應其

高野應其(たかのおうご)のエッセイと小説。

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

おんなの生態/2

パソコン狂時代
女性と老人のパソコン信仰者が急増している。
最近、政府のお声掛かりで小学校からパソコンを教科に組み入れられることになったから、とくに子供の持つ主婦の間でなだれ現象が起こっているらしい。
子供に教えなければとか、子供と共に、また子供について行けない等、 
さらに、パソコン操作ができないなら21世紀は生きて行けない、とばかりの焦りでとりあえず新聞社の文化教室パソコン講座へ。女性と老人の多いこと。

 ひととおり操作講習のあと講師は、これからのパソコン時代について演説する。
「すでに切符やチケットの購入、旅行・ホテルの予約、音楽配信、電子ショピング仮想商店街、お金の振込み決済、その他デジタルカメラで撮影した画像をそのままパソコンに取込み転送等は常識だが、これからはデジタルITの時代、携帯端末を使って外部から指示し、不在でも家電機器もすべてコントロ-ルしてくれる双方向通信の時代に入ったユビキタス世界の入口に差し掛かっている。」 なんてアジられると自主性がなく、すぐ舞上がるくせのある人たち、さっそく旦那を脅迫しパソコンショップへ、老いも若きもこの調子。

その結果、パソコン教室の繁盛はもとより、当然販売店も売上げが毎期倍増でホクホク、出張レッスン・アドバイザ-などが多忙を極めている。
日本のGDPの60%を占める個人消費が低迷する折から経済効果に寄与すること大、まことに結構。
何さま時間だけはたっぷりある連中、インタ-ネット・ホ-ムペ-ジ・eメ-ル等、
つい数年前まで聞いたことの無かった言葉、その他やたら専門用語が
それも横文字が出てくるとなれば、これはもう 時代の先端に首を突っ込んだ気になるし、虚栄と優越感をいたく満足させてくれる。

特にインタ-ネット、これは聞いただけで10年前まではSF電脳の世界、それがいとも簡単に、個と個、個と特定多数、そして世界中と会話できるではないか、自分もこれでコスモポリタンの仲間入りができるか。(外国語はさっぱりダメだが!)
変に小ちゃなことにケチで欲深い人に限って、多機能のある機器をネギり倒して買って帰った。さあ・・・
専門用語ばかりで、読んでも判らない分厚い説明書は最初から敬遠し、操り人形のように側から指図されながら操作していたのが、とりあえずホ-ムペ-ジなるものを開けてみたら、こんな面白いものは無い。
浦島太郎じゃないが時の経つのも忘れて、日がな一日他人のペ-ジを覗いている。
そのうち自分も開設したくなったので、95%周囲から助けられ出来上った。わくわくしながらアクセスされるのを待っているが、どこからも来ない。

待っても来ないなら・・・とそこで(パソコンをやっている)自慢を押し殺して、さりげなく親類・縁者・友達・知人、あらゆるコネに電話を架けまくる。
一方、旦那のほうは毎日職場でテクハラ(テクノロジ-ハラスメント)いじめに泣かされている。
青春時代、マンガ本だけを貪り読み、職場でも年功序列で役付になった40男、従来アゴで部下に命令していたリ-ダ-シップが最近通じなくなってきた。
30才未満の部下は機械類をゲ-ム感覚で、いとも簡単に操っている。
会社はリストラもさること乍ら、合理化の美名のもと、全職場の1人に1台パソコンを設置され、自分で操作せねばならなくなった。
eメ-ルと称するのを嫌でもやりとりしたり、ペ-パ-レスと情報のスピ-ドから、すべてパソコン内で上意下達、自分でE会議は仕切らねばならない。
そのため、総じて出来のよくない部下でも、また特に、暇さえあれば手鏡を覗いて顔面を動かしている女子社員に、自尊心を押し殺し教えを乞うが、日頃あまり好かれていない上司、つっけんどんに答えられ、うなり声をあげる毎日。こちら、また覚えが悪く忘れっぽいときている。 何回も同じことを聞くから、アテこすりや嫌みだけでなく、終いには、陰で無能呼ばわりされる始末。
少しでも“ご機嫌“をと、会社は経費節減のなか、ポケットマネ-で食事にでも誘えば、セクハラするんじゃあない?と疑いの眼でみられる。

いっぽう自宅のほうでは、女房が午前中に簡単に買い物を済ませ、帰るなりパソコンの前に座る毎日。 子供が帰って来るや、
「タコ焼き買ってあるから、チンして食べて、おかあさんにも頂戴。」 
子供は、「またァ」 といい乍らあきらめ顔。
左手にツマ楊子でタコ焼きを口に運びながら、右手人さし指一本でチョンチョンと雀がエサをつつくような操作に熱中。
今日も元気だ、タコ焼きうまい。

またある家の中では、昨年死んだ亭主から名実共に自由解放、仏壇の遺影に尻をむけ、背中を丸くしている。 今朝電話で聞いたが、すぐ忘れてしまった操作方法を思い出しながら、スクリ-ンとにらめっこしているおバアさん。
今日も元気だ、亭主がいない!

