ってきっちり話をつけようと思っていた。 
呼び出しがあった時、わたりに船という気で上京した。

新宿のあるホテルの個室で、K興業の竹内専務と会った。 横に小太りで目つきの鋭い40過ぎの男が同席している。 竹内から「私の個人的な相談役の北島です」と紹介を受けた。

「いや-どうも」
顔を合わすと誠一は、呼び出し事由を聞く前にバツの悪そうな表情で、早速いま話題になって、週刊誌他に書き立てられている贈収賄事件や、誠一の情事関係について、グチのような、また言い訳とも釈明ともつかない言葉を吐く。  
また贈収賄には係わっていない事を、この二人に再確認して貰いたく力説した。それに過去K興業から、東京で世話になった諸々の金銭について、全額払う旨を告げ、請求額を要請した。

この拙速で短絡直截的な申し出に、竹内専務は笑顔で、
「今日来て頂いたのは、過去の当社が立て替えたお金の話ではありません、それはもう忘れて下さい」 

穏やかに云い、ところで・・と言葉を接いで要件を切り出した。

「以前、箱根に行った晩お願いし、そのとき快く引き受けて下さった当社の相談役のこと、ぜひお願いしたいのです」

一瞬誠一は思い出した。 その時の竹内の要望は、 
当社は仕事柄、首都圏だけでなく、関西方面の中には仁侠団体と繋がりを持たざるを得ない時もある。 そんなとき、蔭の相談相手になって貰えないか。 貴方は司法の学究者で知名度もあり、またその方面の知人友人も多いでしょうし、当社の知恵袋として、これからあくまでも表に出ない形で、何かと力を貸して欲しい。 

 これに対して誠一は、その時飲食が過ぎ、有頂天でハイな気分から「表に出ず、蔭からのアドバイスならいつでもどうぞ・・」と、軽く応諾した。

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よねぞうの死56〔第七章〕・苦脳4

苦脳4

ところが予兆もなく暗転が起ったのは、今年の冬、週刊誌にバクロ記事が出た直後からである。 嵐のようにどの記事やコメントも、真偽を織りまぜ針小棒大に、 これでもか と世間に吐き出した。

いままで自分が出演していた、バラエティ番組の事前録画は当然放映中止、それどころかその番組で連日、逆報道される始末。 

勿論それにすこし遅れて、政府系の諮問会や研究会等の出席停止.辞任を求められた。 大学も休職を強いられ、受け持っていた講議.講座も無くなった。
今は以前に比べ、丸裸同然になっている。

もちろん司法関係の、しかも大学でそれを本職として歩んできた誠一には、恩師も含め、検事や敏腕弁護士等の知人友人は大勢いる。

しかし世の中、当人が逆境になると掌を返すように離れていく。 できるだけ係わりたくない、つまりそれら関係者は陽の当るあいだ、表面上見せかけの関係者に過ぎなかったし、結論から誠一に徳がなかったと云えばそれまでだ。

今のところ事件そのものは、誠一の係わりについては大した事でなく、これが例えば芸能界やスポ-ツ関係なら、色恋など一つの勲章として、話題作りになるものを・・

しかし誠一のような、過去に挫折を経験した事のない男は、我慢ならない出来ごととして、自身にムチを打ち続けている。
すでに30才台で講師になり、40才前後で教授.そして将来は部長、名誉教授の席まで可能性あるような者には、一般人には逆に理解し難い心裡だろう。 しょせん閉鎖された学者の世界で、自己完結していたようだ。

前妻のせいに比べ、たま子は結婚してみると極めて平凡で、どこにでも居る一般的な主婦であった。 せいのような適切な表現と、ときには機智にとんだ会話は望むべきもない。それに父母の長い疾病だ。 父の原因不明の病いに続いて起った母のガンと転移、自分自身のスキャンダル、まるでなにかのタタリのようだ。 その上いま自分自身、誰にも言えず、どこへ訴える事もできない、巧妙な脅迫を受けているのだ。 

 
 校庭の樹の蔭で、息子を待ち乍ら誠一はまたK興業.北島の言葉を反芻していた。

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よねぞうの死55〔第七章〕・苦脳3

苦脳3

誠一はいま、息子の通う小学校の校庭で、鋭一の授業の終るのをある緊張感を持って辛抱強く待っている。 
風のない真夏の午後の陽射し、躯中から汗をしたたらしている。 
しかし心の中は、外気と反対に冷風が吹き抜ける。

半年まえに比べ、この変りようは何だ?どうしてだ? 

