應其

高野應其(たかのおうご)のエッセイと小説。

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よねぞうの死54〔第七章〕・苦脳2

苦脳2

どうやら誠一家族は、マンションを引き払って両親と同居しているらしい。 

別の部屋に子供の勉強机が見える。 太一郎の妻と誠一や子供は不在らしい。 

せいは暫くたま子の行動心象を観察することにした。 
痩せて見える後姿を見せてたま子は、大きな仏壇に持ってきた花を供え、線香と明りをつけ、手許の数珠を取り両手を合せた。 なにを祈るのか?

1分ほど過ぎたが、たま子はそのままの姿勢を崩さない。 
せいは大急ぎでたま子の脳裏に乗り移った。 どうやら義父母の本復を祈念しているようだ。
最初、別室で寝ている義父の病み衰えた姿が浮かび、治癒を祈る言葉が続く。次ぎに義母華子の姿が念写され、せいは驚いた。

病院の特別室のベッドに病んだ華子が、点滴他の様々な治療機器を装着され眠っている。 
げっそり痩せている。
たった5ヵ月ほど前は、健常時より少し痩せていたが、こんなひどい姿ではなかった。 医薬で押えているが、痛み続けた顔跡が読みとれる。 
どうやら他にガンが転移して、その治療のための入院のようだ。 瞬間 ああこの人もあまり長くはないな と思った。

たま子の頭がまた次に移る。 今度は息子鋭一の姿だ。 
学校の教室で夏期補修授業のようだ。 そのとき校庭の木陰で、誠一らしい男の坐っている映像が、不透明だが写った。

それを最後にたま子の脳裏から、祈念する家族の姿が消え、鉦をたたいて立上がる姿勢が写る。
せいは、誠一の今の現状姿を念写しようと待ったが、たま子の脳裏に何故か、夫について何も係わらなかった。

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よねぞうの死53〔第七章〕・苦脳1

苦脳1

 一方せいは吉田誠一のその後を追った。

せいはこのお盆でもう3回、人間界へ戻ったが、次は4年後の七回忌にしか戻ることができない。 それは先祖.役の小角から言い渡された約束だ。

本来なら次は三回忌に戻る予定であったのが、この盆に早めたのだ。 復讐をより緻密.残忍を求めようと策を練り過ぎたキライが、そのぶん時間がかかった。 
しかし、いかに粘りと辛抱強いせいでも、次の4年は長過ぎる。 やはり早く結果を見たい。 これが今の本音だ。 

せいはやや気持の上であせっていた。 このため残念だが、今回で一応ケリをつけようと、春の彼岸のとき思い定めた。

吉田誠一一家の住んでいた京都.東大路通りに行ったが、住んでいたマンションには別の家族が入居しており、誠一たちは引っ越したらしい。 

急いで親元太一郎たちの住む伏見に転じた。
古いが重厚な吉田邸の印象は、春に来たときから比べ、何となくうらぶれて見えるのが不思議だ。
この前と同様、門を通り越して横道に入り、姿を隠し念を切る。

すぐ太一郎の姿が写る。 
奥の一室で、骨が浮き出て一段と衰えの目立つ姿、夏の麻布団に横臥している。 気息えんえんとした姿だ。 
元義母の華子の姿が見えない。 急いで家の中を見回す。

すると次に、ノ-スリ-ブのワンピ-スを着た27~8才の女性が浮き出た。 せいの後釜に入ったたま子である。 これもやつれて見える。

たま子は、小菊と樒を活けた水の張った花筒を両手に持ち、いま仏間に入ろうとしている。

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よねぞうの死52〔第七章〕・二回目のお盆2

二回目のお盆2

もう過去2回帰っている2人は、要領よく2日でせいの臓器提供を受けた患者めぐりを終えた。 
腎臓を移植した東京の女性が入院しており、意識がなく臨終に近い状態以外、みな健常に生きていた。

3日目の夜、せいはよねぞうに「これから4日間 自宅に帰ってもよい」と解放の託宣を出した。

この春に来たとき見なかった家族にも、今度は会える期待をもって自宅へ急ぐ。 
いま夏休み中で今日はちょうど14日土曜日、子や孫たちの集まりやすい日だ。 

家の前の道路に2台のワンボックスカ-が停まっている。
玄関を入るとわ-んと地鳴りするような人声がし、遠いミチノクの鷹丸一家の声も混じる。 
今日はどうやら全員集合、仏間に集まっているようだ。

いま飾り立てた仏壇を中に記念撮影中で、源三郎が庭に三脚を据えカメラを操作している。
元女房ドノ ヒミコを中に長女晶子.その夫の廉太郎.長男鷹丸.妻ねね.その子供たち冬子.春奈.竜馬、次男の善二郎.妻の淀.その子たち夏子.秋子.吉宗、三男の源三郎、孫たちは前に並ぶ。 
全員で14人、一組の夫婦から月日が経てばなんとこんなに増えるものか。 
居ないのは よねぞうだけだ。

撮影が終って一同騒がしく動き出す。 長女の晶子がまっ先にビ-ルと叫び、みな口々に喋る。
場所を変えた部屋で、たちまち酒盛りや食事が始まったところを見ると、坊さんの来訪はどうやら終った後らしい。 

仏間には誰も居なくなった。 

仏ほっとけらしい。

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よねぞうの死51〔第七章〕・二回目のお盆1

二回目のお盆1

彼岸から10日ほどで阿修羅世界に戻った二人、それからも日常生活はあまり変らない。 
相変わらずよねぞうはぼ-として過ごし、妻のせいは回数は減ったが、月に2~3回は行方を云わず出かけて行く。 
日々が無為に過ぎ、平穏な繰り返しが続いている。

初めて人間界へ行ってから1年、また夏の盆の季節がやって来た。 

せいは、よねぞうに悟られないように注意を払い、元夫の吉田一家に復讐の仕上げに入ろうとしていた。
ある夜、よねぞうに お盆に帰ろう と誘うと案の定、ついこの間帰ったばかりじゃないか と異を唱える。 そこで、
「もう私たちは元の家のご先祖様になったのよ・・今年の冬が一周忌.そして今年は三回忌の前のお盆で、今度の施餓鬼は大切なことぐらい分っているだろうに・・」
と半分小馬鹿にしたような表情を浮かべる。 

最近せいはよねぞうに対して、やや軽んじた言葉の端が目立つようになってきている。 

妻のせいに全て頼り切っているよねぞう、無理もないが とも思い、改めてそうか今年はもう二回目の盆か、わかった わかった、と返事をした。

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よねぞうの死50〔第七章〕・暗転2

暗転2


「その事は少し私も聞いている・・」「うん そうそう・・」
数人が同調する。
 
日頃、権威と威厳.謹厳な風を装うのが習い性になっている連中、たちまちどこにでも居るヤジ馬親父に早変わり。 
隣同士で私語が沸き立つ。

暫くして えへん と声の皮をむいたある学部の男が発言を求め、
「東西を二分するこの権威と伝統ある当学に、いささかでも問題のあると疑惑をもたれている人物を昇格させるのは如何、もう少しよく吟味しては!?」