ところが数カ月経つと毎月の電話料、あちこちのプロバイダ-からの使用料が、びっくりするほど多く請求を受けガク然となった。 当節の女子高生のように、お手軽に援助交際で稼ぐわけにもいかないし困ったことだ。

平成12年6月7日付・日本経済新聞の記事
N社がパソコンを、購入から1年以内なら店頭価格の半額で買い取るサ-ビスを始めた。対象は初心者または年輩の男性客のみ
「話題の新商品を買ったけれど、どうも自分には使いこなせない」と悩む消費者に対するサ-ビス
条件は 初心者・・インタ-ネットの設定を店頭で依頼した人。
    年輩者・・50才以上と見られる客。

スポンサーサイト

テーマ:エッセイ - ジャンル:小説・文学

おんなの生態/1

ああ、おんなとは?

こちら、いくつ何歳になっても女という生き物は判らない。

理解しようとする努力が足りないのか、性別が違うのだから解ろうとするのがどだい無理なのだろうか。
しかし、男であっても女性の心理を、こころ憎いほど筆先で表現する物書きの先生たちがいる。 女性以上に情感心理を洞察し、共感を呼び紅涙をしぼらせるに至っては、これはもうほとんど芸術的で尊敬に価する。
それはおそらく対象を女性に限ることなく、人間本性に立脚したうえの深遠を洞察しその分析に基ずいているからだろう。
ところが、こちらは男にとってまことに、都合勝手の古きよき時代に生まれ育ったものだから、女性を理解したつもりなのだが、あくまでも皮相的で独善的であるらしい。

なにしろ 「女三界に家なし」に始まり「女子と小人は養いがたし」「女の偉いのと朝焼けは当てにならん」「おんなは台所へ閉じ込めておけ」果ては「女と牛の尻は三日にあげず叩け」等・・女性べっ視に彩られて不足のなかった周りに影響をうけて育った男である。 まあ私だけが偏見にみちた特異人間でもなさそうなのが。 

例えば医学を志したが大学で産婦人科を選んだため、親から仕送りを止められた類いは、当時別にめずらしいことではなかった。
今でも大峰山や相撲の土俵は女人禁制である。
また一般的に、女とは従順でつつましく賢く行儀作法をこころえ、三歩さがって夫にかしずくのを美徳とされた。 幼くして親に従い、嫁しては夫に従い、老いては子に従う、 鉄寛による旧制第一高校寮歌に「妻をめとらば才たけて見目うるわしく情けあり・・」
きょうび何処を探せばこんな女性にお目にかかれるか!?
さはさりながら、げにオソロしきはこれまた女性、 おんなの執念深さと恐ろしさについては語り尽せないので、別に項を改めるとして・・・  
女は死ぬまでに何回も呼称を変える。
昔の常識では最初5才位までが幼女、つぎが少女、そして娘、それまで20年妻、嫁、母までほぼ25年、祖母15年、だいたいこれ位であの世からお呼びがかかった。
その時代はまた多産だったから母の時代が長く、いつも忙しく立ち働いてい
る皺の刻んだおふくろの姿が子供の脳裏にある。

 当節、家事も電化がすすみ、そのうえ少子化で昔にくらべ女房の空き時間がおそろしく増えた。今は30才前半までに、子供のつくり止めをするから母である期間が短く、子供が成人する時は昔と違って、未だ活力色気がたっぷりと残っている。
 いま女性の平均健康寿命が80才を超えたらしいから、旦那のことは別にして自分の持ち時間はナンと約40年間もおんなが続く。  特に戦後、保険衛生と富栄養化がすすんでいるため元気はつらつ。
母とは名ばかり、子供を年少組の幼稚園に追いやってからは、サア自分の時間をどう使うか? 老も若きも。
そばから見ていると一所懸命バカやっている。
バブル期に流行ったゴルフやグルメに代わり、総中流意識がますます強くなり、絵画展覧会、音楽演奏会、古墳の現地説明会、国内外旅行、ショピングからエステ、健康食品等・・・とくに美容・健康と名のつくものには異常な関心を示す。
近頃 都に流行るもの・・・ガ-デニングと、パソコン、そして海外旅行

