應其

高野應其(たかのおうご)のエッセイと小説。

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よねぞうの死45〔第六章〕・わな5

わな5


 その夜、所氏なじみの新橋の、関西料理を売りにしている料理屋で飲食した。
 
あまり酒に強くない誠一だが、聞き上手の相手から奨められ、だんだんと興に乗り、今年冬、別居中の妻と離婚したが、すぐ再婚したいきさつ等饒舌になってすっかり出来上がっていく。(前妻の自殺と、愛人であったいまの妻の関係は伏せて)。

つぎに銀座資生堂裏のバ-に入った。
そこに所氏の知り合いと称する、K興業の専務竹内弘という60才前後の人物と、その部下2人に引き合わされた。 

美人たちにも囲まれ『テレビにも出る学者先生』とおだてられ、とくに右隣に坐った、髪の長い目の大きい美人をいたく気に入り、誠一はいつにも増して羽目をはずしていった。

日付けが変る頃、予約しておいたホテル名を、ろれつの回りにくい舌で運転手に告げたまでは覚えている。


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よねぞうの死44〔第六章〕・わな4

わな4


 3年前の秋、京都で私立も含めた全国大学の○○総会が開かれた。
そのとき誠一も、地元大学で奉職している関係上、一つの分科会の世話人を受け持たされた。 
そしてその時、TK大学の講師も兼務するW大学の客員教授の所勝三と知り合った。 3日間の日程で開かれた会が終ったときは、らい落そうな所氏と親しくなっていた。 最後の晩、京都円山公園内の料亭に案内し接待する。
京料理とそのもてなしに、いたく感激した所は「今度は東京へ来られたらぜひお返ししたい」と云った。 

それから半年ほど経ち、ある政府省庁の設置した、大学改革等委員会と称する委員として出席したとき、偶然隣席に所氏がいた。 それを機会に、今では上京するごとに所氏と連絡を取り合い、接触する仲になっている。
昨年3月初め、ある省庁の研究補助金査定の参考人として、諮問会に出席するため上京した。

 誠一をここ数カ月悩ました前妻が、離婚と同時に自殺したが、永い間の家庭内紛にケリがつき、心の底からほっとした気分でいる。 

一時せいの自殺を知ったとき、誠一は仰天したが(せいの親は世間体をつくろう為か、関係機関にうまく手を回し、病死として届け葬った)。

これで誠一は、己の上り坂の名声が陰ることなく助かったし、晴れてたま子と実子を入籍でき、なにもかもうまく運んで満足している日々だ。

余裕のある気持が目的会議の2日前に、誠一を新幹線に乗せた。
 

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よねぞうの死43〔第六章〕・わな3

わな3


 せいは報復といっても単純な、例えば交通事故のような一回限りで、目的の終るような復讐は最初から考えなかった。 相手は生きている限り、挫折や悔恨.懊悩.心身の痛みを、休み無く与えるのだ。

昨年夏、せいは元夫にある謀を仕掛けておいた。 その結果は?

 少壮の法学者として、政府機関関係のある法務研究委員会に名をつらねたり、公的機関の顧問やテレビなどのコメンテイタ-として、いま売り出し中の元夫の名を、間接的に貶めることから始めるのだ。 せいは誠一の家に急いだ。

その夕刻 誠一は家の近くの喫茶店で、東京警視庁から来た捜査官二人を前に話し込んでいた。 中味は事情聴取である。

事件は今年に入って、東京のW大学他で数年前から起っていた、国公機関からの研究費等補助金を巡って、業者等からの長期で大がかりな贈収賄である。

この事件は新聞テレビ等で報じられ、その渦中に数年前から知り合った、所勝三という人物の名前が、取りざたされていたから誠一は大いに関心をもち、ある程度概略は知っていた。 

事前に連絡があったとはいえ、刑事たちの今日突然の接見にとまどいと、かすかな不安感がない混じり、内心落ち着かなくしている。
しかし新聞等の報じている限りでは、この事件は渦中にある所氏や関係者と知り合う以前のもので、誠一との直接関係やからみも無し・・ ただ一つ小さいが気がかりと云えば・・・

それは渦中の所氏に取り持たれ、東京で深い関係になった女性が居ることだ。これがこれからの事件の進展によって自分とどう係わってくるのか・・・


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よねぞうの死42〔第六章〕・わな2

わな2


 誠一と結婚したのはせいが22才のとき、いま振り返ってみても穏やかな15年の歳月だった、と思う。 
表面おだやかな性格と、時が経つにつれ法曹界では頭脳明せきな少壮学者として認知され初めた誠一、名前にも誠実を表す一字を持った夫をせいは、全幅の信頼をおき心から深く愛していた。  

 それが一転、発覚したときの夫の 非はおまえにある、と人変りしたように激しく云い募る、それも精緻な論理まで交えた言動と表情、その落差の大きさは、あまりにもショックが強く、暫く精神的に立ち直れないほどであった。

浮気、そして子供までつくっていた5年あまり、その片鱗さえ見せない完璧な二重生活を、察知できなかった愚かな己のうかつさも倍加して、前夫に怨念をたぎらせたのだ。

せいは彼岸で、阿修羅の世界に迷いこんで来たような、淡白なよねぞうと所帯を持った。 しかし表面纏綿(てんめん)とした新婚生活を装いながら、復讐心は片時も忘れるどころか、いや増していた。

さすが阿修羅の世界だ。 住んで暫くして知ったのは、なんと怨念の持続.習得倍加を目的とした、いろんな学習塾や、予備校めいたのが幾つもあるのには驚いた。
そこは前述した瞋に(しんに)の世界に身を浸し、怨念.復讐の鋭敏さとその方法を会得することであり、その習得に通うのは、俗世で様々な過去と体験を持つ人々らしい。


せいはよねぞうに気取られないよう、細心の注意を払いながら、時々家を留守にして、その一つの塾(サ-クルといってもいい)に参加し研鑽に励んだ。 


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よねぞうの死41〔第六章〕・わな1

わな1


 元夫の父母である吉田太一郎夫妻の現状を、念力で観察し見届けたせいが次に向ったのは、誠一夫婦の住む左京区である。 

そこは聖護院の近く、東大路通りを東に入った近衛町にある。 旧い屋敷町の並ぶ裏手に鉄筋三階建ての低層マンション、その3階3LDKが今の住まいだ。
誠一の勤め先K大学も歩いて10分あまり、閑静な処だ。
せいと夫婦で住んでいた上京区京都御所の北.同志社裏の木造住宅を売り、半年前からここに住んでいる。

せいの怨念と復讐心をたぎらせるのは、夫誠一とその実父母に対してである。

いま誠一の妻になっているたま子は、福知山の農家の出身で、せいから見て平凡で容姿も取りたてて良いとは言えない、まあ自分より若い普通の女性だ。

本来なら自分の夫を誘惑し、子供まで成した相手の女に嫉妬の炎をたぎらせ復讐するのが憤怒のはけ口だし 家庭を崩壊に追い込んだ相手の女性を憎む感情は当然あった。 

しかし、それにも増してたま子を誘惑し、積極的にリ-ドしたと云う誠一のほうは許せなかった。 許せない例えに使う『共に天をいだかず』は、あの世にいったせいには皮肉にも、通じないのだ。 
いま妻になっているたま子や子供は、後回しだと思っている。


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よねぞうの死40〔第六章〕・夫婦の病難

夫婦の病難


 太一郎はここ10年、軽い風邪をひく程度の健康体であり、最初2~3日もすれば平常に戻るだろうと思っていた。 高熱は3日ほどで平熱に戻ったが、この日を境に その夜からそのまま長く寝込む羽目になる。
躯がだるく気力が衰え、常に何かの不安にかられ軽い鬱状を意識し、何もする気が起こらなくなった。 


秋の半ばを過ぎても心の病状ははかばかしくなかった。
太一郎は30才すぎから盆栽にこり、庭には展示会入賞のある幾鉢かも含めて100鉢以上(特に松柏もの)が並んで、手入れするのが生き甲斐のような毎日であった。 それがあの日を境にどんどん興味が薄れていった。
趣味の愛好者でつくっている会にも出席せず、床に着く日が続いた。 年末には数鉢を残して、手入れの出来ない盆栽を惜し気も無く同好の人々に譲った。中には銘木で数十万円もする鉢もあったが・・・

 年が明けても病状は変らず、息子誠一のツテでK病院で全身の精密検査を受けたが取り立てて異常は無かった。 
誠一は後日病院へ行き、各担当医に会い改めて聞いたが誰もが、原因所見の書きようがない、また精神神経科の医者も首をひねっていた と云う。


それより別に、同時進行で妻のほうにも大変心配ごとが起きていた。

妻華子も太一郎同様、日ごろ医者知らずの健康体で、ここ数年市保健所からの通知の無料検診さえ受けていなかった。 
病院へ夫のつき添いで行ったとき、せっかく来たのだからと誠一や周りの医者に奨められ、循環器系や婦人病の多い箇所の検査を受けた。

その検査の結果が1週間後にもたらされた。

 「右の乳房の裏に異物の疑いあり」との所見。

 あわててもっと精密検査をすることになった。
最初マンモグラフィ-では分らなかったが、ヴェテランの医者の触診と、生検で判った。 癌であった。

幸い華子の癌巣は小さく手術は成功し、いま抗癌剤での治療は続行中で、担当医は大丈夫と云ってくれているが・・


過去十数年、これといった事故事件なく平穏な日々が続いたが、あの水難事故から半年あまり、夫の原因不明の病いはだんだんと悪化しているのが分る。 そのうえ自分までもが、再発の不安を押し殺して生きるつらさが日々さいなむ。 度重なる陰うつな不幸が、いつか夫婦の気を滅入らせ、暗い生活が過ぎて行く。 なにかの祟りだろうか?