それを待っていたように事務方の長が、

「それでは遺漏の無いのをよく確認して・・・それまでは先程の昇格は保留とすることでいかが?」
と一同を見回した。 

誠一の恩師以外、皆がいっせいに賛同の合図を送り、学長が重々しく頷き、吉田誠一の教授昇格は保留となった。



教授会のあった翌々日、週間新春が表紙いっぱい大見出しで掲載した。

「K大の売れっ子助教授 口利きの実態と優雅なエロ生活!」

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よねぞうの死49〔第七章〕・暗転1

暗転1

誠一が警視庁の刑事たちに、事情聴取を受けている同じ頃、K大学で午後1時から教授会が開かれていた。

議題は一部人事の人選と、新年度の各学部科の打ち合わせである。 会議は4時過ぎに終了する予定が、少し長引いている。  
いよいよ終りの雰囲気が流れたとき、突然経済学部のある教授が、法学部の吉田誠一に関する問題を持ち出した。

会議の前半、人事の議題で数人の昇格に混じり、法学部.吉田誠一助教授も教授に昇格させる案は、大した異議もなく了承されていた。

ただ何人かが「吉田君の実力は認めるが、やたら政府関係の委員など多く嘱託し、それに最近とみにマスコミ等に露出度が云々・・」と反対ではないが、やつかみと消極的な意見を述べた教授連が2~3名いた。 しかし誠一の恩師で実力者の田守名誉教授の、
「法律のような一般人がなじみにくく、難解で近寄り難い学問と受け止められている法務全般を、分かりやすくポピュラ-にするのも、これから大事な公報の手段だ」の一言で、あっさりと決っていた。

会議がほぼ終了という5時前、突然手が上がった。 
一昨年教授に昇格した北野という50年輩の男だ。 
性は明朗だが雑学にたけ、世事について特に早耳で、この男も誠一に負けないマスコミへの露出度が高いと評判だ。

「これはあくまでも私の不確定情報ですが・・」
と前置きし、政府の研究費補助について、ある大学を会計検査が入って調べているらしいが、
それに吉田助教授が間接的に関与しているらしい・・
これは再度云っておきますが不確かな情報で・・
それに女性関係もからんでいるらしい・・
思わせぶって最後はつぶやくように云った。


約3時間長丁場の会議に、ややうんだ雰囲気がただよっていた場の空気が一変した。


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よねぞうの死47〔第六章〕・いろ仕掛け2

いろ仕掛け2

 中秋萩の季節、今夜は所氏.それに初めて、W大学の事務総長が加わって、Tホテルのある個室で会っている。

W大学が環境にまつわるシステム研究を提唱し、関係各大学研究機関が賛同しているプロジェクトの公的支援予算のことだ。

誠一は今では種々の委員会に首を出していたが、たまたま今日も門外漢の、その環境分析委員会と称する会の、参考人として諮問意見を述べてきた。

今日来年度予算の大枠が決り、その割り振りが決りそうだ と誠一は2人に知らせている。

W大学の2人は大いに喜び、目いっぱい誠一を持ち上げる。
「もちろん予算は私たちに何の権限外もなく、各省庁の所管ですから・・」
と誠一はバリアを張ったが、
いやもうこれで十分 あとは私たちで何とかします と三拝せんばかりの悦びようであった。 
誠一は上京の都度、所氏や他の業者に負担をかけている大半は、これでお返しできたと思った。

 
苦労知らずで過ごし来た今までの順風の人生、脇の甘さに気がついていない。
 

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よねぞうの死46〔第六章〕・いろ仕掛け1

いろ仕掛け1


 ホテルの大型ベッドで、咽が渇き目が覚めた。 
腕時計を見ると朝の8時過ぎだ。 

サイドテ-ブルの水を取ろうとして躯をねじって気がついた。
横に髪の毛の長い女が丸まって寝ているではないか。 
驚いてベッドから立上がり声をかける。

「きみは誰だ?」

肩に手をかけ揺さぶる。 薄目を開け、うるさそうに緩慢な動作で上半身を起こした女は目をこすり乍ら、居丈高に突っ立った誠一を見て逆に驚いて、

「な-にい?・・」

 下着姿のその女性は25才前後、色の白い胸の張った大きな目が印象的だ。

「なぜここに居る?」

誠一の激しい剣幕に驚いてベッドから離れ、 ほんとうに覚えていないの?!と、不思議そうな表情をする。

そのとき誠一の二日酔いの頭は、うす紙のはがれるように記憶が戻り初めた。

「いっしょに車でここに来たの覚えていないの?」
「?・・・!」

誠一は自分の躯と周りを見回す。 女性は下着姿だが、自分はちゃんとホテルの浴衣をまとい、部屋に乱れはない。 女は不審そうな顔つきで、

「あなた ここに帰ってからあたしを二度も抱いたのよ 覚えてないの?・・」

ほんとうに不審そうな表情を崩さない。

「あたし ゆうべのあのお店でいっしょに飲んでたユミよ 思い出してよ・・」

誠一の頭に惑乱が始まった。

 彼は昨夜からのてん末を、ユミという女から聞いて、やっと全て蘇ったのは少し経ってからである。 あんなに我を忘れるほど酔ったのは初めてだ。

それにセックスのこともおぼろげだ。 だがユミは すご-く強くッて二度もお代りしたのよ・・と、あけすけにその時の描写を喋る始末。
 
 その晩ホテルに所勝三が訪ねて来た。
最上階のラウンジバ-に誘い、誠一を見て意味ありげな笑顔で、ごきげんいかがでしたか と云う。
誠一は所氏に、気恥ずかしい表情で昨夜の礼を云った。

「気にいって貰えればいいんですよ もしよろしかったら東京に来ると、時々逢ってやって下さい 本人にも納得させますから・・」

まるでお取り持ちの言いぐさだ。 誠一は曖昧に笑った。

古都京都に住んでいるといっても、物心ついたときからいわゆる水商売の、これらの世界とはずっと縁の薄い生い立ちで過ごして来た。 今は特に学究生活の象牙の塔にこもり、およそ縁無き衆生だと思っていた。 金で解決する、後腐れのないこんな世界ねえ。 この歳になるまで実体験は初めてだ。

東京妻 それもいいか?!