今年初めに東京で会ったK興業の北島の言葉がずっと苦しめている。

「もう何もかも失った!」

 と、ここ数カ月、絶望と悔恨にさいなまれ続けていた。 どこから俺の人生が狂ったんだろうと、繰り返し自問する。

他人から見れば、父母は病んでいる以外は妻や最愛の息子が居り、住む家も結構な邸だ。
 
 一般人なら『最近少しダ-ティなことでマスコミを賑わせているが、そんなの大したことではないか、そのうち人の噂も75日で忘れられる』今まで少し調子に乗ってはしゃぎすぎ、なぜそんなに気にするの?

ところが誠一は幼少の頃から、つい数カ月まえまで挫折知らずの人生であった。 
小さい時から性格明朗で活発、頭脳も良く高校.大学とトップを走りつづけた。 
学生の頃から、社会に出て司法関係の仕事を希望目指したが、恩師(最初の結婚の仲人)から学術を極めるよう奨められ、そのまま研究室に残り学究生活(その間に司法試験も取得し、役所せいと結婚)に入った。 
世の中、複雑系となって来た現在の風潮にうまく乗り、やたら多くなった政府などの諮問や審議委員会.研究会等、公的私的を問わず名を列ねた。 またマスコミの番組には、明るいキャラに明敏な頭脳と説得力.明確で平易な表現が人気を呼び、一躍寵児となって、電波に乗らない日がないほどの売れっ子少壮学者となった。

40才を越えた今まで、およそ挫折を味わったことがない幸運な男であり、本人も十分それを享受していた。 

ただ一つだけ不満があった。 

それは妻との間に子ができなかったことだ。 

誠一はその事で、夫婦の間が剣呑になることは、極めて慎重に避けた。 
それは6年に及ぶ、教え子との不倫と、出来た子供を隠すため、妻のせいに悟られてはならず、おくびにも気取られまいとした。

彼がどこまでもついていたのは、せいが隠し子のあるのを知ってからは、その妻の方から離婚の申し立てと、唐突に自殺したのだ。 
しかもせいの親が、表面上は世間体をつくろう為、病死として処理したことだ。 お陰で誠一にはほとんど傷つくこと無く、それにたま子母子が、晴れて誠一の家族になった。 

誠一はこんな幸運児だった。

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よねぞうの死54〔第七章〕・苦脳2

苦脳2

どうやら誠一家族は、マンションを引き払って両親と同居しているらしい。 

別の部屋に子供の勉強机が見える。 太一郎の妻と誠一や子供は不在らしい。 

せいは暫くたま子の行動心象を観察することにした。 
痩せて見える後姿を見せてたま子は、大きな仏壇に持ってきた花を供え、線香と明りをつけ、手許の数珠を取り両手を合せた。 なにを祈るのか?

1分ほど過ぎたが、たま子はそのままの姿勢を崩さない。 
せいは大急ぎでたま子の脳裏に乗り移った。 どうやら義父母の本復を祈念しているようだ。
最初、別室で寝ている義父の病み衰えた姿が浮かび、治癒を祈る言葉が続く。次ぎに義母華子の姿が念写され、せいは驚いた。

病院の特別室のベッドに病んだ華子が、点滴他の様々な治療機器を装着され眠っている。 
げっそり痩せている。
たった5ヵ月ほど前は、健常時より少し痩せていたが、こんなひどい姿ではなかった。 医薬で押えているが、痛み続けた顔跡が読みとれる。 
どうやら他にガンが転移して、その治療のための入院のようだ。 瞬間 ああこの人もあまり長くはないな と思った。

たま子の頭がまた次に移る。 今度は息子鋭一の姿だ。 
学校の教室で夏期補修授業のようだ。 そのとき校庭の木陰で、誠一らしい男の坐っている映像が、不透明だが写った。