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よねぞうの死39〔第六章〕・水難4

水難4


 後ろから不意打ちをくらった老夫婦は前のめりに押され、川中の孫は仰向けに押し倒され、瞬時に見えなくなった。

今までの清流があっという間に真っ黒い泥水に変り、氷のように冷たく渦を巻き、音を立てて周りのものを押し流していく。 それでも太一郎はすばやく起き上がり、うつ伏せに倒れた妻の手を強く引き立上がらせ、中州の高みに移るよう命じた。
増水の嵩はたいしたことはないが激流だ。

 しっかり立っておれッ 

と妻に言いおいて、目の前から居なくなった孫の鋭一を血眼で探す。
30メ-トルほど下流をチラッと白いものが見えた。 鋭一のパンツと直感した太一郎は黒い濁流に飛び込んだ。 

ものすごい勢いで下流に流されながらも、少し泳いだ所で流れに逆らって立って見る。 胸元までの水嵩、目の前に泥水は渦を巻き氷のように冷たい。

宇治川と違って支流の山科川は、川幅の狭いぶんだけ浅深の差が大きい。 狂ったように太一郎は再び下流を目指す。 そのとき脚が砂地に着いた。 立上がる。 ここは膝までの深さだ。 下流に目をこらす。 すると20メ-トルほど下にまた白いものがチラと見え、小さなシブキの上がるのが見えた。

太一郎は大声をあげ突進する。 再び川底が深くなったところで、やっと鋭一に追い付いた。 手を伸して孫の躯を引き寄せる。
とたん鋭一は無意識に必死に祖父の体にしがみついた。 一瞬太一郎は自分の衣服のまといつきと、孫の体の重みで川底に沈み込む。 あわてた太一郎はその時大量の泥水を呑み込んだ。
やっと孫を抱き浮き上がったが、今度は両腕を祖父の首に、渾身の力でしがみつき救助者の体の自由を奪う。 太一郎は何回も大きく泥水を呑む。
それでも少しづつ岸辺に近づき、護岸ブロックの切れ目に辿り着いたときは、力の尽きる寸前であった。 

 鋭一も大量の水を呑んでいたが、川の中で祖父にしがみついたとき、強く抱き込まれ、そのため腹部を圧迫し、幸いその拍子に泥水をほとんど吐き出していた。

妻の華子は中州の小高い草むらの大石に乗り、無事であった。

岸辺にいた人々が、三人の危難を見てすぐ救護所に連絡してくれ、病院に運ばれた。


  祖父と孫が救急病院へ運ばれ、泥水を呑んだ胃の洗滌措置を受けた。
孫の鋭一は様子見のためそのまま入院したが、太一郎は水の事故を引き起こし、病院に担ぎこまれたことを老人らしい失態と、世間体を気にしその日の内に自宅へ帰った。 ところがその晩遅く高熱を発し、あわてて近くのかかりつけの医者に来診を乞い、解熱の処置を受けた。



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よねぞうの死38〔第六章〕・水難3

水難3


昨年 盆の過ぎた8月の下旬の午後太一郎夫婦が、夏休みで遊びに来ていた幼稚園児の孫の鋭一を川遊びに連れ出した。
家の近くに桃山.宇治川と合流する少し上手の山科川へ。 
川の中程に小高い堆積の石磧によもぎの茂った小さな中州がある。 そこへ大人の膝までの水かさを歩いて渡った。 まだ真夏の陽射しを残した空はくっきりと晴れている。 
祖父母二人は磧に坐り、孫は白いパンツの水着、足首までゆるやかな水の中に入り、川を背にして祖父母にしきりにふざけて水をかけ、その都度3人は喚声をあげる。 中州の周りにも何組かのの親子づれが見られた。
暫くして太一郎は遠く東山の方で雷鳴と稲光りを見たが、あまりに鋭一が喜びはしゃぎ自分たちも愉快なので、気にせず孫の相手に夢中になっていた。
3人は時間の経つのも忘れ、気がつくともう4時前。 周りの人たちはほとんど引き揚げ、中州には自分たちだけになっていた。 
そろそろ帰ろうかと思案したとき突然、ごう音と共に50cmほどの鉄砲水が現れた。 一瞬の出来ごと。


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よねぞうの死37〔第六章〕・水難2

水難2


 JR奈良線の桃山駅で降り、寺の角を曲って暫く歩くと小学校の近くに旧家の家並が見えた。
その中でも築地を巡らせ風格のある堂々とした門構えの邸、表札に吉田太一郎とある。 
横のくぐり戸の上にも太一郎.華子、と妻の名前を並記した横札がかかり、この家の住まい人を表示してある。
せいは死ぬ前まで、何度も出入りしたその門の前を通り過ぎ、横道に入りじっと目をつむり念を集中させ邸内の様子を探る。 

幾つもの部屋の奥。
主の太一郎は、息子誠一のコネでK病院からやって来て、かかりつけとなった医者の診断を受けている。 側に妻の華子が心配そうにその医者と、夫を交互に見つめている。
ふとんの上で横臥した太一郎、これが昨年までの義父かと驚くほど病み衰え、上半身をさらけた胸は、骨とたるんだ皺の醜い姿をあらわにしている。

医者はいつもの注射を打ちながら、額の立皺を濃くした表情だが、
「まああまり変わりがないようです 食欲はないようですが、できるだけ精をつけて薬はかかさず飲んでください」
検診の終った医者は席を立った。 
医者の見送りから部屋に戻った妻は、病みほうけた夫に布団を直してやっている。 
どちらも無言だ。

その妻の華子も、せいのいた生前は、どちらかといえば太り気味であったのが、今は痩せて十才も歳をとったかと思われるほど老いて見える。 色の白かった顔が、今では手足も共に青黒く、頭は黒いベレ-のような帽子をかぶっている。
 


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よねぞうの死36〔第六章〕・水難1

水難1

 役所せいが夫と別れて10時すぎ、父母の健在を確かめるため京都上賀茂の実家に着いた。
顔にめっきり皺の増えた父が、庭の一部をヒバ垣で囲った50坪程の菜園に畝をつくり、腰をおとして春の種まきをしている。 
母は春の陽射しを浴びて、枯れ山水の見える庭に面した縁側で、猫背になって趣味の刺繍に余念がない。 どちらもまあ平穏な様子。

安心したせいは、そのまま伏見桃山へ急いだ。 そこには生前別れた夫の生家がある。 
昨年の盆に来たとき、秘法を使ってある仕掛けをしてあったのを確認するためだ。 
夫はK大学法学部の気鋭の助教授で、人気が高く将来を嘱望されていた。
それがいつか、せいに隠れて教え子の女子学生と不倫のうえ、なんと5才程の男の子まで成していた。 それも偶然葵祭の群集の中に見つけて判った。
せいのような女が、迂闊といえばこれほど鈍なことはない。

それはさておき、せいの最も我慢できず許せないのは夫は当然として、その両親だ。 いつまでも日陰の子としておく積りはなかったはずだ。 いつか今の妻と別れるのを当然期待し、実現するのを待っていたに違い無い。


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よねぞうの死35〔第五章〕・墓詣り

墓詣り


 今日は彼岸の中日、朝10時すぎ、よねぞうは生前の自宅へ向った。

 少し雲のかかった春の空、蝶の舞う公園を横切り家に着いた。 
さぞや仏間は彼岸らしく、すっきりと飾ってくれてあると期待してきたが、不在のようで誰もいない。
無人の家の中に入った。 確かに仏壇には灯火台.献花台に季節の花や供物が上げられ、いつものしきたりに従った供えをしている。
よねぞうは暫くそれを眺めていた。
それから無人の家中を探索したが、ほとんど昨年夏と変っていない。 
居間の応接物や、壁の絵が少し変った程度だ。 
2階に上る。 源三郎の部屋の乱雑さは相変わらずだが、パソコンとその周辺機器類が倍増している。
再び階下に降り椅子に坐っていたが、ふと自分の墓の有様に興を起こし、北摂霊園に行く気を起こした。

