應其

高野應其(たかのおうご)のエッセイと小説。

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酒の肴になる男(3)

  寝巻き(その後のSさん)

年末、中旬過ぎ、Sさん3日続けて無断欠勤した。

幾ら注意しても数カ月に1回程度、1日位は連絡なく休むことがあったが、3日連続は初めてであった。
自宅へ電話したが、奥さん素ッけなく「知らない」とのこと。
自分の夫が数日も行方不明なら、二児の母親として、当然心配して会社へ駆けつけてくるのが当たり前と思う反面、日頃の夫婦仲、あまり良くないことを直接.間接、聞いていたので皆は変に騒ぎたてはしなかった。

しかし特段の担当顧客を持ってはいなかったが、何しろ顔の広いSさん、暇さえあれば旧来の得意先や知人を訪ねていたので、金を扱う職業柄、疑心暗鬼で余計な心配する者も居た。
彼の行方、心当りを探すと同時に、全ての取引先をチエックするが別状なし。
すると4日目、彼から私に電話が入って会いたいとのこと。 早速部下のO君と、彼の告げた尼崎の文化アパ-トを訪ねた。 

2階建てぼろアパ-トの端で、西日のよく当る赤茶けた6帖1間と小さい台所だけ、家財はほとんどなく隅にある鏡台が奇妙に大きく見えた。 だが部屋は清潔に片づいており、女性1人の住まいとみた。
その部屋の真ん中の置き炬燵に、彼はワイシャツの上から、赤い女物毛糸のセ-タ-をはおっていた。 

「どうした?」

「へえ」 

何とも、うらぶれた風情である。
かいつまんだ話では、初旬に出た冬のボ-ナスを、年末最後の運だめしと競輪場へ、土日2日間で大半スッてしまい、残りを十三のバ-でオダ上げて、全部使い果たした揚句自宅へ午前様。 派手な夜中の大げんか、ワイシャツ姿の着のみ着のまま、家を飛び出し此処へ転がり込んだとのこと。

「ここは?」

「わしのコレですねん」と小指を立てる。

「いつからの関係や?」三ヶ月前からと言う。

「どうする積もりや」

 その時、買物に出ていたこの部屋の女性が帰ってきた。
歳の頃23~7、小柄、おかっぱ頭で色は白いが、取り立てて特長のない平凡な容姿である。 
早速お茶を出してくれたが感じがよく、礼儀正しい印象が残った。
全員座る場所もない。 外へ出て話そうと言うと、着るものが無いのでここから出られない、最初転がり込んだ時のままなので、外の風が冷たくて、あれから一歩も外へ出ていないと言う。
仕方が無いので、O君のオ-バ-を彼に貸し3人は近くの喫茶店に行った。
「今の女、M子言います」と言って女性の経歴を話した。
24才、T県出身、4年前大阪に出て来て短大へ通い乍ら、アルバイトで夜バ-に勤め、学校を出てもそのまま大阪に居着いた。 男と同棲生活も一度経験している。 3ヶ月前、飛び込んだ十三のスナックで知り合ったとのこと。 
取り止めの無い話が続いて、落ち着いた頃、彼は

「お宅ら、わし、アホに見えまっしゃろ、自分も心底そない思いますわ。自分でも判らん、どうしようもない気持に付き動かされ、アホ やりますねん。
35才過ぎたら同じ人の親でも、もうちょっと大人にならなあかんこと、よう判っとります。しかし、いつもその場になると反対の方に動いてしまうんです」

「厳しいが男の責任てものがあろうが!」

「それもよう判っとります。しかし今、家へ帰るつもりありまへん、ヨメは自立心強うて、今のマンションから一戸建て庭付きの家に移るのが夢で、生活力あるんですわ、金も貯めとるようです。自分の責任は感じますが今の処、あんな冷たい家庭に帰る気ありまへん」

いろいろ説教するが同じ繰り返し。ふと別の想念がよぎったので聞いてみた。

「ところで、今の女性のどこに惚れた?」

 すると彼は、いきいきした表情になり 「気立てです」すぐに言った。 

「情が細やかで、よう気が付いて優しゆうて出しゃばらず、清潔です。あんな不細工な顔してるからか権つくばらず、わしを時には小さい頃の母親のような気にさせてくれる女です」 
うっすらと目に涙を引いて窓外の師走を見ていた。

「それに比べ、あのヨメは成る程べっぴんには違いないし頭もええ、弁もたつ、キッチリしとる、ワシなんかには勿体無い女です。 しかし潤いが無いんです、スキが無うて息が詰まるんです」

「色柄の分らん程、洗い曝したヨレヨレの寝巻きを毎晩見せられると、なんぼわしでも気力萎えてきます。 その点、今のM子、色っぽいネグリジェ着てええ匂いつけてくれるから、何杯もお代わりできまっせェ」
「朝、顔洗うとき、うしろからさっと両袖持って濡れんように気使うてくれるし、手拭いもすぐ渡してくれて・・女は気立て第一、顔や頭だけやおまへんわ」

「わかった、のろけと女の品定めはそのくらいにして、会社はどうする?」

「えらい迷惑かけて済んません、すぐ退職願い出しますわ、気持の整理がついたら必ず挨拶に参上します。 くれぐれも皆さんに宜しうお伝え下さい」。

しあわせ薄そうなM子の顔をちらと脳裏に浮かべながら、最後に椅子から腰を上げるとき私は、
「ところで奥さんへの借金はどうした?」

「ああ あれね、あれだけは夜を日に継いで、家を飛び出すまえ利息も含め完済しました」

と、破顔一笑、さばさばした表情を見せた。



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