それを最後にたま子の脳裏から、祈念する家族の姿が消え、鉦をたたいて立上がる姿勢が写る。
せいは、誠一の今の現状姿を念写しようと待ったが、たま子の脳裏に何故か、夫について何も係わらなかった。

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よねぞうの死53〔第七章〕・苦脳1

苦脳1

 一方せいは吉田誠一のその後を追った。

せいはこのお盆でもう3回、人間界へ戻ったが、次は4年後の七回忌にしか戻ることができない。 それは先祖.役の小角から言い渡された約束だ。

本来なら次は三回忌に戻る予定であったのが、この盆に早めたのだ。 復讐をより緻密.残忍を求めようと策を練り過ぎたキライが、そのぶん時間がかかった。 
しかし、いかに粘りと辛抱強いせいでも、次の4年は長過ぎる。 やはり早く結果を見たい。 これが今の本音だ。 

せいはやや気持の上であせっていた。 このため残念だが、今回で一応ケリをつけようと、春の彼岸のとき思い定めた。

吉田誠一一家の住んでいた京都.東大路通りに行ったが、住んでいたマンションには別の家族が入居しており、誠一たちは引っ越したらしい。 

急いで親元太一郎たちの住む伏見に転じた。
古いが重厚な吉田邸の印象は、春に来たときから比べ、何となくうらぶれて見えるのが不思議だ。
この前と同様、門を通り越して横道に入り、姿を隠し念を切る。

すぐ太一郎の姿が写る。 
奥の一室で、骨が浮き出て一段と衰えの目立つ姿、夏の麻布団に横臥している。 気息えんえんとした姿だ。 
元義母の華子の姿が見えない。 急いで家の中を見回す。

すると次に、ノ-スリ-ブのワンピ-スを着た27~8才の女性が浮き出た。 せいの後釜に入ったたま子である。 これもやつれて見える。

たま子は、小菊と樒を活けた水の張った花筒を両手に持ち、いま仏間に入ろうとしている。

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よねぞうの死52〔第七章〕・二回目のお盆2

二回目のお盆2

もう過去2回帰っている2人は、要領よく2日でせいの臓器提供を受けた患者めぐりを終えた。 
腎臓を移植した東京の女性が入院しており、意識がなく臨終に近い状態以外、みな健常に生きていた。

3日目の夜、せいはよねぞうに「これから4日間 自宅に帰ってもよい」と解放の託宣を出した。

この春に来たとき見なかった家族にも、今度は会える期待をもって自宅へ急ぐ。 
いま夏休み中で今日はちょうど14日土曜日、子や孫たちの集まりやすい日だ。 

家の前の道路に2台のワンボックスカ-が停まっている。
玄関を入るとわ-んと地鳴りするような人声がし、遠いミチノクの鷹丸一家の声も混じる。 
今日はどうやら全員集合、仏間に集まっているようだ。

いま飾り立てた仏壇を中に記念撮影中で、源三郎が庭に三脚を据えカメラを操作している。
元女房ドノ ヒミコを中に長女晶子.その夫の廉太郎.長男鷹丸.妻ねね.その子供たち冬子.春奈.竜馬、次男の善二郎.妻の淀.その子たち夏子.秋子.吉宗、三男の源三郎、孫たちは前に並ぶ。 
全員で14人、一組の夫婦から月日が経てばなんとこんなに増えるものか。 
居ないのは よねぞうだけだ。

撮影が終って一同騒がしく動き出す。 長女の晶子がまっ先にビ-ルと叫び、みな口々に喋る。
場所を変えた部屋で、たちまち酒盛りや食事が始まったところを見ると、坊さんの来訪はどうやら終った後らしい。 

仏間には誰も居なくなった。 

仏ほっとけらしい。

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よねぞうの死51〔第七章〕・二回目のお盆1

二回目のお盆1

彼岸から10日ほどで阿修羅世界に戻った二人、それからも日常生活はあまり変らない。 
相変わらずよねぞうはぼ-として過ごし、妻のせいは回数は減ったが、月に2~3回は行方を云わず出かけて行く。 
日々が無為に過ぎ、平穏な繰り返しが続いている。