おせいさんの時空泳を借りる訳にいかないので、テクテクと相当きつい山路を登る。 生前は車でしか見回ったことが無いから息が切れる。
カ-ブは多いが舗装されており、けっこう車の交叉がある。勝尾寺方面に行く車も多いのでヒッチハイクしたいが、残念ながら今は己の姿が人には見えずままならない。 それでも3時間余りかけて坂を登り切った。

霊園は大阪府が開発.茨木高原C.Cに隣接し、広さは甲子園球場の10倍以上あり、擂鉢状の地形に35年の歳月をかけて30萬墓を造る超大規模だ。
さすが彼岸の中日だけあって大勢の墓参者の姿が見える。 わたしの墓地は北の端、一番高いところにある。

自分の墓地に着いて驚いた。 なんと巻石だけだった墓地に黒御影の石塔が建てられ、その周りに元女房ドノや子供たち(源三郎.晶子.善二郎と孫の夏子)が手を合せ、各人が数珠をまさぐっている。 神妙な顔つきだ。
 
ヘ-エ 集まるとアホばっかり喋っている、うちの家族にもこんな姿があるんだと一驚すると共に胸が熱くなる。

 やっぱり詣ってくれていたんだ。

近寄って墓標を見る。 高さは周りの墓石と余り変らないが、やはり例の
「祥最名院偉闇変香居士」と彫られ、横に建立した年月日、それに長男鷹丸と女房ドノ(ヒミコ)の名前が並記され、女房は赤い信女(生前)だ。
イヤミヘンコは気に入らないが、まあ忘れずに墓石を建ててくれただけでもうれしい。 しかも皆で詣ってくれている姿。

よねぞうは暫く春の陽にふくらんだ山桜の蕾を眺め、またその眼を墓を取り巻く家族に移す。 
胸の内にひたす暖かい想い、せき上げてくる感情を必死に押えていた。




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よねぞうの死34〔第五章〕・移植患者巡り

移植患者巡り

 昨夏の経験から二人は要領も分っており、おせいさんの臓器移植を受けた人々の各地をスム-ズに巡った。

福島.東京.三重を廻りそして4人目の、この前は未だ循環器病センタ-に入院中だった神戸.灘の34才の女性患者は無事退院していた。 灘の家に行くと元の勤務先に復職しており、平穏に過ごしていることが判った。

明日は彼岸の中日という前日までに廻り終え、二人はいま大阪のRホテルに投宿している。

福島.郡山市の腎臓移植者は、なんと明日の春分の日に結婚することになっている。 相手は自衛隊員だという。 おせいさんは手放しで喜んだ。

同じ腎臓移植を受けた東京の女性は、昨年おせいさんが予想したとおり、予後の不摂生から腎臓を悪化させ入院中、それも重症とのこと。 その日中よねぞうが話し掛けてもおせいさんは鬱として機嫌が悪かった。

三重の津市で自宅療養していた主婦は健常者に戻り、明るい家庭を取り戻しているらし。 確か役場という姓やったなあ!と、よねぞうがいうと、
「よく調べると やはりわたしの遠縁になるらしいわ」
おせいさんは遠くを見るような目でつぶやいた。

「明日は彼岸の中日だから、それぞれの家で過ごしましょう。 あなたは自宅へ帰ってくれていいわ そして2~3日自由にして」

「あんたは?」

おせいさんは京都の父母に会いに行くと云う。
よねぞうは別に異存がある訳ではないが、できればおせいさんと一緒に行動したい気が動く。(何処へ行って何をするにもなにかと便利だ、一緒になって今では小さいことでも指示されるのに慣れていた)
だからいっしょに と云いかけたが、甲斐性ナシと云われるのを怖れて口を噤んだ。


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よねぞうの死33〔第五章〕・よねぞうの考えごと4

よねぞうの考えごと4


 案の定、その晩ベッドに入ったとき、おせいさんが頭をよねぞうの胸に載せ、彼岸にあちらへ行きましょうと云った。

「去年の秋の彼岸に行かんかったやないか なんで春やねん?すぐ盆くるでェ」

「もう半年以上経ってるし あなたも家族に会いたいと思うので・・」

「おれ べつに・・」

「前にも行くときに聞くといまと同じ返事やったわね 薄情もの・・」

言葉は柔らかいが、非難する因を含んでいる。
前世の妻や家族に積極的に会おうとしない返事に、今度はなじる言葉を口にする。 昨年夏わたしが、自宅に寄って来ると云ったときは不機嫌そうな態だった。 
時と場合で表現や態度を変える 変なヤツ・・
どちらでもエエけど・・と云うと、くるりと躯を回し、頭でよねぞうのアゴを押し上げ じゃあ一緒に行くわね と念を押す。 
あまり気乗りしない調子で、わたしは ああ と云った。
 
彼岸・・・波羅密多・「彼岸に到る」春.秋の中日 その前後を合せて7日間が彼岸会という仏事だ。

去年の夏と同様、私はおせいさんの尻に頭を載せ、3月20日に再び人間界へ旅立った。


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よねぞうの死32〔第五章〕・よねぞうの考えごと3

よねぞうの考えごと3


人間界ではそろそろ春の彼岸の入りが近い。

昨年お盆に、おせいさんの臓器提供をうけた患者の、その後の見巡りを兼ねて時空超えで二人は人間界へ行ったが、その年の秋の彼岸はこちらで過ごした。 まあこちらに帰って1ヵ月しか経っていないんだから・・・

昨夜おせいさんが、夕食後の片付けをしながら何気なく、春の彼岸が近づいたわね とつぶやくように云った。

その時よねぞうはすぐ(また行くつもりか?)と思ったが、聞こえぬふりをして黙っていた。 
よねぞうとすれば、自分の家族にも会いたい情は動くが、それより今はおせいさんの胸の内の深層だ。 聞いてもはっきりと云わないが、去年行ったとき何やら、前の夫に復讐のような仕掛けを施した気振りがある。 それを折りあるごとに遠回しに聞くが、ニべもなく取り合わない。 何をどうしたか分らないが取り敢えず、よねぞうにすれば係わりのないことだ。

しかし元来小心者のよねぞうは、そんなものを見聞きしたり、ましてや事件事故なぞに巻き込まれるのはご免だ。
しかしおせいさんの性格から推して、決めたことは止めないだろうから、多分今度の彼岸には行くだろうと思った。 しかし今見た短い夢も何かの予兆暗示かもしれない と、悪いほうに考えが転がって行く。
 


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よねぞうの死31〔第五章〕・よねぞうの考えごと2

よねぞうの考えごと2


 阿修羅は四大阿修羅で、須弥山(しゅみせん)世界の地下にいる。
ラゴラ阿修羅は大変驕っていて、天上の天女を見たいと思ったが、陽に遮られ手を翳したのが、日食月食の始まり。
勇健阿修羅はその下に居て、人界を滅ぼそうとして竜王を怒らせて地震を起させてしまう。
花鬘(かまん)阿修羅はまたその下に居て、竜王と闘って勝ったが、その上の天使を怒らせたため、すい星を出現させる。
毘摩質多羅鉢呵娑(びましったらはかしゃ)阿修羅王=第四層に居て、最も勢力があり驕りたかぶっている。 
上層の三阿修羅が、諸天と闘って破れて帰ってきたので大いに怒り、直接須弥山上の帝釈天と闘う。 このときが世の乱れる時だ、という。
ところがあるとき、帝釈天に負け捕らえられ縛られながら、悪口雑言を吐き散らすが帝釈天は、
「こいつは無知な口先だけの者だ。 愚者は罵倒するが智者は黙す、それが智者の勝利。 怒りに対しいからないのが最上なるものだ」
修羅場と化した戦場 など、すさまじい闘いの形容詞にも使われ闘争を意とする。
この阿修羅も、最後は仏教では夜叉と竜とともに仏法を守護する八部衆の一人に数えられる。 

ここまで読んできてよねぞうは、
(怒りや闘争 嫉妬 きょう慢 愚痴 煩悩などは分かったが、おれの性格とあまり関係ないわ お地蔵さんに小便をかけただけだし、小心で小欲根性などはその他大半の人も持っている弱点だ。 この世界へなんて合点がいかない。 
 それよりもおせいさんの、ある焦点の合わない不透明な部分にもどかしさが感じられる そのほうが不審だ。 なぜおれはここに居る?)
突き詰めて考えるのが苦手なよねぞう、あくびを漏らしうたた寝を始めた。
そのとき奇妙な短い夢を見た。
まず網膜に写ったのが、前屈みになり右手を口に左手を振り、何か叫んでいるおせいさんのうしろ姿だ。 よく聞くと、どうやらわたしに向って「行ってはいけない・・」と繰り返し 何度も必死に叫んでいるようだ。