ガ-デニング
百貨店のガ-デンコ-ナ-やホ-ムセンタ-へ行けばどれ位いのブ-ムか判るというもの。 あらゆる種苗から施肥料・消毒機.鉢容器類・飾り棚から水車付きの箱庭まで。 自宅の空間を利用しての、これも今流行り癒しの感覚を満足させるため眼いっぱい演出している。ここでも客は圧倒的に女性客が多い。最近とくに色彩豊かな洋ものが幅をきかし、◯◯アドバイザ-なるものがテレビ新聞雑誌あらゆるメデイアに登場、 土など触れたことの無いような指先で懇切に解説してくれる。
いままで、買ってきた鉢植えに青虫一匹いても金切り声をあげていた。
それが、帽子・マスク.ゴムなが.手袋のうえにゴム手袋をはめた、まがまがしいお百姓スタイルで、ヴェランダや猫のひたい程の門から玄関まで、色彩を溢れさせている、 まことに結構なこと。
しかしこれも暫くすると、腰痛などで指圧マッサ-ジ施療院の繁盛と共に、数年を待たずにプランタ-や鉢がドロをかぶって庭の角に転がることだろう。

テーマ:エッセイ - ジャンル:小説・文学

大阪のおばちゃん

長らくお休みをいただいておりましたが、復帰いたしました。
これからは、今まで書きためていたエッセイや新作も含め、公開して参りますので、今後もよろしくお願いいたします。

復帰、第一弾は、エッセイ「大阪のおばちゃん」です。
数年前に書いたものですので、少し、時代差があるかと思いますが、ご了承ください。

「大阪のおばちゃん」

 80年代にテレビで、一般常識から少しはみ出した厚顔な中年女性の日常行動を、月一回「おばちゃん」シリ-ズとして放映、人気番組となっていたのを皆さんご記憶に持っておられるだろうか。
中でも特に大坂弁の集団が凄かった。
また最近特に、それに追い討ちをかける様に、関西の芸人が漫才や落語でよくその言動を誇張して、笑いのネタにしている手合がいる。
それがいつの間にか、「大阪のおばちゃん」とは、大袈裟ではないが、日本女性のなかでも独特の異人種(エイリアン)的実像となって、固定化されつつあるのではないか。 そうであれば誠に残念至極である。

 時々海外旅行に行くが、そのツア-客は北海道から沖縄まで、広域地区から参加している人達が居るので、大阪のイメ-ジを聞いてみると、
なんといっても、話題のエロ知事のセクハラが異口同音、一頻り飛び出してくる。 次が吉本の芸人.たこやき,そして小さな声で『大阪のおばちゃん』という。 
 
 大阪のおばちゃんの特長を、列挙してみると、
 お買い物ポイント.シ-ル.カ-ド等おまけものに異常な執着心を示す。
か、と思うと、訪問セ-ルスマンやテレホンセ-ルのおだてにコロリと参り、衣類、ふとん、生活機器や化粧品に○十万円をいとも簡単に買い決めをする。
改まった外出には「よそ行き」と称し、ありったけ着飾って出てくる。
それではどんなイメ-ジを植え付けたか、少し推測独断も交えた特長は、

   賑やか やかましい けたたましい 声太く大きい
   傍若無人で不作法 厚かましい ケチ 羞恥心なし
   首太い  厚化粧 頭は仏さんヘア- 部分染め

 その他、光ものブランドもの好き、美的感覚アンバランス、マタニティブラウス愛用、二人のときはブ遠慮にネメまわす、三人以上(集団)となれば、ガ然攻撃的。 しかし一人だけのときは、からっきし意気地がない。と、まあこうなるようだ。

 ちょっと待って。 皮相的に観察すれば、そのとおり、そのとおりには違いないが、少し違うんだなあ、これが。 だから弁護したくもなるではないか。
やりましょう肩に力を入れて。自然弁証法的に論じてみよう、おばちゃんの為。
まず、「敵を知り己を知れば百戦あやふからず」、孫子の兵法を持ち出すまでもなく、もう少し、大阪おばちゃんの内面的分析を続けようではないか。

そもそも、この俎上にのったおばちゃんの年令公約数は何歳ぐらいか。 
冒頭に述べたテレビの「おばちゃん」シリ-ズをあざ笑い、怒りながら観ていて「そんなん、なまったるいわ」とセセら笑うのは、だいたい40才前後からか。
 どうでもいいような事に、こだわったり喜んだり、また優越感を持ったりと、とにかく一貫性に乏しい。
バ-ゲンセ-ルの情報をより早くより多く手にいれ、他人に遅れをとるのを嫌い、鼻の頭に汗をのせて現場に駆けつけ、子犬が大急ぎで穴を掘る様に、周りの物をハネ飛ばし、目ざすものを手にいれ、ため息をつきニヤリと笑む。
どうも日頃から着慣れていない為か、金目のもの、光もの、値段の高いものが自分に似合うと錯覚するのか、とにかく賑やかな色彩である。
膨れきった下腹を被すのによい、ムウムウに近いワンピ-ス、首.胴.みみ.手首に輪っぱを巻き、ジュズ玉のれんが歩いているような女性にお目にかかる時が多い。
伝統的に洗練された京都.おしゃれの神戸から50Kmも離れていないのに、色彩と美的感覚が少し違うのは確かだ。 これくらい、おばちゃんの対比分析をすれば十分だろう。
            
