應其

高野應其(たかのおうご)のエッセイと小説。

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海外旅行3

  オ-ロラを観に行こう

この一両年、オ-ロラの当り年だと聞いて1月下旬、女房殿とカナダのオ-ロラ観測(--出るか出ないか分らないから観賞とは言わないらしい--)ツア-に参加した。

旅行会社に申し込むと、出発の1ヶ月前にツア-についてのオリエンティ-ションがあるという。いつも参加している一般ツア-と違い、極寒の世界を旅するだけあって「まァご大層なこと」と思ったが聞きにいった。

なんと当日100人ぐらい収容できる会場は満杯。勿論それぞれ出発日が異なるし、旅行会社1社だけでこれだけ集る。全国にエ-ジェントが3万4千社あるらしいから、これらが募集する日本からのツア-客は大変な数になるだろう。この旅行社だけでほぼ毎日出発しているが、それでも1月~4月まで既にほぼ満杯らしい。いやはやオ-ロラブ-ムは聞きしに勝る。

それはさておき、集ったのはほとんどが女性、40~50歳台が圧倒的に多いが、若い女性も結構いる。それに引き換え、男はなんとたったの5人、それも20才台が1人、あとは60才以上か? 

さて主催者の説明が始った。
観測場所は3コ-スあり、フィンランド行きと、カナダ.バンク-バ-経由して三方向に別れるコ-ス、ビデオ観賞のあと諸々の注意を受けた。
「いずれも零下60度になる場合もある。いま皆が使っているカメラ.ビデオの類はダメ、電池の消耗と結露でメカが全てオシャカになる、昔昔の骨とう品のようなすべて手動式が可、メガネのフレ-ムも鉄の縁であれば耳の皮膚とくっついて凍傷を起す、目ざし帽を用意しろ」等々。

要するに私達小学生のころよく聞いた、寒い満州の人達は冬、小便もウンコも排せつと同時に凍って取れなくなるので、いつもカナ鎚をぶら下げていると聞いて、それを純真無垢な私は高校生ごろまで信じていたが、それに類するほどオドシまくる。「--血圧の高い人、高齢者で持病のある人は行くなと制限しないが、自己責任、お気をつけてどうぞ--」と、可愛げがない。

3つの選択、三方向のうちもっとも寒さが厳しくなくしかも好きな温泉があり、ユ-コン州のホワイトホ-スという処に決めた。米国アラスカ州の近くである。
3日連続して夜10時すぎから翌朝2時ごろまで観測すれば、観られる確率は90%だという。要するに1日だけでは30%余りの確率だ。
 反対に折角手間ひまかけて行き、3日かかっても見られなかった10%の人は、運の悪い人ということになる。
スキ-や冬山登山など他の目的がmeinで、ついでにオ-ロラ観測も・・なら諦めもつくが、オ-ロラだけが目的で酷寒の地に行ってダメとなれば・・・まァそれも仕方ないか、イコイコということになった。

添乗員が付かない安物ツア-だから現地集合。心細い2人旅、バンク-バ-で入国。乗継いで下界は重畳たる氷河と雪の冠ったアラスカを飛び、カナダ・ユ-コン州の州都、ホワイトホ-スの雪で真っ白な空港に無事着いた。

州の人口たった34千人、しかもこのうち、なんとこの町に80%ちかい人が住んでいるらしい。

現地に着いてガイドに合って迎えのバスに乗って、初めて17人の団体と判った。しかも驚いたことに男性は私1人である。けっこう20~30才台の若い女性が半数近くいる。勿論オンナでなくなったような人も混じっていたが・・。昔風にいえば、「より取り見取り女護が島に上陸したような」との形容となるが、当日の女性群、面くいの私の好みからして1人を除いて、ゼニくれても・・・失礼!

空港からバスでホテルに、ガイドはSUGIHALAというコテコテの大阪弁のおニイちゃん(あとで聞くと寝屋川出身とか)諸注意のあと、
「オ-ロラはテレビや映画で観るような、皆さんの頭にイメ-ジしている、あんなキレイで鮮やかなンは、めったにお目にかかれへん、出会えば幸運と思うてほしいわ」と、着いた途端、のっけから失望させるようなことを言う。


--観測初日--

ホテルのロビ-は別口のツア-客(2日前に名古屋から来た70人余)でごった返している。早速、誰彼となく声をかけて、2日間でオ-ロラを見たかと聞く。すると最初の夜、なんと帰りのバスの中で見えだしたので、バスが停まってくれてすばらしいのを観た、ゆうべは全然ダメ、今夜は最後の夜、でも初日に観たので満足、と異口同音。

中に北欧やアラスカに3回も行って1度も見えなかったという、76才の運に見放された剛のおばアさんもいるし、毎年観に行くというマニアもいる。それが全部女性だ。どうも女はヒカリものに惹かれるか?