(なんや おれここに居るやないか!?・・・)

そこで目が覚めた。 まわりを見回す。 

数分まえと何も変っていない。
           


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よねぞうの死30〔第五章〕・よねぞうの考えごと1


とびっきり暑く長い今年の夏でした。
永い夏休みを取りました。
体力も回復しましたので、連載を再開いたします。

よろしくご愛読ください。


よねぞうの考えごと1

 おせいさんと前世から無事、阿修羅の世界へ戻り、自宅マンションに帰ってきた。 
そしてあれから穏やかな時が過ぎ、はや人間界での9ヵ月が来ようとしていた。 
ところがこの世界は不思議なことに、あまり年を取らないらしい。
よねぞうは相変わらずボ-っとして過ごし、おせいさんはいつもと変らず情こまやかで、申し分ない女房ぶりだ。 

一つのことを除いて・・

よねぞうは前世でも、自発的に動くタイプではなかった。 それでもこちらに来て毎日家の中で過ごしていると退屈で、何度か「働き口を見つける」と云ったが、その都度「必要はない」とニベもない。 そして当人は3日おきぐらいに午後、どこかへ出かけて行く。 どこへ行くのか聞いても微かにわらって返事しない。 これがどうも不審だ。 そしていまも不在だ。
外は相変わらず薄ぼんやりした墨絵の世界だ。
よねぞうは外の景色を見ながら珍しく考えごとをしている。 この阿修羅に来て未だに納得できないのは(おれのような淡白極まりない者がなぜ阿修羅へやられたのか?)である。

『阿修羅とは三毒(三種の煩悩・・どん欲.瞋恚.愚痴.の称)と心得ていたし、その中でも瞋恚(しんい)は自分の心と違うものを、怒りうらむこと。 しん.しんに.といい、人間のなかで他の対象者に対し極悪する心理の世界らしいことだ。

いままでも阿修羅については、この程度薄く浅く知っているが、もう一度おさらいしようと思いたち、書架から市川智康師の著「仏さまの履歴書」を取り出した。 そして阿修羅の解説を読み出した。 



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まもなく再開!

ながらくお休みをいただいておりましたが、
まもなく、再開予定です!

これまでの内容を下記ホームページにても、お読みいただけます。
自作小説/よねぞうの死


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休暇に入ります

皆様、いつもご愛読ありがとうございます。

私、應其はしばらくの間、夏季休暇に入りますので、

よねぞうの死はしばらくお休みです。

続きは、少し涼しくなった頃から連載スタートします。

メッセージ、コメントは引き続きお返事しますので、

どんどん、お寄せください。

よねぞうの死29〔第四章〕・おせいさんの実家2

おせいさんの実家2


これに比べ、仏 ほっとけ 大人たちはそろそろ、でき上がってきたようだ。
いつも一番賑やかなのは、長女の晶子だ。 私の位牌を指差して、
「7月に高野山へ骨のぼりに行って、創ってもろたけどコレええでしょ」
善二郎が私の位牌を見ながら、
「ところで このケッタイな戒名、これでエエかな?」
おお そうだ忘れていた、戒名の謂れは何だ。 こちらも急に興味が湧く。
「ええやないの、みんなでチエ絞って苦労して創ったのに、今さら・・」
女房ドノが 「お坊さんに頼むと、長い文字ほどありがたいらしいけど、一文字幾らで相当お金かかるから、しょうないわ」と云う。 金の問題か?
「青森の鷹ちゃんとも、パソコンのビデオチャットでやり取りしたし、皆の総意やないの。 あんたも初めエエ言うたやン、それでも鷹ちゃん終いごろ、ぐずり出し、説得するのに苦労したんよ」
「なんでや?」
「お墓の石碑、この戒名で刻むの、かっこう悪い言うて・・」
「なんでや?」
「だって ショウモナイ イヤミ ヘンコ コジ やろ。 鷹ちゃんが『読む人笑う』云うて・・そやけど 『生きてたころのお父さんに一番似つかわしいし、ユ-モア-があって、他人でも、生前の人柄を想像してくれるわ』 って云うたら 鷹ちゃんも最後に承知したけどな」
「なるほど そう云うとそうやなァ」 善二郎 にやにや。
「それにもう遅いわ、今日お坊さんが位牌に、魂入れに来てくれるし」
元女房ドノが追い打ちをかける。 こんな碑を建てる遺族のアホさ加減に、他人様があきれて嘲笑されるの分らんか、まァ恥をかくのはこいつらだ。
そこへ源三郎が帰ってきた。 日曜出勤というが、どこまで本当か?また一段と賑やかになる。 しかしこの位牌 腹が立つけど、よう出来とるな。

宴たけなわである。 午後1時ごろスク-タ-に乗り、やっと坊さんが来た。 葬式のとき、あっという間に俺に引導を渡して帰った、あのボンさんだ。 
「ああ盛り上がってますなア・・」と うれしそうな愛想笑いで入って来た。
迎える連中、大慌てで座をしつらえる。 すると今度も数珠をまさぐるや、 あっという間に読経が終った。 えッ もう魂が入った? 
にょうぼドノ、すかさずお布施を渡し、さあどうぞどうぞと酒肴を勧める。
いや拙僧はまだ、これから他を回らなければ、と一応は遠慮めいた口をきくが、腰は座ったまま。 まあ少しでも と、強く勧められると それじゃあお言葉に甘えてビ-ルから頂きます と遠慮がない。
坊さん、私の位牌を見ながら「エエ法名ですなあ、誰がお付けになった?」と、皮肉まじりのおべんちゃらを云う。 にょうぼドノが
「本当はお坊さんにお願いしたかったんですけど、ビンボ-ですさかい、家の者がみんな寄って付けたんですけど・・」 晶子が すかさず、
「祥は瑞祥でめでたい、それを頭にして最も名を挙げ、偉かった。 闇の世界へ行っても香り高い居士法名、とまア こんな積りで・・エッヘッヘ-」
 よくもまあ口から出まかせの筋を創るものだ。 頭と口の回転が、相も変わらず滑らかなものだ。
「なるほど ここの皆さん 学がおありですなあ」
坊主は分っていてお追従を云っている。 アホらしい。
まあ 皆の達者な姿を見たので安心 と共に、こんな連中にいつまで関わっていても、胸クソ悪いだけだ。 また来ることもあるだろう。 嫉妬ぶかそうだが、急におせいさんの顔が懐かしくなった。 彼岸に帰ろう。
 
おせいさんに、私と分れてお盆をどう過ごしたのか と聞いたが、「あなたと関係がない」 と一言も喋らない。 前世の夫に復讐すると、前に聞いたことがあったが、どんな方法で本当に実行したのか、興味があって数回聞いたが、
「ほんとに何も話すこと無いわ」
取りつく島もない。 そして「いまはあなただけよ」 と嬉しがらせて、はぐらかされた。 そこは淡白なよねぞう、それ以上聞かなかったが・・・
おせいさんの背中に乗り、短い日々であったがこの世に戻り、様々な光景を見、遺族にも会った。 
そして往きに思い浮かんだ陶淵明の、詩の後節が再び口をついた。
「・・実に塗(みち)に迷うて其れ未だ遠からず 今は是にして 昨(きのう)は非なりしを覚る」
皮肉なものだ。 再びおせいさんに乗って、阿修羅の世界に戻って行く。 


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よねぞうの死28〔第四章〕・おせいさんの実家

おせいさんの実家

今日も暑い。 よねぞうは今、京都から電車を乗り継いで、千里の自宅を目指している。
ゆうべ嫌な夢を長く見た。 そのうえ今朝のおせいさんは、あの世で「娑婆に戻りたくない」と、ぐずる俺を無理やり連れてきて、今度は「今日 元の家族に会いに行く」というと嫌がった。 変なヤツ・・
 さて、昨日立ち寄ったが不在だった実家。 いくらなんでも中元の今日はお盆休み、居るだろう。 よねぞうは揺れる車中で回想する。
死の直前、ある新聞の読者欄に「亡き夫といまも夢で会っている」という表題の投書。 それは50才の主婦が、15年まえに40才で病死した亡き夫を偲び「短かかった結婚生活の愛の充実した日々、今もときどき夢で会っている」の記事を目にして、イタク感激した。 比翼連理の物語りではないか。
生前、その記事を女房ドノに読み聞かせ 「昔から親子は一世、夫婦は三世というて、来来世まで、深い契りを結ぶのが夫婦らしい」 と云うと、
「あほらし、あたしは女に生れて損したと、いつも思ってる。 こんど生れ直して来るときは、ぜったい男。 まして、あんたなんかと二度と会いたない」 
味もソッケもなく、鼻でセセらわらっていたが・・果たして今はどんな心境で、
どんな生活を送っているのか、あまり期待せずに見てやろう。