 誠一はそれからは上京するごとユミと同宿し、何度もめくるめくような逢う瀬を楽しんだ。 本名 田中マキコ 群馬県出身だという。 

かかりはいくらこちらが払うと云っても、全て所氏が清算するように仕掛けてあった。 (まあいいか 京都でお返しをすればいいのだから) 誠一の潔癖さは、だんだん慣れ薄れていく。


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よねぞうの死45〔第六章〕・わな5

わな5


 その夜、所氏なじみの新橋の、関西料理を売りにしている料理屋で飲食した。
 
あまり酒に強くない誠一だが、聞き上手の相手から奨められ、だんだんと興に乗り、今年冬、別居中の妻と離婚したが、すぐ再婚したいきさつ等饒舌になってすっかり出来上がっていく。(前妻の自殺と、愛人であったいまの妻の関係は伏せて)。

つぎに銀座資生堂裏のバ-に入った。
そこに所氏の知り合いと称する、K興業の専務竹内弘という60才前後の人物と、その部下2人に引き合わされた。 

美人たちにも囲まれ『テレビにも出る学者先生』とおだてられ、とくに右隣に坐った、髪の長い目の大きい美人をいたく気に入り、誠一はいつにも増して羽目をはずしていった。

日付けが変る頃、予約しておいたホテル名を、ろれつの回りにくい舌で運転手に告げたまでは覚えている。


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よねぞうの死44〔第六章〕・わな4

わな4


 3年前の秋、京都で私立も含めた全国大学の○○総会が開かれた。
そのとき誠一も、地元大学で奉職している関係上、一つの分科会の世話人を受け持たされた。 
そしてその時、TK大学の講師も兼務するW大学の客員教授の所勝三と知り合った。 3日間の日程で開かれた会が終ったときは、らい落そうな所氏と親しくなっていた。 最後の晩、京都円山公園内の料亭に案内し接待する。
京料理とそのもてなしに、いたく感激した所は「今度は東京へ来られたらぜひお返ししたい」と云った。 

それから半年ほど経ち、ある政府省庁の設置した、大学改革等委員会と称する委員として出席したとき、偶然隣席に所氏がいた。 それを機会に、今では上京するごとに所氏と連絡を取り合い、接触する仲になっている。
昨年3月初め、ある省庁の研究補助金査定の参考人として、諮問会に出席するため上京した。

 誠一をここ数カ月悩ました前妻が、離婚と同時に自殺したが、永い間の家庭内紛にケリがつき、心の底からほっとした気分でいる。 

一時せいの自殺を知ったとき、誠一は仰天したが(せいの親は世間体をつくろう為か、関係機関にうまく手を回し、病死として届け葬った)。

これで誠一は、己の上り坂の名声が陰ることなく助かったし、晴れてたま子と実子を入籍でき、なにもかもうまく運んで満足している日々だ。

余裕のある気持が目的会議の2日前に、誠一を新幹線に乗せた。
 

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よねぞうの死43〔第六章〕・わな3

わな3


 せいは報復といっても単純な、例えば交通事故のような一回限りで、目的の終るような復讐は最初から考えなかった。 相手は生きている限り、挫折や悔恨.懊悩.心身の痛みを、休み無く与えるのだ。

昨年夏、せいは元夫にある謀を仕掛けておいた。 その結果は?

 少壮の法学者として、政府機関関係のある法務研究委員会に名をつらねたり、公的機関の顧問やテレビなどのコメンテイタ-として、いま売り出し中の元夫の名を、間接的に貶めることから始めるのだ。 せいは誠一の家に急いだ。

その夕刻 誠一は家の近くの喫茶店で、東京警視庁から来た捜査官二人を前に話し込んでいた。 中味は事情聴取である。

事件は今年に入って、東京のW大学他で数年前から起っていた、国公機関からの研究費等補助金を巡って、業者等からの長期で大がかりな贈収賄である。

この事件は新聞テレビ等で報じられ、その渦中に数年前から知り合った、所勝三という人物の名前が、取りざたされていたから誠一は大いに関心をもち、ある程度概略は知っていた。 

事前に連絡があったとはいえ、刑事たちの今日突然の接見にとまどいと、かすかな不安感がない混じり、内心落ち着かなくしている。
しかし新聞等の報じている限りでは、この事件は渦中にある所氏や関係者と知り合う以前のもので、誠一との直接関係やからみも無し・・ ただ一つ小さいが気がかりと云えば・・・

それは渦中の所氏に取り持たれ、東京で深い関係になった女性が居ることだ。これがこれからの事件の進展によって自分とどう係わってくるのか・・・


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よねぞうの死42〔第六章〕・わな2

わな2


 誠一と結婚したのはせいが22才のとき、いま振り返ってみても穏やかな15年の歳月だった、と思う。 
表面おだやかな性格と、時が経つにつれ法曹界では頭脳明せきな少壮学者として認知され初めた誠一、名前にも誠実を表す一字を持った夫をせいは、全幅の信頼をおき心から深く愛していた。  

 それが一転、発覚したときの夫の 非はおまえにある、と人変りしたように激しく云い募る、それも精緻な論理まで交えた言動と表情、その落差の大きさは、あまりにもショックが強く、暫く精神的に立ち直れないほどであった。

浮気、そして子供までつくっていた5年あまり、その片鱗さえ見せない完璧な二重生活を、察知できなかった愚かな己のうかつさも倍加して、前夫に怨念をたぎらせたのだ。

せいは彼岸で、阿修羅の世界に迷いこんで来たような、淡白なよねぞうと所帯を持った。 しかし表面纏綿(てんめん)とした新婚生活を装いながら、復讐心は片時も忘れるどころか、いや増していた。

さすが阿修羅の世界だ。 住んで暫くして知ったのは、なんと怨念の持続.習得倍加を目的とした、いろんな学習塾や、予備校めいたのが幾つもあるのには驚いた。
そこは前述した瞋に(しんに)の世界に身を浸し、怨念.復讐の鋭敏さとその方法を会得することであり、その習得に通うのは、俗世で様々な過去と体験を持つ人々らしい。


せいはよねぞうに気取られないよう、細心の注意を払いながら、時々家を留守にして、その一つの塾(サ-クルといってもいい)に参加し研鑽に励んだ。 


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よねぞうの死41〔第六章〕・わな1

わな1


 元夫の父母である吉田太一郎夫妻の現状を、念力で観察し見届けたせいが次に向ったのは、誠一夫婦の住む左京区である。 

そこは聖護院の近く、東大路通りを東に入った近衛町にある。 旧い屋敷町の並ぶ裏手に鉄筋三階建ての低層マンション、その3階3LDKが今の住まいだ。
誠一の勤め先K大学も歩いて10分あまり、閑静な処だ。
せいと夫婦で住んでいた上京区京都御所の北.同志社裏の木造住宅を売り、半年前からここに住んでいる。

せいの怨念と復讐心をたぎらせるのは、夫誠一とその実父母に対してである。

いま誠一の妻になっているたま子は、福知山の農家の出身で、せいから見て平凡で容姿も取りたてて良いとは言えない、まあ自分より若い普通の女性だ。

本来なら自分の夫を誘惑し、子供まで成した相手の女に嫉妬の炎をたぎらせ復讐するのが憤怒のはけ口だし 家庭を崩壊に追い込んだ相手の女性を憎む感情は当然あった。 

しかし、それにも増してたま子を誘惑し、積極的にリ-ドしたと云う誠一のほうは許せなかった。 許せない例えに使う『共に天をいだかず』は、あの世にいったせいには皮肉にも、通じないのだ。 
いま妻になっているたま子や子供は、後回しだと思っている。


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よねぞうの死40〔第六章〕・夫婦の病難

夫婦の病難


 太一郎はここ10年、軽い風邪をひく程度の健康体であり、最初2~3日もすれば平常に戻るだろうと思っていた。 高熱は3日ほどで平熱に戻ったが、この日を境に その夜からそのまま長く寝込む羽目になる。
躯がだるく気力が衰え、常に何かの不安にかられ軽い鬱状を意識し、何もする気が起こらなくなった。 


