應其

高野應其(たかのおうご)のエッセイと小説。

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よねぞうの死60〔第七章〕・慈心

慈心

 ここにきて、せいは少し迷っていた。
誠一の無限地獄のような毎日は、吉田邸を見張っていてよく分った。 
子供の鋭一を四六時中緊張しながら見守っており、常に何かにおびえている様子が伺える。 以前の様な覇気が無くなり、日々消沈していくのが見て取れる。

が、それを見ている復讐者のせいは、当然快哉を叫ぶべきなのが、どうもこちらに来てみて、余り心を動かされなくなった。 妙な心境だ。

お盆が終り、明日よねぞうと彼岸へ帰る予定になっている。

せいは最後に、いま誠一の妻になっているたま子にも、何かの仕組を施すべく伏見の屋敷に行った。 

ついこの前までの、復讐心をたぎらせる弾むような気持ちが、いっこうに沸き立たないのはどうした心の変化か。 今もあまり気が進まないが、せい自身には分らない。

 いつの間にかせいに何かの変化が起っているようだ。

例によって 吉田邸の横道に入って念を切った。

太一郎は相変わらず病室で、力のないセキを繰り返している。 
今日はたま子が目的だ。 
ところが家中を探したが、太一郎だけで他に誰もいない。


 午前11時、真夏.曇り空だが今日も暑い。 せいは辛抱強く待っている。

暫くしてたま子が姿を現した。 買い物から帰ってきたのか?! 小柄で平凡だが、色が白く素直そうな人柄に見える。

袱紗(ふくさ)様の布で包んだ小さな物を、両手で胸に抱えるようにして和室の部屋に入った。 そして誰も居ないのに、周りを気にするような仕種で辺りを見回す。 
この部屋はどうやら自分のものらしい。 小さな紫檀机の前に坐り、手にしていた袱紗を開き、中の物をそっと机の上に置いた。 
小さな位牌だ。
その位牌の院号を見た刹那、せいは強烈なショックが身体を貫いた。 

なんとせいの戒名ではないか・・?? 
なんの為にわたしの位牌を? 
戒名をなぜ知っている? 

疑問が押し寄せた。

たま子は位牌を前に頭を下げ手を合せ、小さくつぶやいている。 

「許して下さい・・」を繰り返しているのだ。 

ゆるして下さい? 
だれに? 
どうしてこの子が?

あまりの驚きに、せいは我を忘れていたが、暫くして大急ぎでたま子の脳幹に入った。
するとどうだ、外見の表面上は平凡なたま子だが、その性質は、せいなどとても及ばない持主であることが分った。
すなわち知性.教養.洞察.沈思 それに人間として一番大切な慈愛(慈心.大悲)あふれた女子だったのだ。

1時間後、たま子の心をすっかり読み解いたせいは、虚脱状態でそうろうとして吉田家を離れた。 

このたま子だけは、責めるのはやめよう と思った。 

たま子の心はこうだ。
平和であるべき誠一とせいの中に、自分が心ならずも入りこみ、あまつさえ鋭一という子供まで成した女。 それを知ったせいを、自殺にまで追いやり人倫の道に背いた業.罪深い女。 せいの心を忖度し、日夜悔恨にさいなまれ、許されないだろうがせめて自分だけでも供養を と思い定めた。
せいの実家、役所家に昔から出入りしている仏壇店を探し、せいの戒名を知り、家人に内緒で別の店で位牌を造り、今日持ち帰った所だ。
昨年夏から吉田家に起る災厄の数々は、全て自分が原因で引き起こしている、と賢く冷静なたま子は洞察して、懺悔の心は日夜自分を責め続けているようだ。


もうこの子だけはそっとしておいてやろう。



いよいよ、最終章へと続く

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