門を入るなり家の中で、はじけるような声が聞こえてきた。 大勢居る。 みんな元気でいるらしい、まずは安心。 玄関を入るとはっきりした。
仏壇のある表の間に全員集まっている。 にょうぼドノ.長女夫婦.善二郎一家5人.の8人、源三郎だけがいない。 どうやら今食事が始まったようだ。
私が昨年秋、垂水の沖で漁ってきた小アジの空揚げ.柿の葉ずし.マグロ.ハム.ロ-ストビ-フ.〆サバ.野菜の盛り合わせ.煮豆.およそ精進料理にほど遠い内容。 それにワイン.ビ-ル.冷酒.焼酎.ジュ-スとテ-ブル一杯に広げ、嬌声.奇声.ド声.子供たちの声が入り交じり、何とも陽気だ。
仏壇に入り、真新しいが、けったいな戒名位牌 「祥最名院偉闇変香居士」の中から、暫く様子を見ることにする。

善二郎の子たちは、代るがわる仏壇の前に来ては鉦をならし、小さい手を合せ、末っ子の吉クンは「うう あん」と、きばる。 姉の秋ちゃんは「絵が上手になれますように」 長女の夏ちゃんは「体操の逆上がりができますように」
よく聞いていると要求ばかりだ。 なんでもエエ かなえてやるぞ。

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よねぞうの死27〔第四章〕・移植患者めぐり4

移植患者めぐり4

おせいさんとセンタ-1階の、広い待合室で落ち合った。
話を聞くと、手術は順調であったが、一時抗体反応が強く出て心配された。それも数カ月前に治り、先月からリハビリに入っているまでに回復したと云う。
この女性も、一見しておせいさんが気に入ったようだ。 しきりに、
「こんな子は元気になって長生きして、世の中のために働いて欲しいし、してくれるはずだ」とほめた。 これでおせいさんが提供した、臓器移植患者は全て診て回ったことになる。
「ところで お家のほうは?」 
少し釣り上がったような目をする。 留守だった と云うと、疑わしい眼をしたが 「これから私の家へ行きましょう」 と云って病院を後にした。
 
  おせいさんの実家
上賀茂に300坪以上もある、落着いた枯山水造りの庭を持つおせいさんの実家。 おせいさんが使っていた、渡り廊下でつながった離れの部屋は、生前そのままに置かれている。 二人はそこへ旅装を解いた。 
私は夕食時、おせいさんのご両親を蔭ながら拝見する。 
お父さんは60才を少し超したか、落着いた穏やかな風貌。 おせいさんによく似たお母さんは、頭に少し白いものが混じり、背筋を伸し、立居振るまいに気品がある。 さすが、と感心する。 二人はいま物静かに夕食を終え、茶を喫している。
その両親を、じっと眺めているおせいさんの白い頬に、筋をつけて涙が伝い落ちる。 その横顔を眺めながら、親よりも早く逝ったおせいさんの心情と、ご両親の静かな姿の底を汲み、よねぞうも痛切な気持になっている。

おせいさんは、さすが今日疲れたのか横になるや、すぐ寝入ったようだ。
俺も眠るか と目を閉じたが、戻ってきた前世の慌ただしかった数日の事柄に興奮してか、なかなか寝つかれない。 それでも半時間のちには、寝息に変っていた。
せいは寝入ったふりをしていたが、夫が眠るのを待って床を抜け出した。
仏間に入るや頭を下げ、小さな声で経を上げ始める。 約一時間ほど経ったころ、ぼう-とした人型の光る輪郭を持った、役の小角爺さんが現れた。

「おせい しばらくじゃ・・」
せいはその像に向って、三拝九拝して礼を云った。 爺さんは満足げに、
「あの世はこのわたしが云うたとおりであったであろう。 うん ところであの世で結婚したあの男は、お前が選んだにしてはまァまァじゃな。 限られた時間の範囲では仕方なかろう。 
云うて聞かすが、しかしあの男は意志薄弱で移り気、気が小さくて度胸がない。 おまえのような執着したねばりが無く、諦めが早い。 そのくせ、うぬぼれと小欲が人一倍強い。 それから、あまり色気づかさないよう気をつけよ。これも人一倍好き者で、女の色香に迷いやすく、人のおだてに乗り、無目的にどこまでもふらふら付いて行く。 まるでお前が彼を手に入れたようにじゃ。だから再び同じことが別のおなごに対し、起きるやもしれん。
この男は、まあこの世の戒めが、すべて当てはまるような男だ。 ただお前の意のままになる男ではあるが! 心せよ、せい。 
なに みな分っておる? そうか 判っておるならエエわ。 それと呪詛と荒淫もほどほどにしておけ。あまりしつこいと、逆現象が生じる怖れがあるぞ。
(それはどういう様なことですか?)
「せい おまえが胸に手を当てて考えることじゃ」
 言い終わって、風が揺らぐように消えた。

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よねぞうの死26〔第四章〕・移植患者めぐり3

移植患者めぐり3


 「最後は大阪.吹田市にある国立循環器病センタ-にまだ入院中で、心臓移植を受けた30才の女性なの」と、おせいさんの背中に乗るとき聞かされた。
「ええ?そこは私の家のそばだ」と云うと、おせいさんは「知っているわ」と不機嫌に答える。
「これから金剛.大峰.奈良生駒の山を越えて飛ぶから、下を見ないで・・」
その意味は、にぶ-いよねぞうにでも判る。 おせいさんに言わせると、役の行者が転げ落ちた謂れのあるエリアだ。 しかし生駒の山を越える手前、奈良市の上に来たとき、学園前の長女夫婦の住まいを見たい誘惑に抗しがたく、気取られないように首をねじった。 焼きムラの出てきた古い瓦屋根が見えた。
生駒を越えたとき、思いきってそっと寝返りをうつ。 おせいさんは背中の気配で、私が下を見ているのを察したはずだが、何も云わない。
ああ 半年ぶりに見る懐かしい大阪、淀川が光っている。 

病院は生前の私の家の前だ。 道路を隔てて斜向い、大袈裟だが大声を出せば聞こえる近場にある。
ここに神戸から来ている33才の女性が入院しているはずだ。
センタ-の玄関を入るとき、おせいさんに「私の家がそこだからちょっと覗いてきていいか?」と聞くと「ほんの少しならいいわ」と投げやりな物言いだ。 次の待ち時間を打ち合わせて、我が家に近づいた。
胸がドキンドキンと高鳴る。 今日はお盆の始まりだが平日で13日の金曜日、元女房ドノのほか、誰か居るかな? と、余り期待せずに家に近づく。 
家のたたずまいは変らないが、庭木は夏の繁りで枝が伸び放題。雑草も生えたまま。 ガレ-ジを見るとバタバタ(スク-タ-)が無い。 どこかへ出かけたか? いま午後二時半過ぎだ。暑い。 腹が立ってくる。
家の中は私のいなくなった後、ほとんど変っていないようだ。 ただオレの居ついていた居間だけが机や家具が無く、代りに長椅子が占領している。
表座敷に入った。 仏壇を見る。 いつもと違うのは、壇前に脚のついた白木の須弥壇が置かれ 両側に細長い明灯が立てられ、経木と共に生け花が豪華だ。新仏の迎えの用意か。 その壇の上に、おお おれの戒名があるではないか。 真新しいのが立てられている。 なになに・・・ 
 
 祥最名院偉闇変香居士   

どう読めばよいのか、またその謂れは?浅才な俺にはよう分らん。 そこで上段の親父のと比べてみる。 祥雲院寿岳房俊居士  祥と院が同じだが、親父のほうがなんとなく、賢く香り高い感じがするではないか。 
それに比べ、俺のは 闇と変が、何となく気に入らない。 まあ明日もう一度来る、それまでに解析しておこう。
2階に上がる。 昼寝用の寝ゴザがそのまま。せめて部屋の隅にでも置け。 源三郎の部屋を見て、物凄いやりっ放しの光景に改めて寒心する。 こいつは昔から整理の出来ない欠陥人間だ。 あらゆるハイテク機械が部屋を埋め尽くしている。 足の置場のない書類の山 紙屑が散らばりホコリだらけ。タバコのにおいが部屋に充満し、他人を寄せつけないバリア-をつくっている。 
この中に100萬円ほどの純金の延べ棒を、5~6本転がしておいても、おそらく数年は発見出来ないだろう。 
 
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よねぞうの死25〔第四章〕・移植患者めぐり2

移植患者めぐり2

いま最高級のステ-キの夕食を終え、満足して部屋に帰ってきた。
もう一度シャワ-を浴び、軽いワインを開けて二人はソフア-でくつろいでいる。 よねぞうは今日の渋谷の住人の結果を聞きたくて、水を向けた。
今までよねぞうを、細やかな気遣いでイタク嬉しがらせていたおせいさんが、トタンに見るみる不機嫌な顔になって 「感じワルイッ!」 と吐き捨てる。