秋の半ばを過ぎても心の病状ははかばかしくなかった。
太一郎は30才すぎから盆栽にこり、庭には展示会入賞のある幾鉢かも含めて100鉢以上(特に松柏もの)が並んで、手入れするのが生き甲斐のような毎日であった。 それがあの日を境にどんどん興味が薄れていった。
趣味の愛好者でつくっている会にも出席せず、床に着く日が続いた。 年末には数鉢を残して、手入れの出来ない盆栽を惜し気も無く同好の人々に譲った。中には銘木で数十万円もする鉢もあったが・・・

 年が明けても病状は変らず、息子誠一のツテでK病院で全身の精密検査を受けたが取り立てて異常は無かった。 
誠一は後日病院へ行き、各担当医に会い改めて聞いたが誰もが、原因所見の書きようがない、また精神神経科の医者も首をひねっていた と云う。


それより別に、同時進行で妻のほうにも大変心配ごとが起きていた。

妻華子も太一郎同様、日ごろ医者知らずの健康体で、ここ数年市保健所からの通知の無料検診さえ受けていなかった。 
病院へ夫のつき添いで行ったとき、せっかく来たのだからと誠一や周りの医者に奨められ、循環器系や婦人病の多い箇所の検査を受けた。

その検査の結果が1週間後にもたらされた。

 「右の乳房の裏に異物の疑いあり」との所見。

 あわててもっと精密検査をすることになった。
最初マンモグラフィ-では分らなかったが、ヴェテランの医者の触診と、生検で判った。 癌であった。

幸い華子の癌巣は小さく手術は成功し、いま抗癌剤での治療は続行中で、担当医は大丈夫と云ってくれているが・・


過去十数年、これといった事故事件なく平穏な日々が続いたが、あの水難事故から半年あまり、夫の原因不明の病いはだんだんと悪化しているのが分る。 そのうえ自分までもが、再発の不安を押し殺して生きるつらさが日々さいなむ。 度重なる陰うつな不幸が、いつか夫婦の気を滅入らせ、暗い生活が過ぎて行く。 なにかの祟りだろうか?


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よねぞうの死39〔第六章〕・水難4

水難4


 後ろから不意打ちをくらった老夫婦は前のめりに押され、川中の孫は仰向けに押し倒され、瞬時に見えなくなった。

今までの清流があっという間に真っ黒い泥水に変り、氷のように冷たく渦を巻き、音を立てて周りのものを押し流していく。 それでも太一郎はすばやく起き上がり、うつ伏せに倒れた妻の手を強く引き立上がらせ、中州の高みに移るよう命じた。
増水の嵩はたいしたことはないが激流だ。

 しっかり立っておれッ 

と妻に言いおいて、目の前から居なくなった孫の鋭一を血眼で探す。
30メ-トルほど下流をチラッと白いものが見えた。 鋭一のパンツと直感した太一郎は黒い濁流に飛び込んだ。 

ものすごい勢いで下流に流されながらも、少し泳いだ所で流れに逆らって立って見る。 胸元までの水嵩、目の前に泥水は渦を巻き氷のように冷たい。

宇治川と違って支流の山科川は、川幅の狭いぶんだけ浅深の差が大きい。 狂ったように太一郎は再び下流を目指す。 そのとき脚が砂地に着いた。 立上がる。 ここは膝までの深さだ。 下流に目をこらす。 すると20メ-トルほど下にまた白いものがチラと見え、小さなシブキの上がるのが見えた。

太一郎は大声をあげ突進する。 再び川底が深くなったところで、やっと鋭一に追い付いた。 手を伸して孫の躯を引き寄せる。
とたん鋭一は無意識に必死に祖父の体にしがみついた。 一瞬太一郎は自分の衣服のまといつきと、孫の体の重みで川底に沈み込む。 あわてた太一郎はその時大量の泥水を呑み込んだ。
やっと孫を抱き浮き上がったが、今度は両腕を祖父の首に、渾身の力でしがみつき救助者の体の自由を奪う。 太一郎は何回も大きく泥水を呑む。
それでも少しづつ岸辺に近づき、護岸ブロックの切れ目に辿り着いたときは、力の尽きる寸前であった。 

 鋭一も大量の水を呑んでいたが、川の中で祖父にしがみついたとき、強く抱き込まれ、そのため腹部を圧迫し、幸いその拍子に泥水をほとんど吐き出していた。

妻の華子は中州の小高い草むらの大石に乗り、無事であった。

岸辺にいた人々が、三人の危難を見てすぐ救護所に連絡してくれ、病院に運ばれた。


  祖父と孫が救急病院へ運ばれ、泥水を呑んだ胃の洗滌措置を受けた。
孫の鋭一は様子見のためそのまま入院したが、太一郎は水の事故を引き起こし、病院に担ぎこまれたことを老人らしい失態と、世間体を気にしその日の内に自宅へ帰った。 ところがその晩遅く高熱を発し、あわてて近くのかかりつけの医者に来診を乞い、解熱の処置を受けた。



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よねぞうの死38〔第六章〕・水難3

水難3


昨年 盆の過ぎた8月の下旬の午後太一郎夫婦が、夏休みで遊びに来ていた幼稚園児の孫の鋭一を川遊びに連れ出した。
家の近くに桃山.宇治川と合流する少し上手の山科川へ。 
川の中程に小高い堆積の石磧によもぎの茂った小さな中州がある。 そこへ大人の膝までの水かさを歩いて渡った。 まだ真夏の陽射しを残した空はくっきりと晴れている。 
祖父母二人は磧に坐り、孫は白いパンツの水着、足首までゆるやかな水の中に入り、川を背にして祖父母にしきりにふざけて水をかけ、その都度3人は喚声をあげる。 中州の周りにも何組かのの親子づれが見られた。
暫くして太一郎は遠く東山の方で雷鳴と稲光りを見たが、あまりに鋭一が喜びはしゃぎ自分たちも愉快なので、気にせず孫の相手に夢中になっていた。
3人は時間の経つのも忘れ、気がつくともう4時前。 周りの人たちはほとんど引き揚げ、中州には自分たちだけになっていた。 
そろそろ帰ろうかと思案したとき突然、ごう音と共に50cmほどの鉄砲水が現れた。 一瞬の出来ごと。


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よねぞうの死37〔第六章〕・水難2

水難2


 JR奈良線の桃山駅で降り、寺の角を曲って暫く歩くと小学校の近くに旧家の家並が見えた。
その中でも築地を巡らせ風格のある堂々とした門構えの邸、表札に吉田太一郎とある。 
横のくぐり戸の上にも太一郎.華子、と妻の名前を並記した横札がかかり、この家の住まい人を表示してある。
せいは死ぬ前まで、何度も出入りしたその門の前を通り過ぎ、横道に入りじっと目をつむり念を集中させ邸内の様子を探る。 

幾つもの部屋の奥。
主の太一郎は、息子誠一のコネでK病院からやって来て、かかりつけとなった医者の診断を受けている。 側に妻の華子が心配そうにその医者と、夫を交互に見つめている。
ふとんの上で横臥した太一郎、これが昨年までの義父かと驚くほど病み衰え、上半身をさらけた胸は、骨とたるんだ皺の醜い姿をあらわにしている。