初めて人間界へ行ってから1年、また夏の盆の季節がやって来た。 

せいは、よねぞうに悟られないように注意を払い、元夫の吉田一家に復讐の仕上げに入ろうとしていた。
ある夜、よねぞうに お盆に帰ろう と誘うと案の定、ついこの間帰ったばかりじゃないか と異を唱える。 そこで、
「もう私たちは元の家のご先祖様になったのよ・・今年の冬が一周忌.そして今年は三回忌の前のお盆で、今度の施餓鬼は大切なことぐらい分っているだろうに・・」
と半分小馬鹿にしたような表情を浮かべる。 

最近せいはよねぞうに対して、やや軽んじた言葉の端が目立つようになってきている。 

妻のせいに全て頼り切っているよねぞう、無理もないが とも思い、改めてそうか今年はもう二回目の盆か、わかった わかった、と返事をした。

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テーマ:自作連載小説 - ジャンル:小説・文学

よねぞうの死50〔第七章〕・暗転2

暗転2


「その事は少し私も聞いている・・」「うん そうそう・・」
数人が同調する。
 
日頃、権威と威厳.謹厳な風を装うのが習い性になっている連中、たちまちどこにでも居るヤジ馬親父に早変わり。 
隣同士で私語が沸き立つ。

暫くして えへん と声の皮をむいたある学部の男が発言を求め、
「東西を二分するこの権威と伝統ある当学に、いささかでも問題のあると疑惑をもたれている人物を昇格させるのは如何、もう少しよく吟味しては!?」

それを待っていたように事務方の長が、

「それでは遺漏の無いのをよく確認して・・・それまでは先程の昇格は保留とすることでいかが?」
と一同を見回した。 

誠一の恩師以外、皆がいっせいに賛同の合図を送り、学長が重々しく頷き、吉田誠一の教授昇格は保留となった。



教授会のあった翌々日、週間新春が表紙いっぱい大見出しで掲載した。

「K大の売れっ子助教授 口利きの実態と優雅なエロ生活!」

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よねぞうの死49〔第七章〕・暗転1

暗転1

誠一が警視庁の刑事たちに、事情聴取を受けている同じ頃、K大学で午後1時から教授会が開かれていた。

議題は一部人事の人選と、新年度の各学部科の打ち合わせである。 会議は4時過ぎに終了する予定が、少し長引いている。  
いよいよ終りの雰囲気が流れたとき、突然経済学部のある教授が、法学部の吉田誠一に関する問題を持ち出した。

会議の前半、人事の議題で数人の昇格に混じり、法学部.吉田誠一助教授も教授に昇格させる案は、大した異議もなく了承されていた。

ただ何人かが「吉田君の実力は認めるが、やたら政府関係の委員など多く嘱託し、それに最近とみにマスコミ等に露出度が云々・・」と反対ではないが、やつかみと消極的な意見を述べた教授連が2~3名いた。 しかし誠一の恩師で実力者の田守名誉教授の、
「法律のような一般人がなじみにくく、難解で近寄り難い学問と受け止められている法務全般を、分かりやすくポピュラ-にするのも、これから大事な公報の手段だ」の一言で、あっさりと決っていた。

会議がほぼ終了という5時前、突然手が上がった。 
一昨年教授に昇格した北野という50年輩の男だ。 
性は明朗だが雑学にたけ、世事について特に早耳で、この男も誠一に負けないマスコミへの露出度が高いと評判だ。

「これはあくまでも私の不確定情報ですが・・」
と前置きし、政府の研究費補助について、ある大学を会計検査が入って調べているらしいが、
それに吉田助教授が間接的に関与しているらしい・・
これは再度云っておきますが不確かな情報で・・
それに女性関係もからんでいるらしい・・
思わせぶって最後はつぶやくように云った。