おせいさんは、彼女の独り住まいの部屋に入ったとき誰も居なかった。 それで、未だ会社から帰っていないのか、と思って暫く待つことにした。
部屋全体をざっと見回したところ、女性にしては乱雑で、なんとなく私生活が乱れているような印象がある。 10分もしないうちに、外の廊下で男女の忍び笑いと共にドアが開き、からみ合った二人が入って来た。 
二人は靴を蹴飛ばすように脱ぎ捨てて、そのまま絨毯に転がり、すごいキッスを続けたまま、お互い下半身の衣服をもどかしげに脱がせっこする。
男が上になってすぐセックスを始め、女は声を上げながら男の上半身の衣服を脱がせている。
「そのときあたしは初めて女の顔を見たわ 今まで男の頭が邪魔して見えなかったの。 見た瞬間 ああこれはいけない 顔が黄色く濁って黄疸症状が出ている 化粧で隠しているけどあたしには分る 腎機能が正しく働いていないのだ 女は嬌声を上げて50才ぐらいの男にしがみついていたわ 気持悪くなってあたしはすぐ部屋を出た」 
「せっかくあたしが上げた大切な腎臓を、いま一番節制すべきなのに、ああしてあの女は、享楽のために日を送って腎臓をつぶしている・・あの女はもう長くはないと思うわ・・・」
話し終っておせいさんは怒りの眼を伏せた。 夜のしじまが二人を支配する。
しかしその夜、おせいさんは何故か、いつにも増して激しかった。

翌日ホテルを出た二人は午前中に三重県.津市に飛んだ。 今度は肝臓の提供を受けた、おせいさんと同じ37才の主婦だ。
大きな昔風の百姓家で、その患者は陽の当る広い庭を前にした縁側に、すだれを掛け、部屋に続く廊下で籐椅子のベッドに寝ていた。
おせいさんは初めてよねぞうを連れて、青白い顔をした患者のそばへ行った。
眠っているようだ。 私はその顔をみて、この女性 どことなくおせいさんに似ているな、そんな感じがした。 
おせいさんは暫く何も云わず、じっとその寝姿を見ていたが、親身のこもった声音で、
「養生して長生きしてね だんなさんによろしく・・」
やさしく小さな声でつぶやいて、別れを告げた。 門を出て振り返った私の目に、役場太一郎 と肉厚の表札が映った。

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よねぞうの死24〔第四章〕・移植患者めぐり1

移植患者めぐり1

最初遠い所からと、腎臓を提供した25才の女性の勤め先、福島県.郡山市に飛ぶ。 地球時間で約1時間だ。 今度は相当高い所を飛ぶからと、おせいさんは急いで私を自分の胴に跨がらせ、下を見せるのを許した。
大平洋.遠州灘の海を右に、反対側に夏の富士山を見て飛ぶとき、鷹丸一家が1年前まで住んでいた静岡市を下に見て、今は遠いみちのくで暮している彼らを想って、いい知れぬ感慨が込み上げてきた。
 
郡山市に着いて、すぐ受供者の勤め先の会社を尋ねた。 全国的に有名な食品加工会社の事務をしているという。
駅前の目抜き通りの一角、瀟洒な新しい7階建ての本社ビル。 おせいさんは 時間はあまりかからないから「この入口で待っていて」 と云う。
目の前の「駅の待合い室で待っている」と云うと「迷い子になってはいけないからここで」という。 子供じゃあるまいし・・呟いた声が聞こえたのか、   「大勢の人が出入りする駅などで、あなたはきれいな女の人を見ると、ふらふらと一緒に何処かへ行くかも知れないでしょ、ここに居て!」と命令調。 
おせいさんと一緒になった時の前科があるから、いまいましいが黙って従うしかない。
側にある歩道のゴミ箱を見ると、捨てた新聞が目についた。
拾って読むとまだイラクへ米軍が駐留しているし、日本の自衛隊も派遣され復興支援中と出ている。 世の中、半年前とあまり変りがないようだ。
読み終わった頃、おせいさんが明るい顔をして出て来た。
「いま該当の女性に会って来た  毎月予後の検査も受けて 治療薬もきちっと飲んで大変調子がいい このまま治れば来春結婚できるようだ きれいな女性で幸せそうな顔をしていた」と、うれしそうに云う。
「そんなこと、その女性と話もせんで なんで分ったんか?」
当然という顔で、テレパシ-で全部分るんだ と云う。 まあ おせいさんは、超能力者で常人ではないからな・・・と納得するしかない。
 
午後3時半を回っているが、夏の事とて陽が高く暑い。 これから東京へ行って次の受供者に会って、今夜はそのまま泊まるという。
再びおせいさんの胴に跨がろうとすると今度は「東京は人が多いから、背中合せになって空を見ているのよ」と注意された。 云われた通りにする。
約半時間ほどのフライトで、東京.渋谷の明治神宮横の芝生に降り立った。
この東京在住の30才の女性も、片方の腎臓移植を受けて、社会復帰ができ、いま会社に勤めている。 と記録にある。
もう退社時刻だし、それに病気上がりの人だからたぶん帰宅しているはず、と見当をつけた。 だから今度はその会社に行かず、マンションの自宅に、直接訪問すると云う。 
自宅はNHKから渋谷駅に向って少し下がった途中にある。 
夕方6時まえ、その5階建ての高級マンションの4階におせいさんは入って行った。
よねぞうには久しぶりの東京、この街はいつでもどこでも人でいっぱいだ。 近くに山の手教会が目についたので、その石段に坐り待つことにする。 
よく晴れて茜色に染まった空を見て、最近東京の空はけっこうキレイになったと思って眺める。 人の群れがひっきりなく黙々と行き交う。 無気味だ。
暫くして、おせいさんが人並みをかき分けるようにして、よねぞうの前に現れた。 郡山市の時と違って不機嫌な表情である。
どうだった? と聞くと、「失礼なヤツ!」と吐き捨てるように云い 「早くホテルにいきましょ」 と私の手を乱暴に引っぱって歩きだした。 
いくら聞いても、
「ホテルでゆっくりしたとき話すわ、泊まりはホテルオ-クラよ」と云う。
オ-クラは都内でも、帝国ホテルと並んで最高級の格付で、むかし大倉財閥の総帥.喜八郎が創ったホテルだ。 たしか予約がいるが・・
えらい高級ホテルに泊まるんやなァ と云うと、おせいさんは事もなげに、 「あそこの朝食が好きだから・・」
どうも京都育ちは、よねぞうと価値観が相当ちがうようだ。
そのくせ、ケチってラッシュで猛烈に混雑する、地下鉄銀座線に乗ると云う。ところが込み合う車内を避け、ちゃっかりと運転席に乗り、虎の門で降りる。 ホテルに続く坂道を上りながら、おせいさんは、
「これからあたしが念力で、二人とも生前の姿に戻すから、それを十分意識して行動してちょうだい 分った?」
そんな事も出来るのか、と大変驚いたが、始祖.役行者があみ出した自在の術を駆使するおせいさんに、改めて畏敬の念を持つ。
放送局を通り過ぎ、人通りが途絶えた途端、二人は生前の姿に戻った。
服装も私はサラリ-マン風の夏の背広姿、おせいさんは白いノ-スリ-ブのワンピ-スに高級ブランドバッグ、軽やかな姿に変っている。
自由自在やなァ よねぞうはイタク感激する。
ホテル正面の車寄せまで来たとき、おせいさんは「ちょっと待ってて」と云い、道を隔てて建つアメリカ大使館へ堂々と入って行ったが、10分ほどして戻って来た。手に大使館員のサインをした紙切れを持って。 もう何も聞かない。
このホテルはリザ-ブがなければ一現の客は泊れないはずが、おせいさんの出した紙切れで、受付は何の支障もなくエントリ-が出来た。

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よねぞうの死23〔第四章〕・生霊の帰還1

生霊の帰還1
  
 おせいさんの背中に乗って、私は無事この世に戻り京都に着いた。
何はさて置いても、これから自分の提供した臓器受供患者の状態を確認すると、おせいさんはいう。 
その理由は、一部肉体を置いてこの世に入った限り、いずれその機能が停止したら、その臓器を取り戻さなければならない冥界の掟がある。 従って常々その臓器の状態を、把握していなければならない。
 そのお陰で、年に2回は前世に帰ることが許されている、と云う。

まず自分の臓器を摘出した、中京区にある病院へ直行した。 
入口で「そのとき手術を受けた患者名簿で住所を確かめる」 と云って、おせいさんはナ-スセンタ-の方に入って行った。 
私はその後姿を見送った後、広く明るい待合室の椅子に腰を掛けた。こんなとき死霊は便利なものだ。 娑婆の人たちには姿が見えないから堂々と行動できる。 時計を見ると午前11時過ぎだ。
この病院は患者の治療や対応全てに亘り、高い評価を受けており、人気が高く今の時間でも人がやたら多い。 
私は所在なげに、前の大型テレビの画面をみる。 
半年ぶりのこの世のテレビだが、相も変らず軽薄なタレント集団が、くだらない昼番組をやっている。
「こいつら まるで白痴学校を優秀な成績で出たのか」と毒づきたくなる。
画面が変って天気予報。 これも生前から、よねぞうの気に喰わない画面だ。
予報に対して当る確率は3割程度で、明治時代とあまり変っていないと、生前に雑誌で読んだことがある。 半日前に立てた予報が当らない時が多い。 それにもっとも腹に据えかねるのが、誠心誠意ウソをついた予報士がその間違いを、その後謝ったのを聞いたことがないことだ。 いまの俺には関係ないが!