医者はいつもの注射を打ちながら、額の立皺を濃くした表情だが、
「まああまり変わりがないようです 食欲はないようですが、できるだけ精をつけて薬はかかさず飲んでください」
検診の終った医者は席を立った。 
医者の見送りから部屋に戻った妻は、病みほうけた夫に布団を直してやっている。 
どちらも無言だ。

その妻の華子も、せいのいた生前は、どちらかといえば太り気味であったのが、今は痩せて十才も歳をとったかと思われるほど老いて見える。 色の白かった顔が、今では手足も共に青黒く、頭は黒いベレ-のような帽子をかぶっている。
 


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よねぞうの死36〔第六章〕・水難1

水難1

 役所せいが夫と別れて10時すぎ、父母の健在を確かめるため京都上賀茂の実家に着いた。
顔にめっきり皺の増えた父が、庭の一部をヒバ垣で囲った50坪程の菜園に畝をつくり、腰をおとして春の種まきをしている。 
母は春の陽射しを浴びて、枯れ山水の見える庭に面した縁側で、猫背になって趣味の刺繍に余念がない。 どちらもまあ平穏な様子。

安心したせいは、そのまま伏見桃山へ急いだ。 そこには生前別れた夫の生家がある。 
昨年の盆に来たとき、秘法を使ってある仕掛けをしてあったのを確認するためだ。 
夫はK大学法学部の気鋭の助教授で、人気が高く将来を嘱望されていた。
それがいつか、せいに隠れて教え子の女子学生と不倫のうえ、なんと5才程の男の子まで成していた。 それも偶然葵祭の群集の中に見つけて判った。
せいのような女が、迂闊といえばこれほど鈍なことはない。

それはさておき、せいの最も我慢できず許せないのは夫は当然として、その両親だ。 いつまでも日陰の子としておく積りはなかったはずだ。 いつか今の妻と別れるのを当然期待し、実現するのを待っていたに違い無い。


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よねぞうの死35〔第五章〕・墓詣り

墓詣り


 今日は彼岸の中日、朝10時すぎ、よねぞうは生前の自宅へ向った。

 少し雲のかかった春の空、蝶の舞う公園を横切り家に着いた。 
さぞや仏間は彼岸らしく、すっきりと飾ってくれてあると期待してきたが、不在のようで誰もいない。
無人の家の中に入った。 確かに仏壇には灯火台.献花台に季節の花や供物が上げられ、いつものしきたりに従った供えをしている。
よねぞうは暫くそれを眺めていた。
それから無人の家中を探索したが、ほとんど昨年夏と変っていない。 
居間の応接物や、壁の絵が少し変った程度だ。 
2階に上る。 源三郎の部屋の乱雑さは相変わらずだが、パソコンとその周辺機器類が倍増している。
再び階下に降り椅子に坐っていたが、ふと自分の墓の有様に興を起こし、北摂霊園に行く気を起こした。

おせいさんの時空泳を借りる訳にいかないので、テクテクと相当きつい山路を登る。 生前は車でしか見回ったことが無いから息が切れる。
カ-ブは多いが舗装されており、けっこう車の交叉がある。勝尾寺方面に行く車も多いのでヒッチハイクしたいが、残念ながら今は己の姿が人には見えずままならない。 それでも3時間余りかけて坂を登り切った。

霊園は大阪府が開発.茨木高原C.Cに隣接し、広さは甲子園球場の10倍以上あり、擂鉢状の地形に35年の歳月をかけて30萬墓を造る超大規模だ。
さすが彼岸の中日だけあって大勢の墓参者の姿が見える。 わたしの墓地は北の端、一番高いところにある。

自分の墓地に着いて驚いた。 なんと巻石だけだった墓地に黒御影の石塔が建てられ、その周りに元女房ドノや子供たち(源三郎.晶子.善二郎と孫の夏子)が手を合せ、各人が数珠をまさぐっている。 神妙な顔つきだ。
 
ヘ-エ 集まるとアホばっかり喋っている、うちの家族にもこんな姿があるんだと一驚すると共に胸が熱くなる。

 やっぱり詣ってくれていたんだ。

近寄って墓標を見る。 高さは周りの墓石と余り変らないが、やはり例の
「祥最名院偉闇変香居士」と彫られ、横に建立した年月日、それに長男鷹丸と女房ドノ(ヒミコ)の名前が並記され、女房は赤い信女(生前)だ。
イヤミヘンコは気に入らないが、まあ忘れずに墓石を建ててくれただけでもうれしい。 しかも皆で詣ってくれている姿。

よねぞうは暫く春の陽にふくらんだ山桜の蕾を眺め、またその眼を墓を取り巻く家族に移す。 
胸の内にひたす暖かい想い、せき上げてくる感情を必死に押えていた。




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よねぞうの死34〔第五章〕・移植患者巡り

移植患者巡り

 昨夏の経験から二人は要領も分っており、おせいさんの臓器移植を受けた人々の各地をスム-ズに巡った。

福島.東京.三重を廻りそして4人目の、この前は未だ循環器病センタ-に入院中だった神戸.灘の34才の女性患者は無事退院していた。 灘の家に行くと元の勤務先に復職しており、平穏に過ごしていることが判った。

明日は彼岸の中日という前日までに廻り終え、二人はいま大阪のRホテルに投宿している。

福島.郡山市の腎臓移植者は、なんと明日の春分の日に結婚することになっている。 相手は自衛隊員だという。 おせいさんは手放しで喜んだ。

同じ腎臓移植を受けた東京の女性は、昨年おせいさんが予想したとおり、予後の不摂生から腎臓を悪化させ入院中、それも重症とのこと。 その日中よねぞうが話し掛けてもおせいさんは鬱として機嫌が悪かった。

三重の津市で自宅療養していた主婦は健常者に戻り、明るい家庭を取り戻しているらし。 確か役場という姓やったなあ!と、よねぞうがいうと、
「よく調べると やはりわたしの遠縁になるらしいわ」
おせいさんは遠くを見るような目でつぶやいた。

「明日は彼岸の中日だから、それぞれの家で過ごしましょう。 あなたは自宅へ帰ってくれていいわ そして2~3日自由にして」

「あんたは?」

おせいさんは京都の父母に会いに行くと云う。
よねぞうは別に異存がある訳ではないが、できればおせいさんと一緒に行動したい気が動く。(何処へ行って何をするにもなにかと便利だ、一緒になって今では小さいことでも指示されるのに慣れていた)
だからいっしょに と云いかけたが、甲斐性ナシと云われるのを怖れて口を噤んだ。


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よねぞうの死33〔第五章〕・よねぞうの考えごと4

よねぞうの考えごと4


 案の定、その晩ベッドに入ったとき、おせいさんが頭をよねぞうの胸に載せ、彼岸にあちらへ行きましょうと云った。

「去年の秋の彼岸に行かんかったやないか なんで春やねん?すぐ盆くるでェ」

「もう半年以上経ってるし あなたも家族に会いたいと思うので・・」

「おれ べつに・・」

「前にも行くときに聞くといまと同じ返事やったわね 薄情もの・・」

言葉は柔らかいが、非難する因を含んでいる。
前世の妻や家族に積極的に会おうとしない返事に、今度はなじる言葉を口にする。 昨年夏わたしが、自宅に寄って来ると云ったときは不機嫌そうな態だった。 
時と場合で表現や態度を変える 変なヤツ・・
どちらでもエエけど・・と云うと、くるりと躯を回し、頭でよねぞうのアゴを押し上げ じゃあ一緒に行くわね と念を押す。 
あまり気乗りしない調子で、わたしは ああ と云った。
 