さて夜の10時半、帽子.フード付き防寒コート.ズボン.靴.手袋、現地の気候に合っう一切をレンタル。身に着けると昔、テレビニユースでよく見た南極観測隊の姿になった。すべて羽毛製で案外、外観に比べ身のこなしが楽だ。そのみの虫のような格好にカメラを抱えて、いざ出陣。

オーロラとは?
 ガイドブックやビデオ説明を要約すると、太陽の表面から常にガスを発しており、それを太陽風といい、陽イオンと電子を含んでいて、そのフレアが何百時間か後に地球に近づくと、南北両極の磁力に吸い寄せられ放電する。これをオーロラと呼ぶんだとさ。
色はほとんど緑泊色、これは酸素原子の発光によるもので、赤いオーロラは稀に見えるらしい。これは太陽風が地球を取巻く酸素原子のアルゴンと接触して高度の地点で発光、時々緑白色と薄茶のヒダが見られるが、これは中性窒素分子による。
形はまず、緑白色の一本の帯から始まり、時間が経つにつれ、この帯が動き初め、動くカーテンを作り、あとは様々に形が変っていき、一度も同じものはない。とまァガイドも、出発まえに聞いたのと似たようなことを喋っているうちに町を離れ、バスは丘陵を登って行く。途中から街灯は全て消している。

着いた処がタッキ-ニという温泉場、レストランが併設され、コ-ヒ-紅茶クッキー等は無料、ただしビールは5$(400円)。
まず温泉に直行。ホテルを出るとき混浴と聞いた。水着を着けているとはいえ混浴。17名中男1人、気恥ずかしさで億劫であったが杞憂に終った。それは我々の集団以外、他のツアー客に男性がいっぱいいるうえ、レストランも含めすべて灯を消して真っ暗闇。50メートル程のでかいプールをだ円形にしたように広い浴場。
空は晴れ渡って満天の星、「降る星の如く」の表現を実感、また星が大きい。大平洋戦争の当時、灯火管制で星以外、灯が消えた時代を思い出した程感激。

さてオーロラ。ガイドが目をこらして空を眺めるがなかなか出ない。オーロラは今夜も機嫌が悪いか。40°の湯はぬるい。
風呂から上がって地ビールを飲む、うまい。当たり前だ、何万年も昔の氷河の溶けた水が原料のビ-ルだから、と言う触込み。 ほんま?
完全武装して外へ出るが、温泉に入ったからか躯がシンから暖まって全然寒くない。それに旅行まえにオドシまくられたが、本日零下10度の寒気は大したことはない。これなら出発前、北海道釧路の-25度のほうが余程ひどい。いずれにしても冷えが厳しくないのが有り難い。

12時を回ったころ、南の稜線がぼう-と浅黄色に少し明るく見えた。ガイドはあれがオ-ロラだと言う。
「ん? なんやショボクレて、もっとどど-んと景気よう出んのか」と腹の中で毒づくが、ガイドはしきりに「今夜は有望」なんて気を持たせる。が、それ以上の変化はない。皆も拍子抜けしてレストランに入る。こちらも続いて、しきりに地ビ-ルで腹を冷やす。そして出たり入ったりしていたが、時計をみるといつの間にか1時半が過ぎている。2時にはバスが迎えに来る。今夜はにぶ-いオ-ロラもどきを見て満足するか、と思った。
ところが2時前頃から浅黄色の火柱のようなオ-ロラが景気よく上がり始めた。あちこち散らばっている見物客がうお-と一斉に感動の声。温泉の中からも聞こえる。

西から南へ虹のように架けるのやら、火柱やら、カ-テンのゆらめきやら賑やかだ。今夜のオ-ロラは誰かさんのように、ヘンコで嫌みな奴ちゃ、帰るころになって出てくるとは。写るかどうか分らないが写真を撮りまくる。

ところでオ-ロラを見ていて奇妙な現象に気が付いた。飛行雲と同じように暫くすると線が崩れる。不思議なのは雲と違って、その一点を見詰めると途端に消えてしまう。しかし線は繋がっている。目の焦点を一ケ所に合す、消える、何度やっても同じだ。
この現象はオ-ロラの粒子が、猛烈な早さで動いているからだという。丁度街の中で見る電工ニユ-スは、文字が連続して流れているように見えるが、実際は電球の1つ1つが点滅しているに過ぎないのと、同じような理屈だそうだ。
迎えのバスが来た。心を残して乗込んだが、運転手とガイドが話し合い、ユ-コン川のほとりの駐車場に途中停車、下車させての観賞サービス。
天空を、山の稜線を自在に乱舞する、すばらしいオ-ロラの狂宴に酔った。とくに左から右へ風に吹かれるように、ゆらゆら移動して行くカーテン状のオ-ロラは感動(imprssion)そのものだ。
しかし感動ばかりでなく、印象的で笑ったのは、虹のように空架けるオ-ロラのその下、墨絵のような山の稜線の上に、舟形の、その船に乗って立ち登る数本のオ-ロラ、ちょうど温泉マ-クのようである。横にいた女房どのに「昔風にいうと、連れ込みホテルのネオンみたいや」と言ったら、雪とオ-ロラの照り返しで明るい夜目に、にやっと笑った顔が写った。
お国を出てから手間ひま掛けて、極北まで来てよかった。ホテルに帰ったら朝の4時まえであった。