約1時間足らずでおせいさんが、書類を手に帰ってきた。
資料保管室から受供者の全てが分った と云い、患者は福島.東京.三重.大阪の4都府県に亘っているらしい。 ぜんぶ女性だ と云っておせいさんは、ほっとした顔をする。
うん それはそうだろう。 女である自分の臓器を、見ず知らずの男の人に植えつけられ、今も動いているのは、あまり気持のええもんではなかろう。 男の俺でも何となく分る気がする。
 2人は職場復帰、1人は自宅療養中、残る1人は入院中とのことだ。
今日を数えて2日間で、受供者の状態を診て廻らなければいけない日程だ。
「時間がないので、これから患者を診て廻るから、あたしから離れないで」
  
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よねぞうの死22〔第三章〕・せいの謀りごと5

せいの謀りごと5


8月12日早朝から三途の川のほとりに、前世から来た者や、何処かに行く大勢の亡者たちが船待ちで、ごった返している。 よねぞうとおせいさんは、そこから少し離れた小高い山頂から、暫く蝟集する人達を眺めていた。 

当日の二人は、平安貴族を真似た服装で、目一杯おしゃれな姿で立っている。おせいさんは、鮮やかな緋の袴が一段と映えて、きれいに見える。

「ここから空を飛んで行くの あたしが念に集中し、切るまで黙っていて・・
私が空中に浮かんだら、あなたは私の身体に乗る そのとき必ず上を向いて、お互い背中合わせに乗って 私は下界 あなたは空を見て飛ぶの」 

 なぜ俺は下界を見たらあかんのか?と聞くと、
「あたしの最初のご先祖(役行者)が下を見ていて、女の人の姿に驚いて地上に転げ落ちたんだって・・あなたも相当スケベエそうだから危ないわ・・」

(む?・・あれは確か久米の仙人と違うのか? いやなことを云うヤツ  と思ったが、まアええわ) そのとおりなので黙っていた。


空に浮いた。
最初ゆっくりと上がったが、地面から1Kmで水平飛行に移り、よねぞうは云われた通り、おせいさんの背中に上向きに乗っている。 それはいいが、おせいさんが少し頭を上げて飛翔しているので、頭同士がかち合って乗り心地が悪い。 空はどんより曇って愛想がない。 暫く辛抱していたが少しずり下がった。 と、下半身がおせいさんの腰を抜けて空中に垂れ下がり、極めて不安定になる。 このまま空中に放り出される恐怖で、慌てておせいさんの両脇を逆手で掴み、しばらく辛抱していたがいいことを思いついた。 そうだ 体位を逆にすればいいのだ。 おせいさんに諾否を聞くと「勝手にして」と云われたので早速反転して、相手のふっくりした尻に頭を乗せた。

 これはエエ、まるで弾力のある羽毛ぶとんの上に寝ているようだ。 うす布を透して豊かにせり上がった尻の割れ目は、頭が安定し楽チンだ。

よねぞうはイタく気にいった。 昔から おんなの尻に敷かれる と云われるが、俺はいま、その逆だ。 

「男の本懐ここにあり」 気分が高揚するではないか。 

思わず陶淵明の「帰去来の辞」の冒頭が、頭に浮かんだ。
「帰りなんいざ 田園将に蕪(あ)れなんとす 胡(なんぞ)帰らざる・・」

こうして よねぞうとおせいさんは、彼岸から懐かしい俗世に戻って行った。


さて その先に何が待ち受けているのやら? 乞う ご期待  
  


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よねぞうの死21〔第三章〕・せいの謀りごと4

せいの謀りごと4

本当に黄泉返りができるのか?
 
いま世界に現存する宗教.哲学.化学等の世界で、臨死体験も踏まえ、黄泉の世界について幾多の説が流布されている。 しかし異次元の世界は誰も解きあかすことは出来ない。 論弁.論証の弁証法を用いても、この難解複雑な世界は未だ、と云うより、永劫に亘って解を得ることは不可能と思われるが・・・

しかし このよねぞうが、春秋の筆法をもってすれば難なく、解が得られるのだ。 それをあえて各界に問題提起し、高踏的な大論争を起こし挑むに、やぶさかではないが、時間と紙数、それにこの物語りを、マジメに読むような読者は、たぶん死ぬほどタイクツを引き起こすだろう。

 あえて蓋は開けない。


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よねぞうの死20〔第三章〕・せいの謀りごと3

せいの謀りごと3

いよいよ前世に戻ると決めた夜、せいは夫のよねぞうに、一度前の世に戻りたくはないか と聞いた。 二つ返事で「戻りたい」と云うだろうと思っていたが、あんに相違して、 「べつにィ あんまり帰りたいと思わん」

意外な答えが返ってきた。 よく聞いてみると、残った家族は女房以下、薄情ものが多く、そろそろ近づくお盆にも赤飯炊いて祝っている、と思う と子供のような、しょげた顔で肩を落とす。 きゅーんと母性愛を刺激する姿だ。

 また、そんなに簡単に前世に戻れるのか? と不思議そうに聞き、
「それよりここでおせいさんと二人、新婚気分でいつまでも浸っていたい」

せいは夫のそう云う口説はうれしいが、なんとしても初盆の施餓鬼(餓鬼世界に堕し飢餓に苦しめられている生類や無縁亡者に飲食を施す)にまぎれ、法会の日に合わせて行かねばならない。

そこで「私はどうしても一度帰らなくてはいけない事があるので、あなたは留守番し、一人で行って来てよいか?」と心にもない言葉を吐いた。 とたん、

「嫌だ おせいさんと一緒に行く」

一も二もなく賛成、単純だがすぐ乗ってくるところが可愛い。

そこで、「それなら これから説明するが、前世に行くために決められたことがあって、必ず守らなければならない」と前置きし、
「私の先祖は えんのおずぬ なの」
聞いたよねぞう、驚いた。 あの役行者の子孫? ほんまかァ ふーん京都にはいろいろの人が居るなあ と感心する。

「だれでもお盆には、自分を祭ってくれる家に帰れるわ。 まして新仏は盛大にお迎えして待ってるはずよ、あなたは遺族のことを僻むが、たぶん大丈夫。 それから8月15日の精霊流しの晩、こちらに帰らなければならないけど、空中遊泳しながら往復できるのよ」

よねぞうはいきいきとして、楽しそうに話すおせいさんを見て、反対するのは何だか悪い気がする。

「その間ふたりはずっと一緒だけど、お盆の15日だけは自由にしていいわ。 あたしも両親や兄弟の顔も見たいから、別れて行動しましょう・・」

「だけどあたしが決めた、落ち合い場所と時間には必ず来て頂戴。 帰りは必ず一緒に帰らないと、あなたは終生冥界をさまようことになるの 分った?」

と、おどしつける。 俯いたままよねぞうは 『それならまだ見たことのない、あんたのご両親に会って、こちらで一緒になった挨拶したい』と云う。

「ふたりはもう死んでるのよ どうして挨拶なんかできるの?・・」

「あっ そうか、うっかり忘れとった ほな蔭ながらあんたの家族の顔でも見ておきたい」

「あなたのお子やお孫さんたち、家族に会いたくないの?そんなに薄情者?」

「うーん いっぺん覗いたろかなぁ・・」
やっとその気になってきたようだ。 向こうに着くまで未だ時間がある。 それ迄に完全にその気にさせなければ・・自分の復讐計画の段取りが狂う。 