彼岸・・・波羅密多・「彼岸に到る」春.秋の中日 その前後を合せて7日間が彼岸会という仏事だ。

去年の夏と同様、私はおせいさんの尻に頭を載せ、3月20日に再び人間界へ旅立った。


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よねぞうの死32〔第五章〕・よねぞうの考えごと3

よねぞうの考えごと3


人間界ではそろそろ春の彼岸の入りが近い。

昨年お盆に、おせいさんの臓器提供をうけた患者の、その後の見巡りを兼ねて時空超えで二人は人間界へ行ったが、その年の秋の彼岸はこちらで過ごした。 まあこちらに帰って1ヵ月しか経っていないんだから・・・

昨夜おせいさんが、夕食後の片付けをしながら何気なく、春の彼岸が近づいたわね とつぶやくように云った。

その時よねぞうはすぐ(また行くつもりか?)と思ったが、聞こえぬふりをして黙っていた。 
よねぞうとすれば、自分の家族にも会いたい情は動くが、それより今はおせいさんの胸の内の深層だ。 聞いてもはっきりと云わないが、去年行ったとき何やら、前の夫に復讐のような仕掛けを施した気振りがある。 それを折りあるごとに遠回しに聞くが、ニべもなく取り合わない。 何をどうしたか分らないが取り敢えず、よねぞうにすれば係わりのないことだ。

しかし元来小心者のよねぞうは、そんなものを見聞きしたり、ましてや事件事故なぞに巻き込まれるのはご免だ。
しかしおせいさんの性格から推して、決めたことは止めないだろうから、多分今度の彼岸には行くだろうと思った。 しかし今見た短い夢も何かの予兆暗示かもしれない と、悪いほうに考えが転がって行く。
 


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よねぞうの死31〔第五章〕・よねぞうの考えごと2

よねぞうの考えごと2


 阿修羅は四大阿修羅で、須弥山(しゅみせん)世界の地下にいる。
ラゴラ阿修羅は大変驕っていて、天上の天女を見たいと思ったが、陽に遮られ手を翳したのが、日食月食の始まり。
勇健阿修羅はその下に居て、人界を滅ぼそうとして竜王を怒らせて地震を起させてしまう。
花鬘(かまん)阿修羅はまたその下に居て、竜王と闘って勝ったが、その上の天使を怒らせたため、すい星を出現させる。
毘摩質多羅鉢呵娑(びましったらはかしゃ)阿修羅王=第四層に居て、最も勢力があり驕りたかぶっている。 
上層の三阿修羅が、諸天と闘って破れて帰ってきたので大いに怒り、直接須弥山上の帝釈天と闘う。 このときが世の乱れる時だ、という。
ところがあるとき、帝釈天に負け捕らえられ縛られながら、悪口雑言を吐き散らすが帝釈天は、
「こいつは無知な口先だけの者だ。 愚者は罵倒するが智者は黙す、それが智者の勝利。 怒りに対しいからないのが最上なるものだ」
修羅場と化した戦場 など、すさまじい闘いの形容詞にも使われ闘争を意とする。
この阿修羅も、最後は仏教では夜叉と竜とともに仏法を守護する八部衆の一人に数えられる。 

ここまで読んできてよねぞうは、
(怒りや闘争 嫉妬 きょう慢 愚痴 煩悩などは分かったが、おれの性格とあまり関係ないわ お地蔵さんに小便をかけただけだし、小心で小欲根性などはその他大半の人も持っている弱点だ。 この世界へなんて合点がいかない。 
 それよりもおせいさんの、ある焦点の合わない不透明な部分にもどかしさが感じられる そのほうが不審だ。 なぜおれはここに居る?)
突き詰めて考えるのが苦手なよねぞう、あくびを漏らしうたた寝を始めた。
そのとき奇妙な短い夢を見た。
まず網膜に写ったのが、前屈みになり右手を口に左手を振り、何か叫んでいるおせいさんのうしろ姿だ。 よく聞くと、どうやらわたしに向って「行ってはいけない・・」と繰り返し 何度も必死に叫んでいるようだ。

(なんや おれここに居るやないか!?・・・)

そこで目が覚めた。 まわりを見回す。 

数分まえと何も変っていない。
           


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よねぞうの死30〔第五章〕・よねぞうの考えごと1


とびっきり暑く長い今年の夏でした。
永い夏休みを取りました。
体力も回復しましたので、連載を再開いたします。

よろしくご愛読ください。


よねぞうの考えごと1

 おせいさんと前世から無事、阿修羅の世界へ戻り、自宅マンションに帰ってきた。 
そしてあれから穏やかな時が過ぎ、はや人間界での9ヵ月が来ようとしていた。 
ところがこの世界は不思議なことに、あまり年を取らないらしい。
よねぞうは相変わらずボ-っとして過ごし、おせいさんはいつもと変らず情こまやかで、申し分ない女房ぶりだ。 

一つのことを除いて・・

よねぞうは前世でも、自発的に動くタイプではなかった。 それでもこちらに来て毎日家の中で過ごしていると退屈で、何度か「働き口を見つける」と云ったが、その都度「必要はない」とニベもない。 そして当人は3日おきぐらいに午後、どこかへ出かけて行く。 どこへ行くのか聞いても微かにわらって返事しない。 これがどうも不審だ。 そしていまも不在だ。
外は相変わらず薄ぼんやりした墨絵の世界だ。
よねぞうは外の景色を見ながら珍しく考えごとをしている。 この阿修羅に来て未だに納得できないのは(おれのような淡白極まりない者がなぜ阿修羅へやられたのか?)である。

『阿修羅とは三毒(三種の煩悩・・どん欲.瞋恚.愚痴.の称)と心得ていたし、その中でも瞋恚(しんい)は自分の心と違うものを、怒りうらむこと。 しん.しんに.といい、人間のなかで他の対象者に対し極悪する心理の世界らしいことだ。

いままでも阿修羅については、この程度薄く浅く知っているが、もう一度おさらいしようと思いたち、書架から市川智康師の著「仏さまの履歴書」を取り出した。 そして阿修羅の解説を読み出した。 



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まもなく再開!

ながらくお休みをいただいておりましたが、
まもなく、再開予定です!