長らくお待たせいたしました。
さて、大阪のおばちゃんのため、大いに弁護の論陣を張ろうじゃないか。
 まず長所・・・・総じて明朗、親しみやすく庶民的、単純で涙もろく、情厚い、土着性が強く家族の絆を守り献身的。 多少視野きょうさくの気、無きにしもあらずだが、反権力的な思想が強い。 弱い者にめっぽう味方する判官びいき。
「可哀相やないか」が行動の規範。 どこやら生っ粋の下町江戸っ子によく似ている。 おばちゃんだけではないが、これが時にはヘンな知事を選出する孵化機(インキュベ-タ-)の役目になる時もあるが。
そして、ここがエラい。頼り無い旦那に尽くし叱咤激励。「おばはん頼りにしてまっせ」まるで織田作之助の夫婦善哉。こんなお母ちゃんが、やたら多い。 
最近のキャリアウ-マンのように肩に力を入れ、教養と実力で対等を主張しなくても自然体で確実に主導権を握っている。
 遊び好き、新しいもの、珍なもの好き、何でも取り入れるバイタリティ-
食い道楽・・大阪の喰い倒れ、食の街大阪で旦那に口を譲っているが案外、おばちゃんの食に対するドン欲さは他の都市を圧しているように思う。
TVの料理教室などは所詮、食材や調味におもいっきり金と時間をかけて最もらしく言葉で食べさせているが、大阪は実質さが売り物だ。
お好み焼き、タコ焼き、おでん、うどん、極めて庶民的だがうまい。 休日、たまに名の通った料理屋に行ってみられたい。 フグ鍋など主婦が全て采配を振って、食いまくっている家族のなんと多いことか。

  ここまで書いてきて、やや戸惑っている。
どうもこんな女性像は、大阪に限らず何処にでも居るのではないか? 
 なにもおばちゃん族は、関西圏に限って発生しているのではなく、全国至るところ密度の差はあれ、どこでも見られる原形のような気がする。
 場所柄をわきまえない大声と、特に、笑いを取りたい大阪芸人などが使う下卑た大坂弁が、おばちゃんを実態以上、地方区から全国区に押し上げただけではないだろうか。
その証拠に全国の女性のみなさん、以下の例、ご経験ありませんか?!
「焼肉食べ放題1500円、子供(園児まで)500円2時間以内。但しpm2時~5時まで3割引き」
主婦5人、小柄な小学生も混じって子供5人、アコ-デオンで仕切った一応個室。 大皿肉のお代わり4回、 約1時間で母子全員、胃袋からせりあがってくるほど、たらふく食った。
さて、母親連中、やおらリュックから密閉容器を取り出す。 一人が箸で各皿の残った生肉を1ケ所に集め、頭数・均等に分ける、それを皆手際よく容器に詰める、その速さ、慣れたものだ。
「もうひと皿もらおうか?」誰かが言った。 みなが賛成。 ベルを押して
お代わり注文、係りが出て行ったとき一人の子供が、

「お母さん、しいたけや野菜は持って帰らないの?」

「まァこの子ったら、ハシたないこと言いなさんな、オッホッホ」

「だけど、この前スキヤキのとき、ビニ-ル袋に入れてみんな持って帰ったじゃないの!」

叱られた子供は膨れっ面。

「まァ○○ちゃん、小さいのにしっかりして、大きくなったらいいお嫁さんになるわ」

「そうか、ビニ-ル袋ね」 別の母親が感心したように呟くと、その娘が、

「お母ちゃん、ス-パ-の袋持ってきたわ、これだったら見えにくいよ」

 どれもこれもしっかりしている。
注文した1皿が届けられ、またガヤガヤと大急ぎで分別作業が始まった。
その時「失礼します」音もなく現れた係員。 とたん皆の動作が一斉に硬直。
ドアに向かって正面の主婦、箸で挟んだ生肉を思わず口に運んでいた。

要するにいま貴女が、おばちゃんの二軍.予備兵.幹部候補生を、日夜、キ
メ細かく、ねんごろに教育指導しているのではないだろうか。 
 
(追記) ベスト選び流行りの昨今、‘00年9月12日 日本経済新聞にこんな記事が載った。
関西経済同友会のアンケ-ト調査「関西発.世界に誇るものは・・」
1位 インスタント.ラ-メン  2位 明石海峡大橋  3位祇園祭・・
と続き・・・そこで我らが関西のおばちゃん 堂々49位、 如何。


にほんブログ村 小説ブログへ

ブログランキング




テーマ:エッセイ - ジャンル:小説・文学

FC2Ad

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。