約3時間長丁場の会議に、ややうんだ雰囲気がただよっていた場の空気が一変した。


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よねぞうの死47〔第六章〕・いろ仕掛け2

いろ仕掛け2

 中秋萩の季節、今夜は所氏.それに初めて、W大学の事務総長が加わって、Tホテルのある個室で会っている。

W大学が環境にまつわるシステム研究を提唱し、関係各大学研究機関が賛同しているプロジェクトの公的支援予算のことだ。

誠一は今では種々の委員会に首を出していたが、たまたま今日も門外漢の、その環境分析委員会と称する会の、参考人として諮問意見を述べてきた。

今日来年度予算の大枠が決り、その割り振りが決りそうだ と誠一は2人に知らせている。

W大学の2人は大いに喜び、目いっぱい誠一を持ち上げる。
「もちろん予算は私たちに何の権限外もなく、各省庁の所管ですから・・」
と誠一はバリアを張ったが、
いやもうこれで十分 あとは私たちで何とかします と三拝せんばかりの悦びようであった。 
誠一は上京の都度、所氏や他の業者に負担をかけている大半は、これでお返しできたと思った。

 
苦労知らずで過ごし来た今までの順風の人生、脇の甘さに気がついていない。
 

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よねぞうの死46〔第六章〕・いろ仕掛け1

いろ仕掛け1


 ホテルの大型ベッドで、咽が渇き目が覚めた。 
腕時計を見ると朝の8時過ぎだ。 

サイドテ-ブルの水を取ろうとして躯をねじって気がついた。
横に髪の毛の長い女が丸まって寝ているではないか。 
驚いてベッドから立上がり声をかける。

「きみは誰だ?」

肩に手をかけ揺さぶる。 薄目を開け、うるさそうに緩慢な動作で上半身を起こした女は目をこすり乍ら、居丈高に突っ立った誠一を見て逆に驚いて、

「な-にい?・・」

 下着姿のその女性は25才前後、色の白い胸の張った大きな目が印象的だ。

「なぜここに居る?」

誠一の激しい剣幕に驚いてベッドから離れ、 ほんとうに覚えていないの?!と、不思議そうな表情をする。

そのとき誠一の二日酔いの頭は、うす紙のはがれるように記憶が戻り初めた。

「いっしょに車でここに来たの覚えていないの?」
「?・・・!」

誠一は自分の躯と周りを見回す。 女性は下着姿だが、自分はちゃんとホテルの浴衣をまとい、部屋に乱れはない。 女は不審そうな顔つきで、

「あなた ここに帰ってからあたしを二度も抱いたのよ 覚えてないの?・・」

ほんとうに不審そうな表情を崩さない。

「あたし ゆうべのあのお店でいっしょに飲んでたユミよ 思い出してよ・・」

誠一の頭に惑乱が始まった。

 彼は昨夜からのてん末を、ユミという女から聞いて、やっと全て蘇ったのは少し経ってからである。 あんなに我を忘れるほど酔ったのは初めてだ。

それにセックスのこともおぼろげだ。 だがユミは すご-く強くッて二度もお代りしたのよ・・と、あけすけにその時の描写を喋る始末。
 
 その晩ホテルに所勝三が訪ねて来た。
最上階のラウンジバ-に誘い、誠一を見て意味ありげな笑顔で、ごきげんいかがでしたか と云う。
誠一は所氏に、気恥ずかしい表情で昨夜の礼を云った。

「気にいって貰えればいいんですよ もしよろしかったら東京に来ると、時々逢ってやって下さい 本人にも納得させますから・・」

まるでお取り持ちの言いぐさだ。 誠一は曖昧に笑った。

古都京都に住んでいるといっても、物心ついたときからいわゆる水商売の、これらの世界とはずっと縁の薄い生い立ちで過ごして来た。 今は特に学究生活の象牙の塔にこもり、およそ縁無き衆生だと思っていた。 金で解決する、後腐れのないこんな世界ねえ。 この歳になるまで実体験は初めてだ。

東京妻 それもいいか?!

 誠一はそれからは上京するごとユミと同宿し、何度もめくるめくような逢う瀬を楽しんだ。 本名 田中マキコ 群馬県出身だという。 

かかりはいくらこちらが払うと云っても、全て所氏が清算するように仕掛けてあった。 (まあいいか 京都でお返しをすればいいのだから) 誠一の潔癖さは、だんだん慣れ薄れていく。


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