これまでの内容を下記ホームページにても、お読みいただけます。
自作小説/よねぞうの死


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休暇に入ります

皆様、いつもご愛読ありがとうございます。

私、應其はしばらくの間、夏季休暇に入りますので、

よねぞうの死はしばらくお休みです。

続きは、少し涼しくなった頃から連載スタートします。

メッセージ、コメントは引き続きお返事しますので、

どんどん、お寄せください。

よねぞうの死29〔第四章〕・おせいさんの実家2

おせいさんの実家2


これに比べ、仏 ほっとけ 大人たちはそろそろ、でき上がってきたようだ。
いつも一番賑やかなのは、長女の晶子だ。 私の位牌を指差して、
「7月に高野山へ骨のぼりに行って、創ってもろたけどコレええでしょ」
善二郎が私の位牌を見ながら、
「ところで このケッタイな戒名、これでエエかな?」
おお そうだ忘れていた、戒名の謂れは何だ。 こちらも急に興味が湧く。
「ええやないの、みんなでチエ絞って苦労して創ったのに、今さら・・」
女房ドノが 「お坊さんに頼むと、長い文字ほどありがたいらしいけど、一文字幾らで相当お金かかるから、しょうないわ」と云う。 金の問題か?
「青森の鷹ちゃんとも、パソコンのビデオチャットでやり取りしたし、皆の総意やないの。 あんたも初めエエ言うたやン、それでも鷹ちゃん終いごろ、ぐずり出し、説得するのに苦労したんよ」
「なんでや?」
「お墓の石碑、この戒名で刻むの、かっこう悪い言うて・・」
「なんでや?」
「だって ショウモナイ イヤミ ヘンコ コジ やろ。 鷹ちゃんが『読む人笑う』云うて・・そやけど 『生きてたころのお父さんに一番似つかわしいし、ユ-モア-があって、他人でも、生前の人柄を想像してくれるわ』 って云うたら 鷹ちゃんも最後に承知したけどな」
「なるほど そう云うとそうやなァ」 善二郎 にやにや。
「それにもう遅いわ、今日お坊さんが位牌に、魂入れに来てくれるし」
元女房ドノが追い打ちをかける。 こんな碑を建てる遺族のアホさ加減に、他人様があきれて嘲笑されるの分らんか、まァ恥をかくのはこいつらだ。
そこへ源三郎が帰ってきた。 日曜出勤というが、どこまで本当か?また一段と賑やかになる。 しかしこの位牌 腹が立つけど、よう出来とるな。

宴たけなわである。 午後1時ごろスク-タ-に乗り、やっと坊さんが来た。 葬式のとき、あっという間に俺に引導を渡して帰った、あのボンさんだ。 
「ああ盛り上がってますなア・・」と うれしそうな愛想笑いで入って来た。
迎える連中、大慌てで座をしつらえる。 すると今度も数珠をまさぐるや、 あっという間に読経が終った。 えッ もう魂が入った? 
にょうぼドノ、すかさずお布施を渡し、さあどうぞどうぞと酒肴を勧める。
いや拙僧はまだ、これから他を回らなければ、と一応は遠慮めいた口をきくが、腰は座ったまま。 まあ少しでも と、強く勧められると それじゃあお言葉に甘えてビ-ルから頂きます と遠慮がない。
坊さん、私の位牌を見ながら「エエ法名ですなあ、誰がお付けになった?」と、皮肉まじりのおべんちゃらを云う。 にょうぼドノが
「本当はお坊さんにお願いしたかったんですけど、ビンボ-ですさかい、家の者がみんな寄って付けたんですけど・・」 晶子が すかさず、
「祥は瑞祥でめでたい、それを頭にして最も名を挙げ、偉かった。 闇の世界へ行っても香り高い居士法名、とまア こんな積りで・・エッヘッヘ-」
 よくもまあ口から出まかせの筋を創るものだ。 頭と口の回転が、相も変わらず滑らかなものだ。
「なるほど ここの皆さん 学がおありですなあ」
坊主は分っていてお追従を云っている。 アホらしい。
まあ 皆の達者な姿を見たので安心 と共に、こんな連中にいつまで関わっていても、胸クソ悪いだけだ。 また来ることもあるだろう。 嫉妬ぶかそうだが、急におせいさんの顔が懐かしくなった。 彼岸に帰ろう。
 
おせいさんに、私と分れてお盆をどう過ごしたのか と聞いたが、「あなたと関係がない」 と一言も喋らない。 前世の夫に復讐すると、前に聞いたことがあったが、どんな方法で本当に実行したのか、興味があって数回聞いたが、
「ほんとに何も話すこと無いわ」
取りつく島もない。 そして「いまはあなただけよ」 と嬉しがらせて、はぐらかされた。 そこは淡白なよねぞう、それ以上聞かなかったが・・・
おせいさんの背中に乗り、短い日々であったがこの世に戻り、様々な光景を見、遺族にも会った。 
そして往きに思い浮かんだ陶淵明の、詩の後節が再び口をついた。
「・・実に塗(みち)に迷うて其れ未だ遠からず 今は是にして 昨(きのう)は非なりしを覚る」
皮肉なものだ。 再びおせいさんに乗って、阿修羅の世界に戻って行く。 


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よねぞうの死28〔第四章〕・おせいさんの実家

おせいさんの実家

今日も暑い。 よねぞうは今、京都から電車を乗り継いで、千里の自宅を目指している。
ゆうべ嫌な夢を長く見た。 そのうえ今朝のおせいさんは、あの世で「娑婆に戻りたくない」と、ぐずる俺を無理やり連れてきて、今度は「今日 元の家族に会いに行く」というと嫌がった。 変なヤツ・・
 さて、昨日立ち寄ったが不在だった実家。 いくらなんでも中元の今日はお盆休み、居るだろう。 よねぞうは揺れる車中で回想する。
死の直前、ある新聞の読者欄に「亡き夫といまも夢で会っている」という表題の投書。 それは50才の主婦が、15年まえに40才で病死した亡き夫を偲び「短かかった結婚生活の愛の充実した日々、今もときどき夢で会っている」の記事を目にして、イタク感激した。 比翼連理の物語りではないか。
生前、その記事を女房ドノに読み聞かせ 「昔から親子は一世、夫婦は三世というて、来来世まで、深い契りを結ぶのが夫婦らしい」 と云うと、
「あほらし、あたしは女に生れて損したと、いつも思ってる。 こんど生れ直して来るときは、ぜったい男。 まして、あんたなんかと二度と会いたない」 
味もソッケもなく、鼻でセセらわらっていたが・・果たして今はどんな心境で、
どんな生活を送っているのか、あまり期待せずに見てやろう。

門を入るなり家の中で、はじけるような声が聞こえてきた。 大勢居る。 みんな元気でいるらしい、まずは安心。 玄関を入るとはっきりした。
仏壇のある表の間に全員集まっている。 にょうぼドノ.長女夫婦.善二郎一家5人.の8人、源三郎だけがいない。 どうやら今食事が始まったようだ。
私が昨年秋、垂水の沖で漁ってきた小アジの空揚げ.柿の葉ずし.マグロ.ハム.ロ-ストビ-フ.〆サバ.野菜の盛り合わせ.煮豆.およそ精進料理にほど遠い内容。 それにワイン.ビ-ル.冷酒.焼酎.ジュ-スとテ-ブル一杯に広げ、嬌声.奇声.ド声.子供たちの声が入り交じり、何とも陽気だ。
仏壇に入り、真新しいが、けったいな戒名位牌 「祥最名院偉闇変香居士」の中から、暫く様子を見ることにする。

善二郎の子たちは、代るがわる仏壇の前に来ては鉦をならし、小さい手を合せ、末っ子の吉クンは「うう あん」と、きばる。 姉の秋ちゃんは「絵が上手になれますように」 長女の夏ちゃんは「体操の逆上がりができますように」
よく聞いていると要求ばかりだ。 なんでもエエ かなえてやるぞ。