--観測2日目--
やはり夜10時半集合、今夜は我々17人の他に別口の男性2人が相乗りしている。昨日と違って静かなものだ。
昨夜(今朝がた)帰り間際に見せてくれた元気ハツラツのオ-ロラで、今日は大変気が軽い。
不思議なもので3日間のうち、初日に見たのと見えなかったのとでは気持のうえで大きな違いだ。一度は見て目的を達したのだからあと2日見えなくてもかまわない、そんな気持になる。これが2日間とも見えなかったりすると、今夜もダメかと自分自身にプレッシャ-がかかって目(肩)に力はいるゼェ。
2日目の夜は全然出ていらっしゃらなかった。飲む以外することもなく、若い女性グル-プにビ-ルおじさんの異名を貰っただけであった。


--観測3日目--
結論からいうと現れた。それも半パじゃない。ガイドが「こんなすばらしい現象は滅多にみられへん」と、うならせるほど。
2001.年初オ-ロラの大売り出し、大バ-ゲンセ-ル、模様替え、店じまいセ-ル、まさか?とにかく大盤振舞い。

おとといの夜ので感激したが、その10倍ほどの乱舞である。それも観測現場に行く途中からの早生れだ。バスの中は賑やか、みな満足そう。

観測所である温泉場に着いた時は既に、飛行雲のようなオ-ロラが山の稜線から天空を架けてクッキリと見える。西も南も東もすべて各々勝手に花火のように立ちのぼっている。初日の夜、くっきり見えた星もオ-ロラの光粒で、ガスがかかったようにぼやけている。カ-テン様のが右から左へゆらめきながら動いて行く。女性のスカ-トのフレア-のようなのが紅い色を付けている、紫に変る。浅黄いろもある。絵書きが刷毛で掃いたようなのもある。
カ-テン状の一番下の部分で地表40kmという。シユ-ルなイラストが表れては消える。壮大な自然が創りだす最高の芸術、パンフにも書いていたが「超絶的な光景」とはうまい表現だ。

極北の空いちめんをキャンバスに、宇宙からやって来た自然という芸術家が、二度と復元されない最高の絵を描き続けている。今夜心の底から自然の超限的な偉大さに魂の震えを覚えた。  来てよかった。


 風変わりな連中

世の中には変わった人たちが居るものだ。もちろん「風変わりな」とは、こちら側からみてそう思うだけで、相手は別に変わっているつもりも意識もないだろうが・・・
先にも書いたが最後の夜、観にいった我々のツア-グル-プと別に群馬県から来たという30才前後の男性二人づれがバスに混じった。
われわれは3夜の見学だが、彼らは昨夜と今夜の2日間だけという。ゆうべはカケラも見えなかったから、最後の今夜に期待しているのだろう。幸い今夜は登っていくバスの中から、既にド派手に現れていたからこの二人、さぞや感激して天向いていると思ったが・・・

皆は大急ぎでそれぞれ用意した防寒具を身につけ、カメラと共に外へ飛び出す。わたしもいったん外にでたが、カメラの三脚を取りにレストランのなかへ引き返した。すると室内のとぼしい明りを頼りになんとこの二人、周りの喧噪をよそに別々のテーブルに座って文庫本を読んでいる。一瞬 ケッタイな連中、と思ったが、こちらはいっときも惜しんで外に飛び出した。

オ-ロラの発光がはじまると観測場周辺の街灯は勿論、周りに点在する民家も明りを全部消して観賞者に協力してくれる。だから外は黒ぐろした木々や建物が発色をくり出す空と対になり夢幻の世界へいざなう。
しかし30分もするとオ-ロラの酔いと疲れを感じ、癒しに思いおもいレストランの中にはいる。すると先程の男二人は、相変わらず同じ場所で同じ姿勢のまま乏しい灯の許で読書に余念がない。他の観賞者も奇異に感じるのか、胡散くさそうにじろじろ眺めて再び出ていく。それからも数回レストランを出入りしたが姿勢を崩さず読書ざんまい、通りすがりにちらと本を覗くと小説のようだ。現地ガイドも「今夜のようなオ-ロラは年に数回程度しか現れないほど素晴らしい」と感動した声音で呟いているのに。
はるばるニッポン国から北極のはてに来て、大自然が織りなすオ-ロラの演出を見ようともしないで・・・とうとう迎えのバスがくるまで読書していた。
 例えは悪いが裸踊りを観るため高い入場料を払い、ストリップ劇場にやってきて、特等席のカブリつきで新聞の株式欄に熱中しているような連中に見えた。

それに帰りのバス、オ-ロラの乱舞を心ゆくまで堪能させるためか、我々の初日の夜のようにまた途中停車し、約20分ほど降ろしてくれた。そのときも皆が空を眺めてそれぞれの感慨を小声で話し合い、名残りを惜しんでいたが。
しかしくだんの二人だけは少し離れた雪の盛り上がったところで小学生のように、しきりにタイ式ボクシングの真似事をしながら奇声を発し、ふざけ合っていた。




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