おせいさんは心に決めた。


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よねぞうの死19〔第三章〕・せいの謀りごと2

せいの謀りごと2

 このあと、せいは予定の行動として縊死(いし)し、生前事前に用意した臓器提供カードに基づいて、4箇所の臓器を前世に残して黄泉に下って来た。

そして途中、物色していた男の中で、よねぞうをターゲットにしたのだ。

なぜよねぞうか? 聞かれれば首をかしげ、少しの間考えて
「可もなし不可もなし ちょっと頼りないけど 気の強いあたし向きかな・・・」となる。

拙速で謀りごとが、よねぞうに気取られないよう、せいは慎重に事を運んだつもり。 来る船の中で少し復讐の本心をさらけさせた後悔がある。 しかし婚姻届けを出した後もこの半年、よねぞうに極力好感を持たせるため、自分の本性を押え、夜もできるだけサービスに努めた。 よりをかけた手管で、よねぞうはいま私を信頼しているようだ。
また 生れて一度も住んだことのない高層マンションを買い、そして20階という階を選んだのも、万一よねぞうに逃げられることを想定し、出入りの扉以外、出口のない箱に閉じ込めたかったからである。
すこし早いなと考えたが結婚を要求した。 抵抗するかと思ったが、単純なよねぞうは案外あっさりとOKした。

結婚後も、けどられないよう言動には細心の注意を払い、弱いくせにセックスが何より好きなよねぞう。 それに前世でご先祖との約束ごとでもあり、今まで以上に濃密に応じるようにしていた。 
反面、折角手に入れた男を腎虚(じんきょ・・房事過多による著しい衰弱症)になられては困る。 最近やや痩せて生気に欠けてきたように思ったので、精力剤やサプリメントの類い(例えば・・黒酢.うこん.きのこ類.まむし粉.体力増強にビタミンやミネラル.ベーターカロチン.クルクミンなぞの多く含んだ錠剤など)を、胃をこわすほど飲食させている。
中でも自分も心の中で笑いながら、イモリの黒焼きの粉を、野菜に炊き込んで食べさせている。(イモリの黒焼きホレ薬 恋しい人に振り掛けろ 想いが通じ恋が成る・・俗謡)

もう逃げ出さないだろうと、今日初めてよねぞう独りの外出を許した。 よろよろ出て行くうしろ姿を見て、この頃自分のほうが積極的になっている、夜の営みを少し控えようと思った。


さていよいよ時空技術を操り、前世に行く腹を固める頃合だ。 頭の中は様々な想いが去来する。 その前に よねぞうをどうしようか と迷っている。 置いていこうか?連れていこうか?それが大きな問題だ。(まるでハムレット!)

置いて行くのが一番いいのだが、今まで一緒になって離れたことがない二人。 それが何処へとも云わず、突然何日も留守をし、姿を消せば疑うに違いない。

また連れて行くとして、目的の全てをさらけ出せば、私の執念深さが気の小さいよねぞうを、恐怖の底に落としこむかも知れない。 どうしたものか?

よねぞうには今まで私の良い面ばかり見せて来た。 半年が経って、いつの間にかこの頃の私は、よねぞうに愛情を感じ出している。 
だから自分でも、時には自己嫌悪に陥るほど憎愛の激しい執念深い嫌な性格、この月の裏側を、よねぞうには絶対に見せてはいけない。

 ここまで、とつおいつ考えてやっと出した結論は「連れて行こう」となった。 私はあの人が好きだ。 離れられないのは 執念ぶかいこの私のほうだ。


しかし一緒に行くとしても、私が前夫に復讐している間、始終くっついて離れてくれないのは大変困る。 あれやこれやこれから詰めて考えなければ・・今年唯一ゆっくり帰れる前世のお盆がすぐやってくる。 せいは気が焦る。
  



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よねぞうの死18〔第三章〕・せいの謀りごと1

せいの謀りごと1

いま、夫のよねぞうを一緒になって初めて独りで外出させ、自分の部屋で頬杖をついて考えている。

前世の月山勢 結婚前の旧姓.役所勢(離婚に同意しないで死んだが、親が同意して届けたからたぶん旧姓に戻ったか?) いまはそんな事はどうでもいい。この阿修羅に来て今の男と結婚し、ほぼ半年が経つ。
 そろそろ前世で計画したことを、実行に移す刻が来たようだ。

旧姓.役所勢の遠祖は、なんとあの超有名な 役小角(えんのおずぬ.別名 役行者)である。

<解説・・奈良時代の山岳仏教徒.修験道の祖.大和の国.葛城郡の生れ・仏教と呪術を善くし、吉野金峰山.大峰などを開いて苦行、文武天皇の時.大宝元年 巉(そ)によって一時伊豆に流された> 
せいは長女でその下に2人の弟がいた。 
姉弟は物心つく頃から『我が家は役小角の子孫で、その証拠に姓の頭に役がついている』ことを両親から何度も聞かされて育った。
せいが夫と不仲で実家に戻り、恨みでうめくような、やり切れない日々身を灼いていた。 悔しくてこの恨みを晴すためには、死んで化けて出られるなら、いっそ自殺して祈り殺したい、と怨念に凝り固まっていた。
両親は、せいが小さな頃から、頭はよいが何ごとにも粘り強く、執着心の強い性格を知っていたから、婚家から帰って来て、毎日仏間に籠っているのを心配しながらも、静かに見守っているだけであった。
せいは先祖の位牌に来る日も来る日も祈り続けた。 あの男に私の憤怨と汚辱と呪いを与えたまえ と。


そしてある晩、とうとうせいの枕辺に、あの役小角が現れたのである。 
「私はおまえの先祖である・・」と前置きして。 女の執念岩をも通すか。

「私は修験道山岳仏教の開祖で、特に時空を超えて遊泳する呪術に長けておる。
昔からのおまえの性格、おまえがこの家に帰って後、身を捨ててもとの祈念、今の執念から推して、向後、いか様に行い修行しても、成仏(煩悩を解脱して仏果を得る)はとても無理だ。 それでも前夫に怨みをはらしたければ、一つだけ方法がある。 始祖の私から云うのは真に忍び難いが、それは、おまえがこれ以上生きて、引かれ者の執着で羞恥を世間にさらすよりまだましだ。
せい 自栽(自殺)せよ。 死して怨念を開扉すれば、10倍の果が相手に起る」

「一つ、まず自栽(自殺)せよ そして臓器提供をするのだ。
昔から日本人は仏教の影響からか、五体満足で黄泉へ下る思想があり、脳死後も身体の一部、それも大切な五臓を切り取られると、あの世で満足に旅が出来ないような心層が働き、臓器提供者が極端に少ない。 それに比べて欧米では、霊魂は死と共に肉体から離れ、不滅という思想が支配しておる。 その結果臓器の提供が多く、止むなく日本の障害者が高額の金をつくって、海外に臓器移植を求めて渡航している現状だ。 
ところが本当は、死後どの部位をとられようが、今迄と全く同じ営みが出来るのじゃ。 その証しに、戦さで首を斬られた者は、首無し人間になっているわけでない、ちゃんと首を付けたままじゃ。 黄泉(よみ)へ行っても不都合はない」

「二つ、 提供しておけば、された者の臓器の状態を診るため、半年に一回程度、時空を超えて往き帰する権利が付与される」
「幾つか条件がある。 死んだものは本籍が黄泉の国だ。 戻ったとき、前世の未練を断ち切れず、そのまま居着かれては困る。 そこで冥土で結婚して家庭を持つのが必須条件だ。 但し、決して形式的な見せかけ夫婦であってはならん、琴しつ相和し、夫婦の営みも最低週4回以上でなければならん。 忘れるな、仏はどんな些細な事柄も見透しじゃ。
これが守れるなら、始祖のこの小角が責任をもって、わしの得意わざの時空遊泳で往復させてやろう。 幸いおまえの弟たちが子孫を残してくれておる。 おまえが死んでもわしの子孫が絶えることは無い。 心おきなく自栽して目的を遂げよ!」
 
聞いたせいは喜んだのなんの、参拝九拝してご先祖さまに礼を云った。 

消えて行こうとする霊に向って、せいは先程から持っていた疑問を聞いた。

「なに? 女人禁制の修験者であるこのわしに、なぜ子孫が出来たかって? 
後世誤り伝えられ、誤解があるようじゃからこの際恥じを忍んで申しておく」。


「おまえ 久米寺の開祖である久米の仙人の言い伝えは知っておろう。 吉野龍門山に籠り仙人となった男。 ある日 空中遊泳中、おなごが吉野川でしゃがんで赤いふたの(腰巻き)をたくし上げ洗い物をしていた。 その白いマタに見愡れ、神通力を無くし空から墜落した・・世に有名な噺。 これは今昔物語や徒然草にも載っておる。 実を云うと本当はあれはワシだったんじゃ。 弟子の久米が身替わりとなって山岳仏教開祖の私を庇ってくれたのじゃ。 どのような苦行修験者でも、女の色香に迷うという故事、 そのおなごとの子孫がおまえじゃ・・大切な女の秘所を見られた 一緒になってくれぬと死ぬといって、しつこくオドされてのオ そのおなごの血を引いている執念深いおまえの事じゃ、わしのような失敗はするな そして次の男にはぬかるなよ!」


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