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よねぞうの死27〔第四章〕・移植患者めぐり4

移植患者めぐり4

おせいさんとセンタ-1階の、広い待合室で落ち合った。
話を聞くと、手術は順調であったが、一時抗体反応が強く出て心配された。それも数カ月前に治り、先月からリハビリに入っているまでに回復したと云う。
この女性も、一見しておせいさんが気に入ったようだ。 しきりに、
「こんな子は元気になって長生きして、世の中のために働いて欲しいし、してくれるはずだ」とほめた。 これでおせいさんが提供した、臓器移植患者は全て診て回ったことになる。
「ところで お家のほうは?」 
少し釣り上がったような目をする。 留守だった と云うと、疑わしい眼をしたが 「これから私の家へ行きましょう」 と云って病院を後にした。
 
  おせいさんの実家
上賀茂に300坪以上もある、落着いた枯山水造りの庭を持つおせいさんの実家。 おせいさんが使っていた、渡り廊下でつながった離れの部屋は、生前そのままに置かれている。 二人はそこへ旅装を解いた。 
私は夕食時、おせいさんのご両親を蔭ながら拝見する。 
お父さんは60才を少し超したか、落着いた穏やかな風貌。 おせいさんによく似たお母さんは、頭に少し白いものが混じり、背筋を伸し、立居振るまいに気品がある。 さすが、と感心する。 二人はいま物静かに夕食を終え、茶を喫している。
その両親を、じっと眺めているおせいさんの白い頬に、筋をつけて涙が伝い落ちる。 その横顔を眺めながら、親よりも早く逝ったおせいさんの心情と、ご両親の静かな姿の底を汲み、よねぞうも痛切な気持になっている。

おせいさんは、さすが今日疲れたのか横になるや、すぐ寝入ったようだ。
俺も眠るか と目を閉じたが、戻ってきた前世の慌ただしかった数日の事柄に興奮してか、なかなか寝つかれない。 それでも半時間のちには、寝息に変っていた。
せいは寝入ったふりをしていたが、夫が眠るのを待って床を抜け出した。
仏間に入るや頭を下げ、小さな声で経を上げ始める。 約一時間ほど経ったころ、ぼう-とした人型の光る輪郭を持った、役の小角爺さんが現れた。

「おせい しばらくじゃ・・」
せいはその像に向って、三拝九拝して礼を云った。 爺さんは満足げに、
「あの世はこのわたしが云うたとおりであったであろう。 うん ところであの世で結婚したあの男は、お前が選んだにしてはまァまァじゃな。 限られた時間の範囲では仕方なかろう。 
云うて聞かすが、しかしあの男は意志薄弱で移り気、気が小さくて度胸がない。 おまえのような執着したねばりが無く、諦めが早い。 そのくせ、うぬぼれと小欲が人一倍強い。 それから、あまり色気づかさないよう気をつけよ。これも人一倍好き者で、女の色香に迷いやすく、人のおだてに乗り、無目的にどこまでもふらふら付いて行く。 まるでお前が彼を手に入れたようにじゃ。だから再び同じことが別のおなごに対し、起きるやもしれん。
この男は、まあこの世の戒めが、すべて当てはまるような男だ。 ただお前の意のままになる男ではあるが! 心せよ、せい。 
なに みな分っておる? そうか 判っておるならエエわ。 それと呪詛と荒淫もほどほどにしておけ。あまりしつこいと、逆現象が生じる怖れがあるぞ。
(それはどういう様なことですか?)
「せい おまえが胸に手を当てて考えることじゃ」
 言い終わって、風が揺らぐように消えた。

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よねぞうの死26〔第四章〕・移植患者めぐり3

移植患者めぐり3


 「最後は大阪.吹田市にある国立循環器病センタ-にまだ入院中で、心臓移植を受けた30才の女性なの」と、おせいさんの背中に乗るとき聞かされた。
「ええ?そこは私の家のそばだ」と云うと、おせいさんは「知っているわ」と不機嫌に答える。
「これから金剛.大峰.奈良生駒の山を越えて飛ぶから、下を見ないで・・」
その意味は、にぶ-いよねぞうにでも判る。 おせいさんに言わせると、役の行者が転げ落ちた謂れのあるエリアだ。 しかし生駒の山を越える手前、奈良市の上に来たとき、学園前の長女夫婦の住まいを見たい誘惑に抗しがたく、気取られないように首をねじった。 焼きムラの出てきた古い瓦屋根が見えた。
生駒を越えたとき、思いきってそっと寝返りをうつ。 おせいさんは背中の気配で、私が下を見ているのを察したはずだが、何も云わない。
ああ 半年ぶりに見る懐かしい大阪、淀川が光っている。 

病院は生前の私の家の前だ。 道路を隔てて斜向い、大袈裟だが大声を出せば聞こえる近場にある。
ここに神戸から来ている33才の女性が入院しているはずだ。
センタ-の玄関を入るとき、おせいさんに「私の家がそこだからちょっと覗いてきていいか?」と聞くと「ほんの少しならいいわ」と投げやりな物言いだ。 次の待ち時間を打ち合わせて、我が家に近づいた。
胸がドキンドキンと高鳴る。 今日はお盆の始まりだが平日で13日の金曜日、元女房ドノのほか、誰か居るかな? と、余り期待せずに家に近づく。 
家のたたずまいは変らないが、庭木は夏の繁りで枝が伸び放題。雑草も生えたまま。 ガレ-ジを見るとバタバタ(スク-タ-)が無い。 どこかへ出かけたか? いま午後二時半過ぎだ。暑い。 腹が立ってくる。
家の中は私のいなくなった後、ほとんど変っていないようだ。 ただオレの居ついていた居間だけが机や家具が無く、代りに長椅子が占領している。
表座敷に入った。 仏壇を見る。 いつもと違うのは、壇前に脚のついた白木の須弥壇が置かれ 両側に細長い明灯が立てられ、経木と共に生け花が豪華だ。新仏の迎えの用意か。 その壇の上に、おお おれの戒名があるではないか。 真新しいのが立てられている。 なになに・・・ 
 
 祥最名院偉闇変香居士   

どう読めばよいのか、またその謂れは?浅才な俺にはよう分らん。 そこで上段の親父のと比べてみる。 祥雲院寿岳房俊居士  祥と院が同じだが、親父のほうがなんとなく、賢く香り高い感じがするではないか。 
それに比べ、俺のは 闇と変が、何となく気に入らない。 まあ明日もう一度来る、それまでに解析しておこう。
2階に上がる。 昼寝用の寝ゴザがそのまま。せめて部屋の隅にでも置け。 源三郎の部屋を見て、物凄いやりっ放しの光景に改めて寒心する。 こいつは昔から整理の出来ない欠陥人間だ。 あらゆるハイテク機械が部屋を埋め尽くしている。 足の置場のない書類の山 紙屑が散らばりホコリだらけ。タバコのにおいが部屋に充満し、他人を寄せつけないバリア-をつくっている。 
この中に100萬円ほどの純金の延べ棒を、5~6本転がしておいても、おそらく数年は発見出来ないだろう。 
 
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